田場博己氏

エプソン販売(株)
常務取締役コンシューマ事業部長

田場 博己
Hiromi Taba

既存の常識を壊す新商品で映像の楽しみ方を提案
プロジェクター市場拡大目指す

年末商戦目前。ホームシアター関連商品が例年以上の盛り上がりを予感させているが、期待のかかるプロジェクター市場に一石を投じる新商品がエプソンから登場した。映像の楽しみ方をひろげ、新たなユーザー層へのアプローチを図る新商品の販売戦略をはじめとするプロジェクター事業への取り組みについて、エプソン販売・常務取締役の田場氏に伺った。

インタビュアー ● 音元出版社長 和田光征

既存の「常識を壊す」
エプソンの取り組み

―― 御社が今年投入されたプロジェクター新製品がいよいよ店頭に並び、話題となっています。まず、田場さんご自身のプロジェクター事業との関わりについて、経緯をお聞かせください。

田場 当社のバックグラウンドは時計ですから、液晶プロジェクターも時計に使う液晶技術から発展したものだと言えます。液晶の表示も、エンジンも、全てそこから進化したものです。
私が当社に入社したのは1983年でしたが、86年にはプリンターの販売に携わってスペインに赴任しました。そして私がヨーロッパにいる間、89年に初めてのプロジェクターのプロトタイプが作られていましたが、これが当社で初めての映像関連機器となりました。当時はプロジェクターの事業部などなく、特販営業部というところがいろいろなプロトタイプを手掛けており、そこから出てきたわけです。これは当社のプロジェクターの原型であり、VPJ−700という品番でした。持ち運びができるということでしたが、重量は当時当社で手掛けていたラップトップ型パソコンと同じ7・3kgもあったものです。
それについては業務用がメインということを想定し、アメリカやヨーロッパでテストマーケティングを行いましたが、結局販売には至りませんでした。その後94年に作られたのが、ELPー3000という製品です。その頃は私もまだヨーロッパの各所にできていた地域本部のひとつであるオランダにいましたが、「すごい製品ができた」ということで、事業部から製品を見せられました。プロトタイプのVPJ−700とは格段の違いを感じて、大変驚いたものです。
しかし当時はプリンターが当社の中心でしたから、このプロジェクターの価値が社内でも伝わりにくい雰囲気がありました。そこでヨーロッパでその製品が具体的に売れるようにと、私のところで事業計画をまとめたのです。当社の営業マンも私も映像の業界にあまり詳しくはなかったのですが、この製品を通じて勉強し、短期間でキャッチアップしていきました。当社の販売チャネルに製品を見せ、その反応によってあらためて製品のよさが社内にも浸透していったのです。
それまで当社は映像とはほとんど関係のないところにありましたが、ここからビデオプロジェクターの商業化を始めたのです。アメリカのインフォコムがあるということが初めてわかって出展してみたり、欧州のショーに出し始めたりということもあり、しばらくは1−2年SKU位の製品ラインナップということで進んでいくと思っていましたが、4〜5年で事業がふくらみ、据え置き型、モバイル型、DVD一体型など様々なスタイルへその後拡大していったのです。そういうことの一部始終を経験したのが、私とプロジェクターとの関わりですね。

田場博己氏―― プロジェクターを手がけているメーカーはさまざまですが、御社はそういった多数のメーカーにパテントの供給などされていますね。またプロジェクターのホームユース市場を活性化させるということで、さきほどのELP-3000で参入され、EMPーTW10で革命的な低価格を実現しました。そして今回の新商品へとつながっていくわけですが、マーケットを建設的に拡大させようという御社の行動の中に、哲学を感じます。

田場 当社がいちばん当社らしいところとして、歴史的にも既存価値破壊型ということが挙げられると思います。
たとえばプリンターにしても、かつて業界ではプリンターは壊れるものという前提のもと、機器販売の現場はメンテナンスとバンドリングで動いていましたが、そこに当社が壊れないというコンセプトで作った商品を送り込み、爆発的にヒットしたのです。またテキストのプリントが常識だったところに、写真プリントを商品化したということもあります。
業界の常識というものを壊すのが大好きだというところが、当社にはあります。プロジェクターも三管製でエンジニアが張り付いての調整が必要だったものから、今日のように簡単、手軽なものを戦略的に目指しました。エプソンとは、そういうことばかりを追求してきた会社だと言えます。今回のEMP-DM1も軽く、小さく、今までになかったコンセプトを出して、新しい市場をつくるために取り組んだものです。常識を壊す、建設的な破壊活動を当社はずっと続けてきたということですね。

新たな市場をつくる
プロジェクター新商品

―― EMP-DM1につながる流れの発端となったEMP-TWD1には私も大きな衝撃を受けました。しかし、さらにもっと驚いたのは、その後のTWD3、そしてEMP-TWD10、DM1へと進化した時間の短さです。特にDM1は、新しいマーケットをつくる市場創造型の商品として注目しています。

田場 おっしゃるとおり、まさに市場創造ということを意識して活動をしています。その中で、これまでプロジェクターユーザーだった方なら新商品の価値に反応してくださると思いますが、プロジェクターとは全く関係のないところにいた方に対していかに効率よく告知していくかということが、市場の創造を左右していくと考えます。
また、当社のプロジェクターの進化の背景を考えると、薄型テレビが大画面化して、テレビの大画面では出せない価値をプロジェクターで早急に提案する必要があったということが言えると思います。テレビとは違う使われ方、楽しみ方を追求して、なおかつ既存のアプリケーションの領域からさらに踏み込んで、持ち運ぶ、キャンプ場で使うといったことを提案できたのがDM1です。ホームシアターというカテゴリーを超えることを狙った商品です。

