巻頭言

救世主「NEWハイコンポ」

和田光征
WADA KOHSEI

1993年夏、フューチャーフォーラムを10年にわたって開催していた私は、箱根でオーディオメーカーのトップと一堂に会してハイコンポを提案した。1988年にピークを迎えたオーディオ市場、とりわけミニコンはCDの登場によって本来の商品ライフサイクルから延命し依然として勢いがあった。

私がそれまで見てきたシステムオーディオ市場は、いつも次なるカテゴリーを創出できないで下降し、とりわけシスコンからミニコン誕生の谷間は長く、当時構造不況業種に認定され苦しんだ。

しかしバブルが崩壊した後も、ミニコンは下降線をたどりながらも延命し、フォーラムメンバーの12社も得意の渦中にあったのである。
 
箱根湖畔の獅子というレストラン、窓辺には夕暮れの芦ノ湖が白く光っていた。

 
私は諸先輩方を前にして語り始めた。
 
「得意端然、失意泰然という言葉があります。ミニコン市場がCDの登場で未だ元気でありますが、しかし本来の商品サイクルからいけば下降へと向かい始めています。私たちは今日まで次なる市場創造商品投入のタイミングを外し、いつも苦労してきました。セパレートからシスコン、シスコンからミニコンへと移行し市場創造してきましたが、その過渡期においては苦労の連続でした。
 
今、ミニコンが元気なうちに次なるカテゴリージャンルを構築しておかなければ、再び苦しむ結果となります」。

会場から「その通り!」という声と、「…何があるんだ」という声が飛んできた。
 
「そこで私は、ハイコンポというジャンルを提案したいのです。目標は一千億市場…」、また会場から驚きと期待の声があがる。
 
「…この基本コンセプトはメーカーズシステム、つまり、各メーカーが自信を持って単品コンポに負けないクオリティのシステムを組み、新しいカテゴリーを創造するということです」。
 
「…商品コンセプトは、@ハイグレード。つまり単品コンポ以上のクオリティを有すること Aハイデザイン。リビングにおいても違和感なくフィットする高質なデザインであること。そのために左右寸法を30cm以内にすること B簡単操作。システム同士の連動操作ができ、リモコンが必ず付属すること Cリーズナブルプライス ということです。ハイコンポをカテゴリーネームとします」。
 
私は全員の興奮と手応えをしっかりと感じ取り、会場は「やろうやろう」の大合唱になっていた。翌日帰途に着き東京駅で、パイオニアの大波さんが「…必ずやりますよ」と言われ、私たちは固い握手をして別れたのであった。
 
その年末すでにハイコンポは登場した。販売店も両手をあげて賛同し、お客様の支持をも得て、完全なる市場創造ができた。
 
あれから16年、オーディオ業界は変容していったが、何はともあれシステム商品のマーケティングが弱体化していることに大きな原因があると思わずにいられない。業界全体で市場創造思想を共有して展開するパワーがないと、市場はしぼむばかりである。一社一社が個別提案することも重要であるが、カテゴリーに対してお客様が動く構図がないと何も起こらない。「NEWハイコンポ」こそ救世主たり得ると、私は思っている。

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