小谷 進氏

構造改革を終えて成長路線へ舵を切る
パイオニア復活に向け一丸となって進む
パイオニア(株)
代表取締役社長
小谷 進氏
Susumu Kotani

プラズマ事業からの撤退など大きな痛みを伴いながら、強い意志で構造改革を推進してきたパイオニア。先の事業方針発表では2013年に向けての成長路線も明示され、新たなステージに向けていよいよスタートを切った。「パイオニア」ブランドの揺るぎない地位をふたたび確立するべくまい進する同社・小谷社長が復活に向けての強い意気込みを語る。

 

技術、エンジニア、ブランドの力で
もう一度音のパイオニアを構築する

不安の中でもやり遂げた
社員一丸となっての構造改革

── 御社は構造改革を着々と推進され、いよいよ新たなステージへと到達されました。あらためて昨今の状況をお聞かせいただけますか。

小谷 ご存じのように私どもは前期から構造改革に取り組んで参りましたが、それはこれまでにない大変厳しい、痛みの伴う内容でした。パイオニアは過去にも何度か構造改革を繰り返してきましたが、成果はなかなか出ませんでした。しかし構造改革というものは短期にやり遂げる、ずるずると繰り返さず一度で終了させるというのが最も重要なことです。今回はおかげ様で、前期でほぼ全ての改革内容をやり遂げることができました。

構造改革に取り組むにあたって、よく皆様から問題や不安はないのかと聞かれましたが、確かにありました。パイオニアの置かれている状況からやらなければならないということはわかっているのですが、これだけの内容を本当に自分はやり遂げられるのかと思ったのです。一番の課題は本当に自分自身がその気になってやれるかどうかということ、とその時々でお答えしていたと思います。

1万人以上の社員が会社を去り、30あった工場の9つを閉め、6カ所を縮小したり、あるいは本社を川崎に移転したり、そしてやはりプラズマ事業からの撤退といった厳しい過程がありました。また、財務体質も非常に弱くなっていましたが、これについては今のパイオニアにとって最もよい形での資金調達ができました。アジアやヨーロッパ中心の公募、第三者割当によるパートナーからの出資により約350億円の資金を調達することができ、まだまだではありますが、これで財務基盤も改善できました。さらにシャープさんと光ディスク事業で合弁会社の設立を果たしました。

このように社員や経営陣が一丸となって、構造改革の取り組みは何とかほぼ終了しましたが、今後成長路線に向かうためにはこの1年がスタートの年になると認識しております。しかし今はまだ、お客様を始めパイオニアに関わってくださる皆様、そして従業員といった人々に我慢をお願いしている状況であり、そういう意味で当社はまだ普通の会社に戻れてはいないのです。従業員に対する給与や賞与のカットも行っていますし、株主の皆様に利益の還元もできていません。また2年間新卒者の採用を見送り、社会的責任を果たすという意味でも十分ではありません。

こういう皆様の我慢の状況をなくすことで、初めて普通の会社と言えるのだろうと思います。まだしばらくは時間がかかると思いますが、そこまでは安心することなくしっかりと頑張っていかなくてはという気持ちでおります。これまでやってきたことはどちらかというと後ろ向きの施策だったと思いますが、これからはやはり成長していかなくてはなりません。本当に緒に立ったところではありますが、後ろ向きのことはもう終わった、これからは前を向きパイオニア復活に向けて進んでいこうというところに立てた、と感じています。

── オーディオビジュアル市場で、パイオニアブランドは過去も現在も変わらず高い位置にあります。これからのブランド展開においては、どのようにお考えですか。

小谷 パイオニアはもともとスピーカーメーカーとして始まり、ホームオーディオで事業を行ってきました。そこにレーザーディスクから始まって映像が加わり、プラズマが加わりました。創業以来、「世界初、業界初」ということを常にモットーとして取り組んで、過去にもさまざまな業界初の商品を世の中に提供してきており、プラズマも11年前にパイオニアが初めて商品として市場に導入したものです。そしてプラズマに社運をかけて、大変すばらしく市場から評価されるような商品も数多くつくって参りましたが、残念ながら事業としては上手くいきませんでした。しかもその間はリソースをそこに集中せざるを得ず、オーディオなど従来のパイオニアの事業に対しては力が抜け、おろそかになっていた部分がありました。

