塩畑 一男氏

ボーズ(株)
代表取締役
栗山譲二氏

栗山 譲二
Joji Kuriyama

妥協のない研究をベースにし
その成果を製品に活かしてこそボーズクオリティが実現できる

2008年4月にボーズの新トップに就任した栗山譲二氏が、本誌トップインタビューに初登場する。本国アメリカから発信される提案を日本のマーケットに浸透させ、ブランドの確固たる地位を築き上げてきた同社であるが、その根幹にあるのは製品の圧倒的な技術力。妥協を許さない研究開発と、ものづくりに携わる情熱が生み出すヒット商品の活躍をさらに明日へとつなげるべく、就任にあたっての抱負を語っていただいた。


製品やブランドのさらなる浸透目指し販売店との新たなパートナーシップを積極的に提案していく

―― このたびボーズの新トップになられた栗山さんですが、まずはご自身のご経歴からお聞かせいただけますか。

栗山 私がボーズに入社しましたのは、今から7年前の2001年4月です。入社した当時は、ボーズのプロダクト、特にデジタル系の開発という役割を担っておりました。運良く製品開発プロジェクトが起こり、おかげさまで3〜4年かけてグローバルプロダクトの開発リーダーという立場で製品を出すことができましたが、そこから製品開発やマネジメントに関わることとなったのです。それから3〜4年経った頃、前社長の佐倉からマネジメント部門にという話があり今に至るというところです。

それ以前につきましては、東亜特殊電機(現:TOA株式会社)という業務用音響機器を手掛ける会社に21年勤めておりまして、その間、いわゆるプロフェッショナルオーディオ、あるいはプロサウンドという領域を手掛けておりました。当時はその分野を新規開拓したいということで、スピーカーやアンプなどを開発しておりましたが、私自身はその中のデジタル信号処理を使うプロセッサーや、大きなミキサーなどの開発の長を10年くらいやっておりました。最終的にはそこでプロフェッショナルオーディオ事業の事業部長になり、営業も抱え、エンジニアも抱え、工場の運営もみながらトータル事業をやらせてもらったという経験をしました。

ボーズでマネジメントに加わってからは、管理系の仕事に携わりました。人事関係や、SAPと呼ばれる物流とお金の動きのインフラを構築するシステムの日本導入プロジェクト、それから品質管理などですね。初めて営業・マーケティングに関わった最初の業務が、ボーズのダイレクトストアの展開で、その後は管理する立場でお取引先の営業をするといったビジネスも経験致しました。またこれらに並行して開発はずっと手掛けておりまして、「M3」や「77WER」などを責任者の立場で担当しました。

そしてここ4年ほどは佐倉に教えられて、またボストン本社からの指導も受けながら経営者としての勉強をひたすらにやって参りました。

―― 新トップとなられて、いかがですか。

塩畑 一男氏

栗山 30年間前社長の佐倉がやって来たのは、日本でボーズの名前をゼロからここまでのブランドに築いたということ。私のような技術系の人間に替わって、その重責に自分が耐えられるかどうかという自問自答が大きいです。今現在は、ともかくやってみましょう、といったところでしょうか。社員の皆がボーズのテクノロジーと製品を日本のお客様にお届けするため、一生懸命やれる環境をつくるというのが自分の仕事かと思っております。

―― グローバルな展開をするメーカーは今、地域を大きく分けがちです。日本もアジアのひとつとして認識される傾向にありますが、ボストン本社ではいかがですか。

栗山 私の個人的な感じ方で言うと、組織のまとめ方、数値のくくり方という面ではそういった傾向にあるかと思いますが、それは真のグローバル化の一環かと思います。インフォメーションシステムは地球ひとつ分の規模で動いています。但しメンテナンスをしたり、コンピューターがダウンしたときに走り回ったりするのは、やはり物理的なものに縛られます。そういう観点でみれば、中国とかオーストラリアとか日本、時差が少なくて比較的移動距離が短いところは、まとめて管理した方が経営効率も上がりますから、そういう意味でアジアという括りかたはボーズ社もしております。

