永井研二氏

地上波完全デジタル移行へ勝負の一年
進化し続けるTVの魅力もあまねく伝えたい
日本放送協会
理事
永井研二氏
Kenji Nagai

地上波の完全デジタル化まで、残り2年余り。送信側からは、残された数パーセントのカバー率の整備がこれからの大きな課題。デジタル放送の進化し続ける魅力をきちんと情報発信していくことも、また、大切なテーマとなる。そこで、完全移行へ向けての取り組みや、テレビ離れが徐々に進む中で新たに打ち出された「3-Screens」の展開などについて、NHKの永井研二理事に話を聞いた。

放送と通信の融合を意識せず
行き来できるものを目指したい

完全デジタル移行へ
この一年が勝負

── 地上波テレビ放送の完全デジタル移行へ、いよいよ残り2年余りとなりました。NHKの取り組み、そして今後の展望についてお聞かせください。

永井永井氏完全デジタル化へ向けては、まず、受信する側の視聴者の皆さんにデジタル放送の魅力をもっと知っていただくこと。また、受信機をかえていただく、もしくはコンバーターをつけないと放送が見られなくなる。そのご理解を進めていかなければなりません。同時に、われわれ送信する側からも、視聴する環境を整えていく。両面からの取り組みが必要です。2011年の完全デジタル化まであと2年余りですが、この1年が勝負になると思っています。職員にも事あるごとに「今年1年でやり遂げるつもりで臨んでくれ」と叱咤激励しています。

── 送信施設のデジタル化について、状況はいかがですか。

永井全国で約2200ヵ所の送信施設がありますが、3月末現在で785ヵ所のデジタル化を済ませ、全国の約97%の世帯にご覧いただけるようになっています。空中波では約98%をカバーする計画ですから、残り1%にあたる約1400ヵ所について、規模もだんだん小さくなり大変ですが、09年度に600ヵ所、10年末までに800ヵ所を目標に、今、順番に進めているところです。

残りの2%の離島や山間部などの辺地には辺地共聴設備があり、その対策も進めていかなければなりません。辺地共聴には、NHKが整備した「NHK共聴」と、地元の皆さんが自主的に共聴設備をつくられた「自主共聴」の2つの種類があります。NHK共聴は、全国で約7800施設ありますが、3月末までに3394の施設でデジタル化の改修が完了しました。残りの約4400のうち、約3800ヵ所では10年末までに整備を進め、約600ヵ所では、地元のケーブルテレビへの移行や地元の自治体がつくられた共聴設備への吸収などにより、施設がカバーしている全ての世帯についてデジタル化を進めて参ります。

課題は自主的な共聴設備で、全国におよそ1万2000あると言われていましたが、すでに約4000の施設は他へ吸収されるなどしているため、約8000施設が対象となります。改修には、国からの補助金が出るスキームがすでにできていますが、煩雑な申請の手続きや受信点をどこにしなければいけないかを自分たちでやらなければならないこともあり、なかなか進んでいないのが現状です。そこでNHKでは、自主共聴施設のデジタル化改修を促すため、デジタルの電波が届かない地域を対象に助成金を出すことにしました。NHK共聴の個人負担とほぼ同額の助成金を提供することにしています。ただ、国の補助を受けるのも、NHKの助成金を受けるのも、手続きが非常に煩雑ですので、申請のお手伝いや受信相談をNHKが支援して参ります。

今年の1月14日から受け付けをスタートして、3月末までに受信地点の調査の申し込みが3678件あり、すでに2425件は完了しています。残りについても、地元の組合の皆様とアクセスを取りながら進めているところです。

── 総務省から5月7日に調査結果が公表されましたが、地デジの世帯普及率は60.7%、アナログ停波の認知度は97.7%でした。

永井1月に総務省から公表された地デジの世帯普及率の数字が49.1%でしたので、3月調査の数字を固唾をのんで見守っていたところですが、大幅に世帯普及率が増え、ひとまず安堵しています。追加経済支援策としてエコポイント制度もスタートしましたので、これでさらに加速がつかないかと期待しています。

しかし、都道府県別の世帯普及率でみると、トップの福井県が68.6%、一方、一番低い沖縄県で37.1%、岩手県が47.4%など、地域差が大きくなっている点は課題のひとつと言えます。普及促進の観点から、2月より全国の都道府県に「総務省テレビ受信者支援センター(通称:デジサポ)」をオープンしました。NHKから受信技術関係に詳しい専門家を100人規模で出向、対応させています。

周知に向けては、電波を使った活動も不可欠で、すでにアナログ放送では画面の右上に「アナログ」の表記を出してお知らせしています。効果は出ているのではないかと思います。