プラズマからは撤退しましたが、残ったオーディオの部分においては過去から培ってきた技術、エンジニア、ブランドはまだ残っていると自負しています。もう一度ここにリソースをシフトし、音のパイオニアを復活させたいという強い思いを経営陣、従業員一同が持っており、ぜひチャレンジしていきたいと考えています。そのためにもまず、ここまでパイオニアを色々な形で支援してくださった皆様、特にプラズマで大きなご支援をいただきましたご販売店様に、あらためて感謝を申し上げます。プラズマから撤退して今なお、パイオニアの復活を待っている、パイオニアの商品を何とか支援したい、頑張って欲しいという声をたくさんいただき、そこにお応えしなくてはいけないという強い気持ちがあります。

今のオーディオ業界は世界的にも市場がなかなか大きくならず、この中で復活していくことは難しいとは思います。しかし我々のもつ資産を用いて、パイオニアのポジションをぜひ上げていきたいと思います。市場の変化の中でお客様のニーズも変化していますから、そこをいち早くとらえなくてはなりません。そんな中、オーディオの新しい市場も色々と生まれて来ています。パイオニアはこれまで新しい市場に対する取り組みが弱かった、なかなか目を向けられなかったと思っていますが、これからはそういった流れや変化にいち早く対応していきたいという思いです。

今年になってiPod関連の商品を始め、色々なメディアに対応する商品も少しずつ出しております。これまでにはなかったこういった取り組みを、今後積極的に進めていきたいと思います。また今後は特にAVレシーバーに注力していきますが、日本だけでなく世界の市場の動きを見極める必要があると思います。市場によってそれぞれのニーズやユーザーし好の違いがあります。過去には市場が伸びていましたから、たとえば欧米向けの商品を開発したらそれを他の地域への展開にも使うことができましたが、今はそうはいきません。価格を含め個々の市場やニーズにマッチした商品をご提供することが最も重要です。

AVレシーバーはパイオニアとして得意な分野であり、オーディオの復活に向けてまず手をつけました。今年導入した商品は、アメリカ、ヨーロッパを中心に高い評価をいただいています。AV、ホームシアターシステムの市場はこれからも重要かつ伸びる分野です。ディスプレイはなくなりましたが、システムの中心であるAVレシーバーの位置付けは重要ですので、ここはぜひ強化していきたいです。一方、iPodオーディオに対応したシステム商品の市場も先進国を中心に伸びています。このカテゴリーもまた各地でニーズは全く違いますから、ここもニーズを捉え、しっかりと商品の開発提供をしていきたいと思います。

2013年に向け前進する
中期事業計画を発表

小谷 進氏── 御社は新しい中期事業計画を発表されましたが、その内容についてあらためてご説明ください。

小谷 和田社長が2013年が重要な年だとおっしゃいましたが、私どももそこをポイントだと考えております。新しい取り組み、有機EL照明や、薄型スピーカー事業の発表をさせていただきましたが、そういったことや、アライアンス、OEMやODMの積極的な活用といったことがフルに効果を現すのが2013年と思っております。今年からパイオニアの復活に向け成長路線に舵を切ると申しましたが、成長戦略は5年くらいの期間で、5つの骨子からなっております。

まずコストダウンへの取り組み。これは今後も引き続き、さらに強化していきます。次にアライアンス戦略への積極的な取り組み。パイオニアは過去自前主義を貫いてきており、いい商品もたくさん開発し評価もいただけたと思います。ただ、どうしても意思決定が遅れ商品開発のスピードが遅くなる、コストが下げられないという状況になり世の中の変化についていけないこともありました。今回はアライアンス戦略でそれを払拭しようということです。そして先進国から新興国への事業拡大。市場の変化を捉え、中国、インド、ブラジル、中近東といった新しい市場の開拓に努めるということです。さらに今後は、カーエレクトロニクス事業での新ビジネスモデルを構築していきます。