一方で、戦略的にこれから中国が伸びる、インドが伸びるということで日本もアジアの括り、といったようなことはボーズの中では感じていません。それぞれの国にはそれぞれの文化があります。グローバルの取り組みも、最後はローカルで考えないとお客様に我々の技術製品が届かない、といったことがあります。そこについては売上げの大小に関係なく、ボーズ社はディスカッションができるいい環境にあると思います。

―― ドクターボーズのお考えが作用してのことですね。単に合理性だけで判断するのではない、人間性のあるやり方だとお見受けします。

また御社はクオリティの高い製品をタイミングよく出され、それぞれがカテゴリーにおいてエポックメイキングとなっています。さらに製品を通じて、ブランドイメージを着実に高められています。

栗山 そういったタイミングのうまさというのは、佐倉前社長の経営手腕のひとつかと思います。我々はグローバルカンパニーとしてボストンを基地に製品を発信するわけですが、そこに佐倉の味付けが入ることで、おっしゃるようないい結果になったのだと思います。

―― ボーズの製品づくりは、たとえば「101」のような小さな筐体であれだけのパワーを出す、これまでの常識を超えるようなことを実現されてきました。

栗山 ボーズ社はスローガンである「ベター・サウンド・スルー・リサーチ」、つまり研究成果を通してものづくりがあるということ、そして「ボーズ・エクスペリエンス」、ボーズの感動をお客様に届けることを第一義としています。すべて研究成果が最初にある、ということですね。市場調査をしてお客様がのぞむものをさぐり、製品企画をして、それを具現化するために研究が必要になるということではないと私は理解しています。最初に研究成果があって、それを使ってお客様に喜びをご提供するためにマーケティングがあったり、製品企画があったり、ということです。

そのかわり、研究成果が陳腐なものであれば、お客様にお届けする製品や技術も陳腐なものになりますし、感動も陳腐になってしまいます。ですから、いかに研究をしっかりやるかということが、我々の魂ではないかと思います。そういう意味で「ボーズ・クオリティ・サウンド」と我々は呼んでいますが、ボーズ社の製品は、どれをとってもボーズのクオリティをもって感動していただけるものになっている、これが我々の背骨になっているのです。

―― 私は昔、ボストンのボーズ社にお邪魔したことがありますが、社員用のカフェテラスが一番景色のいいところにありました。そのときドクター・ボーズは「社員が一番大事だからこそ」とおっしゃっており、エンジニアの人たちが非常に自由に、そして真剣に研究に邁進できる環境を整えておられました。利益はほとんど研究開発費に投じる、ということにも驚かされました。それから短い間に急成長されたと記憶しています。

栗山 創業者のドクター・ボーズは、研究者としても優れていたと思いますが、MIT(マサチューセッツ工科大学)で教育者としても素晴らしいという評価をいただいて、学生にも慕われていたようです。そういう学生たちが、創業者と仕事がしたいという思いでボーズ社に集まってきています。

―― 御社の研究ではいろいろな逸話があると聞いていますが、たとえば「77WER」などではいかがでしたか。

栗山 この前のモデルである「55WER」という製品がありますが、それを超えるものをつくりたいということで、企画したのが77WERです。基礎研究に時間がかかりましたが、55WERの「アコースティック・ウェーブガイド」の進化版として「アドバンスド・ウェーブガイド」という技術を採用したことで低域も伸びて、帯域も広がるという結果を得られました。棒状のかたちの中に3本の共鳴管が入っていますが、いかにこれをきちんと収めるかということと、ドライバーユニットの開発がポイントでした。製品開発というより、このように研究開発に時間をかけたものであり、エンジニアが頑張ってくれた結果です。

製品のリリースまでには時間がかかりますが、我々が製品をどのタイミングで出すかというのは研究の成果が出たときです。つまりボーズクオリティを実現できるまで、妥協をしないからです。

―― またM3というのも驚くべき製品でした。

塩畑 一男氏栗山 M3は日本で企画された製品ですが、その後グローバル製品としてボストン本社がM2という製品を開発しました。この小ささで、十分感動していただける低音を出そうと思うと技術的にはひと工夫もふた工夫も必要ですが、我々はパッシブラジエーターというテクノロジーを導入しました。これには大変苦労致しまして、パッシブということでコイルやマグネットがついていない振動板だけの構造ですから、複雑な振動モードを抑えてきれいな低音をいかに出すか、ということで物理学との戦いでした。

