佐藤 卓氏

(株)ディーアンドエムホールディングス
取締役 兼 執行役プレジデント 日本/アジア パシフィック

佐藤 卓
Takashi Sato

高品位の音を楽しむ生活を
お客様に提供するために
専門メーカーの役割果たす

デノン、マランツというハイファイの代表的ブランドを中心に、マッキントッシュ、B&W、ダリ、スネル・アコースティックス、ボストン・アコースティックス、エシェントなど多くのブランドを包括するD&Mホールディングス。日本マランツの社長を経てD&Mホールディングスのアジア・パシフィック・リージョンでプレジデントを務める佐藤氏に、D&Mのマーケティングと、日本、そしてアジアにおけるオーディオの事業展開についてお話しを伺った。

各々のブランドの特長を出しながら
趣味の世界であるオーディオにおいて
数多くの選択肢を提供していく

アジアという地域で
ビジネス展開のポイント

―― D&Mホールディングスの誕生から5年が経ちましたが、佐藤さんがこられてから現在に至るまでの経緯をご紹介いただけますか。

佐藤 デノンとマランツの統合前から2005年まで、私は日本マランツの社長に就任していました。同時にD&Mでは、従来地域をアメリカ、ヨーロッパ、日本、アジアと4リージョン制に分けており、私は、アジア地域も兼任してきました。2007年7月から日本とアジアリージョンを統合し、新たにアジアパシフィックとしまして、現在はプレジデントに就任しています。

―― アジアという地域の中で、ホームシアターという観点で日本と他の国々の状況を比較していかがですか。また今顕著に伸びている国はどこでしょうか。

佐藤 日本は世界的にトップクラスの放送インフラを持っています。ハイビジョン映像でマルチチャンネル音声の放送が24時間空から降ってくるというのは実に限られた状態であり、他のアジアの国々にはまずありません。また日本は技術面や商品の仕上がりに一番敏感なマーケットですし、一番進んでいると思います。ただ一方、市場環境を見ますと、少子化の問題や、趣味や余暇の使い方の変化などがあって、このままでは必ずしも先行きはバラ色ではないと思います。

我々が一番注力しているのは中東ですね。長期的には中国やインドの市場も大きくなると見ていますが、直近で見る限り中東は魅力的です。ホームシアターのニーズも大きいですし、ハイファイも伸びています。またアジアの他の国でも、まだこれから伸びる要素が多々あります。

我々は、日本の成熟したマーケットとアジアの国々のさまざまな状況に応じて、きちんとビジネスを提案しながら成長していくということです。会社として商品開発も投資もしなければなりませんが、地域を切り離さずひとつにつなげると、色々な可能性が出てくるでしょう。私が担当してからは、おかげさまでアジアはだいたい2桁成長となっていますし、この状況は続いていくとみています。日本はネットワークやサラウンド、HDというようないろいろな技術革新がありますから、我々はそこをきちんと捉え、付加価値の高いビジネスにしていくことになるのではないでしょうか。

日本のオーディオ市場
これからの課題



―― 日本では、流通がメガ量販と従来からの専門店に2極化していますが、国内メーカーはメガ量販とのお付き合いにいろいろとご苦労されているようです。また私の見るところ、従来からの専門店さんの影響力や集客力も弱まっているようです。モノを買うお客様はいるのですが、そういう人たちは専門店へは行かない。一番購買力のある層は団塊ジュニア世代とバブル世代にあたる30代〜40代ですが、彼らを掴むためには専門店も変わらなければならないと考えます。30代〜40代のお客様は、おそらくカメラ店に行くケースも多いかと思いますが、そこだけですべての購買層が満足されるわけでもなく、もっと専門性を求める方もいるでしょう。専門店もメーカーも、この購買層を掴むためには業態変化が必要です。