一方で、どうやってデジタル化すればいいのかも、お伝えしていかなければなりません。NHKでは地上デジタル放送の周知広報番組として、「デジタルQ」という番組を日曜の朝6時50分から放送しています。お年寄りをはじめ幅広い年代層に人気の瀬川瑛子さんを新たにレギュラーに迎え、4月から内容を大幅に強化して、視聴者からの疑問にお答えしています。その他、新たに地デジ広報用のプレマップ(2分番組)を制作し、5月末から放送をスタートしました。一方、石川県珠洲市で先行してデジタル化を進めていくことも決定しましたので、そうした状況も全国の皆様にお知らせしながら、進めていきたいと思います。

テレビ離れに対し
「3-Screens」を強化

── 1月には米国ハワイ州でデジタル移行が行われました。日本がこれからデジタル化を進めていくにあたり、参考となる事例などはありましたか。

永井世界でデジタル化はどんどん進んでおり、41の国ですでにデジタル放送が始まっています。そのうちアナログ放送が終了しているのはヨーロッパを中心に7ヵ国になります。米国は、大変多くの受信者を抱え、地上の完全デジタル化、アナログ停波をしようと取り組んでいるところです。実は今年の2月17日をアナログ停波の日として進めていたのですが、オバマ政権に変わったことや、デジタル移行へ伴う対応商品の購入に使用できるクーポン券に対する要望がまだ強いことから、経済支援策の一環もあり、6月12日まで延期されました。

先行して1月にハワイ州で移行の作業がありました。アメリカ本土の2月17日の移行は、ハワイ州ではちょうど野鳥の巣作りの季節にあたることから、生態系保護の観点で、1月15日の正午に前倒ししてデジタル化に踏み切ったそうです。結果的には大きなトラブルもなく、うまくいっています。

私も実際に現地に出向いて自分の目で視察してきたのですが、感心したことが2つありました。ひとつは地元の放送事業者とFCC(連邦通信委員会)の連携が非常にうまくとれていること。もうひとつは、地域住民の皆さんがコールセンター業務にボランティアで参加していることでした。特にハワイの人たちはデジタル化を恷ゥ分たちの問題揩ニして強く認識している印象を受けました。ボランティアの人たちは、お年寄りだけの世帯に出かけて受信機の設置を手伝ってあげたりもしていました。いろいろな国や地域出身の人たちが住んでいることから言葉の問題もあり、その点からも、ボランティアの活躍でスムーズにコミュニケーションがとれていたようです。地元に根差したこうした運動の大切さを強く感じましたし、日本でも、積極的に取り入れていかなければいけないと思います。

── NHKは今後、家庭の中でのテレビにとどまらず、パソコン、携帯への「3-Screens」の展開を行われると聞いています。これはどのような取り組みでしょうか。

永井氏永井昨秋、平成21年度からはじまる中期経営計画を発表し、「いつでも、どこでも、もっと身近にNHK」をテーマにいろいろな取り組みを進めていこうとしています。そのひとつの大きな柱が「3-Screens」です。

今、「テレビ離れ」が確実に進んでいます。若者を中心に、20代だけでなく、30代、40代というところまで、だんだんテレビを見なくなっています。また、テレビそのものを持たない人も出てきているのが現実です。一方で、インターネットへのアクセスのピーク時間は、少し前までは23時、24時という深夜の時間帯でしたが、いまは21時、20時とゴールデンタイムに近づいてきています。インターネットへシフトしている人たちがそれだけ多くいるということでもあります。

「3-Screens」の3つのスクリーンは、ひとつはテレビ、2つめはパソコンを中心としたインターネット、そして3つめが携帯電話やワンセグなどのモバイル系をさします。この3つの画面で、NHKへアクセスしていただけるコンテンツ展開に力を入れていく重要な施策の一つで、接触者率80%への向上をうたっています。

インターネットの取り組みでは、「NHKオンデマンド」を昨年12月からスターとしました。ここでは、放送中のNHK番組を見逃してしまった人への「見逃し番組サービス」と、過去の放送番組を視聴できる「特選ライブラリー」とをブロードバンドを介してパソコンなどへ有料で提供しています。視聴者サービスの一環として、3月30日からは「見逃し番組」の提供期間を放送後7日間から10日間に延長し、特選ライブラリーも5月末現在で、215タイトル、1932本に増やしました。今後さらに充実して参ります。

もうひとつのスクリーンであるワンセグ放送では、NHKでも教育テレビで、ワンセグの独自放送を4月6日から開始しています。平日12時台に1時間、深夜の24時台に1時間、独自番組を集中的に配しました。1つの番組が5分〜15分の短いサイズですから、忙しい社会人の時間活用にも向いています。ワンセグのコンテンツを視聴してみて、「あ、これは面白そうだ」という若年層をテレビ番組に誘導する狙いもあります。テレビ番組の方も、この4月の編成より22時から23時は若者向けに編成しました。