―― また御社の製品は家庭用ということにとどまらず、街中のどこでも目にするという状況になっています。ボーズショップの展開も広がっており、ブランド浸透に大いに貢献していますね。

栗山 当社は会社を大きくしたいがために活動しているのではなく、研究成果をお届けするという行為を第一義と考えていますが、それが受け容れていただいているのだと思います。

我々の製品は、ご説明して体験していただかなくては価値が伝わりにくいと思います。ご販売店様にはそれぞれ事情がおありですが、しかるべき環境の中でボーズ製品をご紹介いただかないと、お客様にはなかなか購入していただけません。店頭展示などに対する我々の提案に、賛成してくださるご販売店様であれば、是非協力させていただきたいと思っています。できるだけ公平に、オープンにご提案させていただきたいと思います。

―― 流通、特に量販店は戦争状態にあって、そんな中では無理難題も出てきます。そこには巻き込まれないように、たとえばメーカーが販売店を選ぶということがあっていいと思います。販売店もメーカーを選び、ユーザーも販売店やメーカーを選びます。「三方よし」ということですね。また御社の製品は都市型というようなイメージだとお見受けしますが、そこに合った店頭展開なども有効ではないかと思います。

栗山 我々は規模を大きくしたいとは思っていませんが、チャンスを増やしたいと思います。ポテンシャルの高いお客様が日本にはたくさんいらっしゃいますから。ボーズのブランドは地方ではなかなか浸透しないところがあります。日本全国津々浦々、一家に一台ボーズ製品があるというような感覚の展開をしていきたいです。結果的にはそれは業績を伸ばすと言うことになるのかもしれません。

―― 2011年で地上デジタル放送に切り替わるとき、テレビで映像も音もコントロールするという時代に入ってくると思います。そこに向かって、音楽配信、動画配信、カラオケのコンテンツなどもキャッチできるようになるでしょう。そうなると、テレビまわりの音というものがより一層重視され、サウンドシステムに対するニーズも高まってくるだろうと考えられます。そういうニーズに向けてまた新たな提案ができると思います。

栗山 日本人はテレビの前にいる時間が長いですから、そこにさまざまなコンテンツが集まれば当然いろいろな要求は出てくると思います。しかしそれは、使いやすくなければなりませんし、そのためにはいくつかのハードルを越えなければならないでしょう。我々も研究を積んでいますし、ある程度のレベルになればご提案させていただくことになると思います。

ボーズのテクノロジーは、ハイファイオーディオやホームシアターのようなご家庭の中で音楽を再現する部分に集中していましたが、研究開発チームが成果をあげてくれ、L1のように楽器の一部として通用するようなものも出せました。ボーズが一度も足を踏み入れたことのなかった新しい市場への参入です。ここもぜひとも推進していきたいと思います。

―― 流通の方々に向けて、ひとこといただけますでしょうか。

栗山 日本のコンシューマーの方々に製品と技術をお届けするのが、我々の目指すところです。我々はダイレクトショップの展開もしておりますが、従来からのオーディオ、ホームシアターの製品については、ダイレクトショップで製品をご体験いただいたお客様がお馴染みのご販売店様でお買い上げいただくような、ふたつのチャネルのコラボレーションもこれから進めていきたいと思います。新しいパートナーシップをもったプログラムをつくりあげ、これからどんどんお見せしていくつもりです。また店頭でボーズ・エクスペリエンスを感じていただけるオートメーション・デモやトレーニングになるツールなども開発していますので、ご期待いただきたいと思います。

―― これからのご活躍が楽しみですね。今後とも大いに期待しております。本日はありがとうございました。

◆PROFILE◆

栗山 譲二 氏 Joji Kuriyama

1955年生まれ、福岡県出身。80年九州芸術工科大学(現九州大学)大学院 情報伝達専攻 修士号取得後、東亜特殊電気(株)(現TOA株式会社)入社。2001年ボーズ(株)に入社、プロ用デジタル機器の開発に従事。05年1月専務取締役に就任。06年4月副社長に就任。08年4月代表取締役に就任、現在に至る。