勝丸 桂二郎氏

製品に込めた「想い」が
きちんと届いているかそれを知ることが大切です
富士通テン(株)
代表取締役社長
勝丸 桂二郎氏
Keijiro Katsumaru

「いい音へのこだわり」とタイムドメイン理論による正確無比な再生をコンセプトに2001年登場した富士通テンのスピーカーブランド「ECLIPSE TDシリーズ」。卵形スタイルで登場する印象深いそれらの製品は、個性豊かなその風貌とは別に、一貫してブレることのないブランド姿勢が際立って市場に深く浸透しはじめている。カーナビ、カーオーディオ他自動車関連の事業展開を柱にする同社だが、この春にはフラグシップモデルとなる新商品「TD712zMK2」を発売。その真摯なものづくりへの評価はますます高まっている。登場以来8年。同社のものづくりに込める「想い」を、勝丸社長に聞いた。

人間の五感は計り知れない。そこへ
訴えるわけですから、想像を超えた
広がり方をしてくるかもしれません

ものづくりの基本は
誠実であること

―― 「ECLIPSE TD」という御社のスピーカーブランドの人気が高まっています。要因の一つに変わらないものづくりへのポリシーが指摘されています。その背景にあるものをお聞かせください。

勝丸勝丸桂二郎氏まず言わなければならないのは、「誠実」ということです。私どもの先輩たちが築きあげてきたものづくりの基本として、それをしっかりと守り続けていくことの大切さをいつも思っています。また、お客様にいかに満足していただくかということから、私どもでは、常にお客様の期待の一歩先をいかなければいけないと考えています。古くはラジオ、8トラック、カセットテープから、CD、MDといったメディアを逸早く車載用に取り入れたばかりでなく、様々な「世界初」「日本初」というカタチの実績を出してきています。それらは奇をてらってやっているわけではありません。お客様の声をしっかりと聞くこと。そこから新しいものが少しずつ生まれてくるのだと思います。

先へ先へと進んでいくためにも大切にしているのは、やはり、技術開発であり、研究開発です。特に今は、先のことを考えながら進めるのは大変むずかしい事業環境下にありますが、ここは大事にしていきたいと思っています。

―― 企業としてということ以上に、社員の皆さん一人一人のモチベーションの高さということも言えるように思いますが。

勝丸先輩の背中を見ているうちに、いつのまにか自らの意識や行動の中に入ってきているDNAがやはりあると思います。弊社の源流となる川西機械製作所(1920年創立)時代には飛行機も造っていましたし、半導体も恐らく日本で初めてやり始めました。真空管にも早い時期から取り組んでいます。後にノーベル物理学賞を受賞する江崎玲於奈さんも前身の神戸工業に在籍していたわけですが、そうした歴史を背景にして、富士通テンのDNAができているのではないかと思います。

私も商品企画を何年かやったのですが、 それは、常日頃から「考える」という風土があるからではないかと思いました。しかも、それが、開発の者だけでなく、商品を育てていく営業チームからも同じような内から出てくることが重要です。

具体的にもののかたちを想定するのは技術屋ですが、技術屋だけが頑張っても世の中にいいものを出せるわけではありません。「それじゃあ、やるか!」というときには、ものづくりの現場がその考え方をすべて受け継ぎ、さらに営業へとバトンを渡していかないと、いいもの、安心してもらえるものを世に送り出すことはできません。

思い通りにいくものもあれば、もちろん、いかないものもあります。そのときに、開発した人や企画した人にいろいろな話を聞くのですが、外してはならないのは、自分たちが考えたコンセプトがお客様に受け入れられているのかどうかです。デザインや機能もお客様に選んでいただける要素ですが、自分たちの「こうしたい」という想いをお客様にきちんと理解して、受け入れていただこうと、皆やっています。うまくいかないときには、あまりいろいろなことを考えずに、まず、自分たちが考えたコンセプトがお客様にとって本当に受け入れられているのかを考えることです。