佐藤 卓氏

佐藤 若いお客様がなかなか入って来ない、という話は我々の間でもよく上がってきます。15年ほど前から粗悪なゲームの人気が過熱してきましたが、どうもその状況も影響しているような気がします。子どもたちが小学生から中学生の感性を養う大切な時期に家庭や学校でいい音楽をきちんとした環境で聴くという機会も減りました。いい音は聴けばわかります。しかし、そういう感動を体験するチャンスがなかなかない。

私自身も中学生のときの思い出があり、今思えば音楽の先生が相当のオーディオマニアだったのでしょうが、音楽室に大きなスピーカーがあって、その下に座布団を敷いてみたりして音の違いを聴かせてくれました。そういう思い出がずっと残っていて、こういう仕事に就こうというきっかけになったと思います。

今の子どもたちは、家に帰るのも遅くなりましたし、帰ればゲームに興じますし、別の世界へ行ってしまいます。バーチャルとリアルの区別がつかなくなるような事件が、たくさん起こっています。それは子どもたちが大事な時期にいい音、いい音楽に触れることなく、いびつな世界で育ってしまったことが原因ではないかと気になっています。それはもっと販売したい、買っていただきたいということだけではなく、ある意味社会問題であり私達大人の責任だと思います。

―― そういった中では、iPodのようなデジタルオーディオプレーヤーは音楽を聴く機会を拡げ、いい影響を及ぼしているのではないでしょうか。オーディオにとって、新しいユーザーをもたらしてくれるものと考えるべきです。

かつてヘッドホンプレーヤーが流行しましたが、あのときもそれに反比例してシステムコンポーネントの売上げが落ちていきました。しかし子どもたちの間にヘッドホンプレーヤーで音楽を聴くというトレンドが浸透していくと、次のステップとしてまたオーディオが盛り返してきたものです。

デジタルオーディオプレーヤーは今まさにその役割を果たしていると思います。業界はどうやってそれを次へ結びつけていくか、ピュアオーディオへひきいれていくかということをやっていかなくてはなりません。D&Mはそういったことによく対応されていると思います。

佐藤 我々は音の専門ブランドの集合体です。そういう意味では、社会に受け容れていただけるようなことで利益を得ている会社だと思っています。子どもたちにも、もっと音楽や映画といったものが浸透していくと、本当の豊かさにつながるのではないでしょうか。今はそこにいく過渡期です。

そして、こうして質が高まっていくということは、我々メーカーにとっても事業にできるチャンスは十分にあることと思います。放送のインフラも国策で整ってきます。少し質の高い生活を楽しんでいただくために、我々がお手伝いできる役割があるのではないかと思います。正しいことを信じ、正しいことをやり通していれば必ず道はひらけると。日本で以前のような8000億、9000億という市場はなくとも、その中で音の専門メーカーとしての役割が果たせ、事業として成り立っていける市場および社会になってくると私は思っています。

多くのブランドで特長を出し
お客様に選択肢を提供する


―― 御社は数多くのブランドを展開されています。

佐藤 我々は専門ブランドの集合体というのがベースになっています。そもそもなぜ専門ブランドがいくつもあるのかというと、我々はスタートがもともと趣味の世界からきているものであり、そこにはいろいろな選択肢がなくてはいけないものです。そういう中で、価格や性能といった特長を出すだけでは趣味の分野としてアピールできません。人それぞれに個性や特徴があるようにブランドが違えば、裏にある哲学も違います。どういう人をターゲットにどういう特長を出していくか、それぞれに違いますから、そういうものを集めてお客様に選択していただけるような環境をつくっていく、という考え方がベースです。

―― フロントに幾つものブランドが存在し、D&Mのマネージメントでコントロールしていくという体制ですね。

佐藤 各ブランド間でも、共通部門というものは徹底的に共通化しています。たとえばITのシステム。これはどこの会社でも少ないところで売上比の0・8%、多いところで2%くらいの費用がかかりますが、これをブランドごとにそれぞれ持つ必要はありませんから、高性能のものをひとつにしてそれぞれメリットを享受しています。コストは結局商品の単価に反映されるわけですから、さまざまな共通化によってそれが比較的抑えられ、いいものがお客様の手の届く価格で提供できるのです。ただ、お客様に選んでいただくフロント部分は、それぞれの特長をきちんと出していこうということです。