5つめは、パイオニアは今カーエレクトロニクスとホームエレクトロニクスという2大事業があるわけですが、将来的にはそれに次ぐ第3の柱を育てようということです。そこで三菱化学さんとの有機EL照明事業における提携を行いました。また、新開発のHVT方式を用いた新しいスピーカーにも着手しています。これは最近のパイオニアの中でも大変画期的な、世界初の技術を用いた薄型スピーカーですが、これをもっと普及させていこうと考えています。このような5つの骨子を掲げてこれからの成長路線を進んでいこうということです。

── 有機EL照明というカテゴリーも非常に興味深いですね。

小谷 アライアンスといってもどことでも組めばいいというものではなく、お互いにすぐれた技術をもったところが組んで初めて相乗効果をもたらすものです。いろいろな協業を発表させていただきましたが、パートナーの方々は皆それぞれの業界でトップの位置にいらっしゃいます。そういう皆様と組めたのは大変にありがたいことと思っています。

その中で、有機EL照明では三菱化学さんと提携しました。パイオニアでの有機EL開発の歴史は長く、大きな投資もしてきました。その開発は次世代ディスプレイを念頭においたものでしたが、まだ時間も投資もかかりますし大きな競合メーカーも手がけておられます。そういったことから、残念ですが次世代ディスプレイの開発は断念しました。それでも携帯電話やカーナビ用のディスプレイは事業として続けていたのです。

そういう状況の中、ここにきて有機EL照明がLEDとともに脚光を浴びるようになってきました。LEDは寿命が長く省エネであり、いずれ電球に換わっていくのだろうと思います。一方、有機EL照明はLED照明とは違ってピンポイントでなく面で光を発生しますから、目にやさしいと言われています。また、省電力化に有効であり、蛍光灯のような有害物質も使っていません。さらに、薄く、曲げられるという特徴ももっています。昨今LED照明とともに有機EL照明が脚光を浴びて来ており、将来的に期待されています。

パイオニアは多くの特許をもっており、技術も製造ラインも持っています。追加の投資をそれほどしなくても有機EL照明の事業ができそうだというときに、素材メーカーの雄である三菱化学さんと、元々研究開発をともに行っていたという経緯もあり、一緒にやりましょうということになり出資もいただき提携することになりました。

今やっておりますのは第一世代と称しております蒸着型の有機ELパネルです。我々がもっている技術と製造ラインにそれほど手を加えなくともできるということで、まずこのパネルを三菱化学さんに提供しました。4月にフランクフルトで大きな照明の展示会がありましたが、そこで三菱化学さんが私どもが提供したパネルを使った照明機器をデモして大変評判となり、LEDとともに次世代の照明に育っていくだろうという評価をいただきました。

LEDも有機ELも共通の課題はまずコストであり、さらに有機ELの場合はまだ商品化されていないということがあります。最終的な目標は、今の蒸着型のパネルを量産することではなく、その次の世代の塗布型の有機EL照明を三菱化学さんとともに目指すことです。これが実現すればコストダウンが進み、明るさが高められるというメリットがあります。この次世代のパネルが完成したときには、パイオニアも参入し、事業の第3、第4の柱に育てていきたいと思っています。

2013年3月期には6300億円の売り上げと300億円の営業利益目標を掲げましたが、この中には新しい事業のうち数値目標化できるものだけを入れてあります。有機EL照明はまだ見通しがたっておらず、入れておりません。ある意味保守的な目標ですが、今いろいろ取り組んでいる種まきの結果が13年には花開くと思っていますから、私としてはこの過程を大変楽しみにしています。

薄型スピーカーというのは、私ども久しぶりの画期的な技術です。1月にカー用のスピーカーとして発売させていただきましたが、とても好評で計画の倍ほどの売り上げになっております。これを薄型テレビに全面的に採用していただくことが我々の目標ですが、課題はコストです。今の10分の1のコストにするべく必死に取り組んでいますが、必ずやり遂げます。このスピーカーは住宅用としても色々な可能性を持っているので、今後の展開については楽しみにしています。