ユーザーアンケートなども行っていますが、私は「自分たちの想いの入ったものをつくれ」と指示しています。自分たちが考えていたことを実現できたときに、お客様がそれに対してどのように思うのか。それが、一番気になるところではないでしょうか。そこが間違っているのであれば、基本のところを少し変えていかなければなりません。小手先ではいかない部分も出てきます。そこは、しっかりと捉えていきたいですね。

いい音に挑戦する
ECLIPSE

―― 御社にとってホームオーディオの世界は、車の世界から見れば、まだまだウエイトは小さいかと思いますが、どのようにご覧になられていますか。

勝丸富士通テンはやはり、車が基本の会社ですが、生い立ちは音響であり、かつてはホーム用のラジオやトランジスタラジオもつくっていました。音にこだわった会社であることは、もっと広くたくさんの人に知ってもらいたいと思います。ホームオーディオでもこうしてしっかりと取り組んでいる。会社を背負うような方向として考えることはありませんが、ECLIPSEとしていい音に挑戦していることを、皆に知ってもらいたいと思っています。

―― いい音で音楽を気持ちよく楽しむという世界は、クルマのなかでも共通することですね。

勝丸ホーム市場で知っていただいた一般の方たちの中にも、車を所有する方がたくさんいらっしゃいます。今後、いい音を車の中でどうやって聞いてもらうかも、これまで以上にしっかりと訴えていきます。

課題は少なくありません。現在、プロやマニアの方には非常に高く評価していただいていますが、一般の方にまでどんどん広がっているかというと、まだ十分ではありません。確かに、皆さんそれぞれに音の好みはありますが、いろいろな人の意見が入り込んでくると、本当に特徴のないものになってしまいます。ですからわれわれが、このスピーカーを「音のあるがままを伝える」ために作っているということを、きちんと伝えていかなければならないと思っています。

ECLIPSE TDシリーズは、ホーム市場でぐんぐん広がっていく商品でありたいと思いますが、そのようにはいかない面はあると思います。しかし、タイムドメイン理論に出会えたことは、私どもが何をすべきかを知る上で本当に素晴らしいことだったと思います。

―― 今はごく普通にテレビドラマを見ているような時にでも、5・1chの信号が届いているような時代です。優れた音場を再生するスピーカーが活躍するシーンというものは潜在的にもっと大きな広がりがあるのではないでしょうか。

勝丸そうですね。実は車の中でもそうした点への関心が高まっています。昨年2月に発売されたクラウンは、音に対する評価が非常に高いのですが、そこには、このタイムドメイン理論を使ったスピーカーがきちっと配置されています。定位がしっかりして、広がりが感じられる。システム全体としてはいろいろなスピーカーを使っていますから、いろいろなテクニックも使っていますが、基本に据えるべきところにはこの理論を持ってきて、きちっとした音が出せるようにしています。

―― 基本がしっかりしていればいろいろ展開ができますね。

勝丸何も加工していない素の音がしっかりしていることが大切です。そうすればそこから先は、きれいな音とか、定位がいいとか、組み合わせ方によっていろいろな空間を再現できます。本来の目的とはまた別のところでも、いろいろな使い方やその効果を得ることが出てきます。

たとえば介護施設などでも、私どものスピーカーを使用したら、アナウンサーの声が大変聞き取りやすくなったと好評をいただいています。また、家庭で台所仕事をしながらテレビの音を聞いている場合にも、これまではモゴモゴとして聞き取りにくかったテレビの音が、何をしゃべっているのか大変よくわかるようになったという報告も数多くあります。実は、“音”というものがこんな風に聞こえるのかと思っていただけた。それは大変うれしいことです。

お客様にも、また、ご販売いただく販売員の方にも、こうした特長までご理解いただけると、音の大切さだとか、いいものを選ぼうだといったことが、伝えやすくなるのではないでしょうか。