音質を左右するようなキーとなるものは別として、汎用部品も共通化できるものは数多くあります。つくる場所もどこであっても一緒ですから、寄せ集めて一番生産性のいいやり方にしています。また基礎開発や管理関係も共通化しています。

―― それぞれのブランドカンパニーの事業が流通とお付き合いし、売上げを上げていけばいいわけですね。

佐藤 流通様に対しても、D&Mとしてご提供できるものが1つでなく3つ4つになれば、それだけ提案力もついてきますし、流通様からみれば、提案をうけてビジネスとして粗利がとれるものであるということで、両方にとってウィンウィンの関係がとりやすくなります。

流通様とは共存共栄でお取引させていただいていますが、お互いにメリットを生むという関係がベースになかったら、安定的に発展していくビジネス関係にはなれません。

―― つくり手はただつくっているわけではありません。いい音つくりに対する理念や情熱、また人類に対する貢献であったり、そういうことを考えながら開発し、商品にしていくわけです。つくるということは、販売店にはできません。つくって供給してくれるということに対する感謝がないと、互いの関係性が崩れてしまいます。御社のブランドに対しては、販売店の信頼度が非常に高く、そこが双方のいい関係に結びついていると思いますが、ブランドごとの商品についてもお伺いしたいと思います。

佐藤 卓氏佐藤 当社は今年、特にAVに力を入れています。デノンでは夢のセパレートも登場、さらに10万円台〜20万円台という売れ筋の価格帯のAVアンプを一新れました。マランツでは昨年発売したAVアンプも予想以上に動きましたし、またこのほどAVのセパレートアンプを発表しました。そしてハイファイの方も従来通り、デノン、マランツ、そして昨年立ち上げたマッキントッシュジャパンも堅調に推移しています。

またこれまでダリ、キンバーケーブルといった輸入品を扱っておりましたデノンラボを4月1日に活動中止とし、取り扱いのブランドはデノンの中に移行しました。かつては輸入品というのは国産品と区別され、別のビジネスという扱いでしたが、今はもう分けて展開する意味がなくなりました。流通様もすべてデノンでカバーしておりますから、そのチャネルを使って専門のチームをつくり、量販店様、専門店様と特長に合わせた商品づくりをしながらもっと発展させていこうというものです。

これまでは各流通様に対して同じ対応をさせていただいていましたが、それぞれに得意とされている分野をより活かして販売力を出していただこうと思っています。今まで以上に、商品のよさをお伝えしやすくなったと思います。

それから、新たに展開することとなったブランドであるボストン・アコースティックスについては、この4月から専門のマーケティンググループをつくりました。アメリカのトラディショナルなスピーカーというイメージが強いブランドでしたが、今は様変わりしまして、ライフスタイルの方向にふったマーケティングをしています。ここは量販店様にどんどんご提案していこうと思っています。

このように販売の形態を少し変え、デノン、マランツに加え、そういうところも新たに力を入れていこうと思います。

―― 本日は誠に有難うとうございました。

◆PROFILE◆

佐藤 卓 氏 Takashi Sato

1946年新潟県生まれ。日本マランツ(株)入社後、品質保証部長、商品企画部長、マランツアメリカ社長を歴任。97年よりフィリップスB.G.オーディオマランツ事業ジェネラルマネージャーとしてマランツブランドの世界戦略を構築。2000年日本マランツ専務取締役、2001年日本マランツ代表取締役社長、2004年D&M sales and marketing Asiaプレジデント。2007年より日本を含めたD&M sales and marketing Asia Pacific プレジデントに就任、現在に至る。