── シャープとの合弁事業について、進捗状況はいかがですか。

小谷 光ディスクではパイオニアにも長い歴史があります。しかし量が稼げない、体質的な問題もありコスト高になり価格競争についていけない、という状況でした。シャープさんは光ディスク、とりわけブルーレイを積極的にやっておられます。その量産技術とボリューム、そしてパイオニアのもつ特許と技術を上手く組み合わせてシナジー効果が出せるのではという事で合弁会社をつくりました。

そしておかげ様で昨年の後半くらいからブルーレイが急激に立ち上がりました。レコーダーやプレーヤー、テレビとの一体型も立ち上がって来たということで、今合弁会社は非常に上手くいっており、大きく事業を拡大させています。昨今為替の問題で、ユーロ安、ドル安による影響が出ていますが、それをカバーする以上に拡大できており、今期の計画は必ず達成したいと思っています。

笑顔と夢中が響き合う
2015年のありたい姿

小谷 進氏── 構造改革により組織も非常にシンプルになりました。グローバルのそれぞれの地域でニーズに合わせたマーケティング戦略、商品企画を責任をもって自由に展開できるようになったのではと思いますが。

小谷 社長に就任してすでに1年半が経過しましたが、就任して最初に、この会社に必要なのは経営の意思決定のスピード、そして強いリーダーシップによるマネジメントであり、まずこの2つに取り組むという話をしました。リーマン・ショックのような激しい変化が背中を押してくれたこともありますが、取り組みをやってきて1年半、体制の基礎は一応できたかと思います。これから1年をかけて、社員全員で最大効果を上げていくことに取り組んで参ります。海外の販売体制の強化、再構築には特に注力していきます。

── リーマン・ショックは我々の業界にも大きな爪痕を残しましたが、おかげで会社に残った人材は大変鍛えられたのではないかと思います。生き延びた会社は筋肉質になり、甘えの構造がなくなったのではないでしょうか。

小谷 当社は以前からよくない状況にはありましたが、リーマン・ショックによって、危機感というものを経営陣含め社員が本当に真剣に抱くことになったと思います。厳しい構造改革を発表し実行していく中でいろいろな意見はありましたが、振り返ると皆ついてきてくれました。そう考えると、ある意味リーマン・ショックはパイオニアにとってのショック療法というか、社員がそれを受け止めてくれ、本来なかなか実現の難しい改革を1年で達成できるきっかけを与えてくれたように思います。今までのやり方では改革も中途半端に終わるのが常だったのですが、リーマン・ショックはパイオニアにとって最後の復活のチャンスだったかもしれません。私はそのように前向きに捉えています。

ただその後は、もう一度社員が自信をもって仕事に取り組めるような環境づくりをしなくてはなりません。我慢してくれた社員に対して、一丸となって前向きに取り組めるための企業ビジョンとして「街でも家でも車でも、笑顔と夢中が響き合う」を発表しました。

── パイオニア創業の精神がそこに込められています。流通の皆さんも安心しておられると思います。

小谷 地盤はある程度できたと思いますので、これからは前を向いてまず普通の会社となり、皆様から評価していただけるような状態に何としてもこの1年をかけて戻したいと思っております。やるという決意のもと、さらに頑張って参ります。よろしくお願い申し上げます。

◆PROFILE◆

小谷 進氏 Susumu Kotani
1950年4月12日生まれ。鳥取県出身。1975年明治学院大学経済学部卒業、同年4月パイオニア(株)入社。2000年5月Pioneer Electronics(USA)Inc.社長。02年10月Pioneer Europe NV 社長。03年6月執行役員 Pioneer Europe NV 会長 兼 社長。06年6月執行役員 国際部長。07年12月常務執行役員 ホームエンタテインメントビジネスグループ本部長。08年11月現職に就任。

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