―― 今回の新商品、プロジェクターの新しい楽しさを提案するEMP-TW10、EMP-DM1そして本格シアター向のEMP-TW2000販売戦略についてお聞きします。

田場 まず告知ということが一番大きいと考え、今年はテレビCMを展開します。以前EMP-TWD1の時もテレビCMをやりましたが、やはりそのタイミングでぐっと伸びましたので今回も期待しています。
テレビ以外のメディアに対してもいろいろな取り組みを始めており、AV関係のメディアにとどまらず、ライフスタイル系のマガジンでの告知なども進めています。一方で、ソフトのレンタルショップとのタイアップなど、一般のお客様の行動範囲にヒットするよう、いかに広範囲に広げられるかという観点から進めているところです。
また、当社のwebを活用して、ユーザーコミュニケーションツールとしての展開を進めています。特にDM1のような商品は、お客様ご自身の評価ですとか、あるいは体験談のようなことの口コミ効果が大きな影響力をもつと考えています。ブログやSNSのような場をつくって、さまざまな方に自由に使っていただけるよう、準備を進めています。
店頭にもすでに相当数を置かせていただいており、流通さんからも新しい市場が広がるのではと期待していただいています。

―― 市場でも大変期待の大きな新商品ですが、店頭における反応はいかがでしょうか。

田場 店頭にはまだ出たばかりですが、今のところ予想に反してD10の比率が高く、DM1とD10のお客様は半々といったところです。やはりお店に来られる方は、ある程度プロジェクターをご存じという方で、D1やD3と同じ価格で画質の解像度を上げたD10のパフォーマンスに惹かれていらっしゃるようです。それに対してDM1はプロジェクターをご存じないという方がターゲットになりますので、テレビCMの始まる11月以降に認知が広がると期待しています。

田場博己氏あらためて取り組むべき
「2way」の可能性

―― もうひとつの新商品であるEMP-TW2000について伺います。この商品は、通常以外のチャネルでも展開していくのでしょうか。

田場 D10やDM1のような商品は気軽に色々と楽しんでいただくものですが、それに対してTW2000は本格的にホームシアターを展開するためのマニアックな商品ですから、これは専門店やデベロッパーなどを中心に開拓していく予定です。

―― 私は2wayということを提唱していますが、テレビが大型化して、一般のお客様は40インチクラスのテレビ画面でホームシアターができると満足しています。そこにもっと大画面、本格的ホームシアターの魅力を訴求して、テレビとプロジェクターの2wayを推奨する必要があると思います。建築士会のメンバーである設計士さんが抱えるお客様の3割くらいの方がホームシアターを欲しがるそうです。新築マンションのモデルルームでも、そういう問い合わせが増えているそうです。まだまだ2wayの需要はあるはずです。

田場 いくらテレビが大きくなったとはいえ、一般家庭に100インチのテレビというのはなかなか無理があります。そういう意味でも2wayというのは現実味があると思いますね。テレビに対してプロジェクターが不利になるところ、たとえば輝度だったり、無線への対応であったり、そういうところでもっと特徴が出せると思っています。常識を壊す会社として、どんどん挑戦していきますのでご期待ください。

―― 田場さんご自身は、非常に人間好きな方であるとお見受けします。物づくりや戦略についても、人間からモノを考えるという風に拝見しているのですが、ご自身ではどんな哲学をお持ちなのでしょう。また、映像や映画というものについて、どんなお考えをお持ちですか。

田場 私自身は、いつも前向きに考えたいという思いでいます。後ろ向きでいても何もいいことはありません。いろいろな局面でつらさはあっても、これが将来役に立つと考えるようにしよう、と思っています。また当社は常識を破りたがるということを申し上げましたが、手離れのいい商品をつくりたがる、ということも言えると思います。つまりメンテナンスのいらない商品、壊れにくい商品ということですね。そこについては私自身も大きな自信があります。
映画も好きですが、私は特にSF映画が大好きです。画面の動きが速いとか、音がうるさいとかいうものほど好きです。そういう現実離れしたものを、大画面で見るのがいいですね。そういうことでも、やはりプロジェクターで見るのと、テレビで見るのとでは違います。テレビは日常の延長線上にあるものであり、プロジェクターは非日常的なものと言えるでしょう。私自身も、プロジェクターの100インチ画面でSF映画を見ることでいい頭の切り替えになっています。

―― これから年末に向けて、いよいよ商戦がスタートします。あらためて新商品にかける意気込みのほどをお伺いしたいと思います。

田場 今回新しい商品を提案させていただきましたが、プロジェクター市場を広げようという意気込みでやっております。これまでになかった市場をぜひつくっていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

―― 御社、そして田場さんご自身の哲学に触れ、新商品を始めとするプロジェクターにかける思いを伺うことができ、大変期待しております。本日はありがとうございました。

◆PROFILE◆

Hiromi Taba

1953年1月16日、沖縄県生まれ。1976年大阪外国語大学スペイン語学科卒業。1983年11月セイコーエプソン(株)入社。99年11月TP営業推進センター統括部長。01年7月エプソンヨーロッパ副社長(イギリス)。03年12月エプソンシンガポール社長。06年4月エプソン販売(株)取締役。07年7月常務取締役。現在に至る。趣味はゴルフ。