技研公開で大きな注目
SHVと立体テレビ

── 今後、デジタル放送の進化する魅力や可能性をきちんと伝えていくことも大切になりますが、5月21日(木)〜24日(日)までの4日間、「テレビの進化は止まらない」をテーマに、今年の技研公開が行われました。大きな注目を集めたスーパーハイビジョンや眼鏡なし立体テレビなどの実用化に向けた現在の研究状況を教えていただけますか。

永井今年度は、新経営計画のスタートの年度で、経営計画「いつでも、どこでも、もっと身近にNHK」を実現するために推進している研究開発と、さらに先を見据えた放送メディアの開拓、それに対する技研の取り組みを紹介しました。

さらに先を見据えたという部分で注目されたのが「スーパーハイビジョン(SHV)」です。現行のハイビジョンに比べ、タテ・ヨコ4倍、計16倍の画素数を持たせたもので、さらに高い臨場感、「没入感」を提供しようと研究開発を進めています。技研公開では、新たに開発した広帯域変復調器を用いて、情報通信研究機構(NICT)と共同で、超高速インターネット衛星「きずな(WINDS)」によるSHV多チャンネル・生中継伝送の実験を公開しました。

この実験は、将来の衛星による本格的なSHV多チャンネル放送の技術的実現性を示す世界で初めての試みです。将来の衛星で伝送帯域が広帯域になることを想定し、伝送帯域幅300MHzの広帯域変復調器を開発しました。転送レート500Mbpsの高速度でデータを送ることができるため、SHV番組の多チャンネル伝送が可能になります。衛星「きずな」は伝送帯域幅が550MHz以上と広帯域であるため、この衛星を利用して伝送実験することができます。

今回は、札幌と茨城県の鹿嶋から多元中継を行い、札幌からは生中継で、「さっぽろテレビ塔」の地上90mの展望台から生の映像をお届けし、鹿嶋からは事前に収録したSHVコンテンツ2チャンネルを送出して、これら合計3チャンネルのSHVコンテンツを放送技術研究所まで、無事、衛星伝送に成功しました。

SHVは、できれば放送開始100周年にあたる2025年には家庭に入るようにと思っていますが、さらに先の「立体テレビ」の研究も進めています。現在の両眼の二眼式の立体テレビは、例えば目を画面に対してタテ方向に、すなわち、横になってごろんと寝転んでテレビを見ようとすると、立体ではなくなってしまいます。また、致命的なのは、画面上に焦点はあっても、それを無理矢理目を寄せた状況や開いた状況を、焦点とは別の位置につくることで、どうしても目が疲れてしまいます。そういうことのない、もっと自然な立体感を出せる「インテグラル立体テレビ」の研究成果を発表させていただきました。

── それでは最後に、流通の方へのメッセージをお願いします。

永井エコポイント制度もスタートし、地デジのさらなる普及加速が期待される中で、手に入れた受信機で高品質の画像を楽しんでいただけるよう、設置や、地デジが受信できない場合にはそれがどうしてなのか、相談に乗っていただきたいと思います。また、昔から言われていますが、本来ハイビジョンの画像というのは、縦方向の3倍の位置がもっとも高品質の美しさでご覧いただける最良の視聴ポイントとして設計されています。もちろん、常にその位置で見るわけではありませんが、遠くから見てしまったら、せっかくのハイビジョンの高画質が享受できないことになります。こうした点も、ご販売時にぜひご説明いただければと思います。

テレビの進化はまだまだ進みます。放送と通信の融合が進んでいく中で、お茶の間のテレビも、それを意識しないで、行き来できるようなものを目指していきたいと思っています。スーパーハイビジョンはもうすこし先になりますが、次々にそういうものが出てきます。そのことを念頭におかれて、「テレビはまだまだ進化していくんですよ」ということで、店頭でもぜひお取り組みいただければと思います。そのためにも、流通の皆さんにも、技研公開などで新しい技術を先取りして体験していただきたいと思います。

◆PROFILE◆

永井研二氏 Kenji Nagai
1948年8月24日生まれ。東京都出身。1973年慶応大学大学院工学研究科修了後、日本放送協会入局。名古屋放送局企画総務室長、技術局送信技術センター長、技術局長、株式会社放送衛星システム代表取締役社長を経て、現職に。趣味は週末テニス、美術館巡り、音楽鑑賞。座右の銘は「桃李言わず、下自ら蹊を成す」。