勝丸人間の五感は計り知れない様々な可能性を秘めています。我々はそこへ訴えているわけですから、われわれの想像を超えた、これまでになかったような市場性、広がり方があるのだろうと考えているところです。

いい音を届けるカンパニー
そこは決して外さない

―― イクリプスTDシリーズが2001年に世に出て、今年2月には新商品のTD712zMK2が登場しますが、この間、一貫した理論による商品企画で、まったくブレがありませんね。富士通テンに籍を置くことで、自分たちがどういう仕事をしていかなければならないのかが、全スタッフにきちんと浸透しているということですね。

勝丸どこの会社でも、「これだけは外せない」というところがあると思いますが、富士通テンはいい音をつくっている会社であるというところは決して外しません。それが徹底しているから、ブレがないのだと思います。

―― それはお客様にとってももちろんですが、流通の方々にとっても大変大きなメッセージです。素晴らしい商品だからとお客様に一生懸命説明して販売してきたのに、いつのまにか、それを否定してしまうようなものをいいと言われたら困ってしまいます。市場から消えてしまうことにも、大変センシティブになっています。

勝丸とにかく正確でいい音をお届けしたいというのが出発点でしたから、振り返ってみると、最初からプロやマニアの方はしっかりターゲットに入れていました。ただ、これからはもっと多くの人にも、その素晴らしさを知ってもらいたい。中身はどんどん進化しています。

―― 自分たちがやろうとしている正確な音が、何のための正確な音なのか。音を通じて喜びが伝わるということが、共有できているのではないでしょうか。

勝丸勝丸桂二郎氏 「音文化創造活動」という名称で、社内ではいろいろなイベントや、社会貢献として位置付けたコンサートなども長く続けてやっています。そうした活動が会社全体のメッセージとして、入社したときから、音についてしっかり取り組んでいる会社であることが自然と感じられ、体の中に富士通テンのDNAとしてどんどん吸い込まれていくように思いますね。

どの活動も、肩肘張って構えたものではなく、すっと入っていって、知らない間にこんなこともやっているのかというものばかりです。大上段に構えてどんと打ち上げても、なかなか長続きしません。じっくりと止めることなく続けていくことが大切だと思います。上杉鷹山の「成せば成る、成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり」。そうした心情でずっと続けてきています。

最近は中国の小説にも凝っているのですが、そこでつくづく思うのは、徳をつむことの大切さですね。しかも、それを皆でできれば、響きあってさらにいい方向へ行くのではないかと思います。よく、ものづくりの現場でもいろいろな問題が起きるのですが、たいがい、「おまえのところが悪い」といった議論になります。その時にも、人が悪いのではなく、いまはまだモノが悪いのだと考え、自分たちがそこで何ができるのかを、お互いに考えていくことができるようになれば、必ずよくなります。

―― 日本企業はチームワークが最大の強みのひとつとしばしば言われましたが、皆がひとつになれた時にこそ、強さを発揮できるわけですね。

勝丸言葉では理解していても、なかなか実行できません。何か起きると自分の責任ではないと思うのは誰しも一緒です。しかし、「誰かのやり方が悪かったのではないか」「組織が悪かったからではないか」という方向へ走ってしまってはなりません。普通の人は、自分がしたことに誰かが意見を言うと、文句を言われていると思い、反論したくなるそうです。しかしここで、「意見を言われているから考えてみなければならない」と思うことができれば、必ずいい方向に向かうはずです。

―― ありがとうございました。

◆PROFILE◆

勝丸 桂二郎氏 Keijiro Katsumaru
1946年1月12日生まれ。68年3月 福井大学工学部卒業。同年4月 神戸工業(株)(富士通株式会社と合併)入社。98年 富士通テン(株)取締役就任。2001年 常務取締役就任(兼)AVC本部長、02年 専務取締役就任、04年 事業部門統括(兼)事業本部長を経て、05年 代表取締役社長に就任、現在に至る。趣味は刀剣鑑賞、ゴルフ。