巻頭言

ニューオリンズ

和田光征
WADA KOHSEI

ジャズの都、ニューオリンズへ行ったのはもう20年も前になる。シカゴからニューオリンズへ向かう機内、ニューオリンズの街並みとミシシッピ川の河口をはるか彼方に眺めながら、視線を眼下に落とすと「何だろう。橋かな」と、呟きながら大きな湖に糸のように直線に伸びている一本の線が目に入った。
その頃、フロリダの最南端、マイアミからキーウェスト、いわゆるフロリダキースの橋々と車を背景にルイ・アームストロングが「この素晴らしき世界」を渋く歌い込む印象深いホンダのCMがあったが、何故かそんな風景に憧れていた。
客室乗務員の説明では湖名はポンチャートレーン湖で、ポンチャートレーン湖コーズウェイ橋の全長は約38kmもあり、世界最長の橋とのこと。それも湖を中心で割るような感じで伸びている佇まいに呆然としたのだった。その湖は比較的浅いとの説明もあった。
私たちはニューオリンズに降り立つとレンタカーでさっそくポンチャートレーン湖へ向かった。流石に直線なので、数キロごとに太鼓橋になって変化をつけてある。驚いたことにはちょうど真ん中あたりの太鼓橋の上から360度見渡すと全て、水平線だったことだ。アメリカの巨大さの集約を見た思いで興奮してやまなかった。渡り切るのに約25分もの時間を要していた。
夕暮れ、お決まりのようにフレンチクォーターに行ってジャズの嵐を満喫、マリオットホテルから見降ろすミシシッピ川では外輪船で南部の料理とジャズに浸った。時折、湿気を含んだミシシッピデルタ特有の風が吹いてきて夕闇は静かに過ぎ去って、夜の帳に包まれ、星々と街の灯りがハーモニーを奏でていく。
この素晴らしい、夢のようなニューオリンズが巨大ハリケーン「カトリーヌ」によって壊滅した。ブッシュ大統領は「全く想像もつかない新型爆弾に攻撃された思いだ」と述べていた。それにしても風速65m、日本列島をすっぽり包み込んでしまう巨大さはホテルやビルのガラス、そしてポンチャートレーン湖に架かる橋も吹き飛ばしてしまった。湖の水とミシシッピ川の流れが堤防を決壊してニューオリンズの街へ流れ込み、さらには8mの高潮が襲ったという。何ということだろうか。
驚いたことにあの美しいニューオリンズの街は海抜0mで堤防に囲まれていたのである。危険度3までの強度だったらしいが「カトリーヌ」は限りなく5に近い巨大なハリケーンだったから、ひとたまりもない。多くの犠牲者を出し、その経済損失は11兆円規模。街が元通りになるのに数十年かかるだろうと言われている。連日、テレビのニュースでは水没した街を映し出しているが、既に人々は避難して殆どいないとのこと。早く立ち直って欲しいと祈らずにはいられない。
地球温暖化による異常気象が世界的に大きな災害を引き起こしているが、アメリカは京都議定書に速やかにサインすべきではないか。
そういえばニューオリンズから帰って、ジャズドラマーのジョージ川口さんに報告すると「僕はニューオリンズの名誉市民だよ」と言った。あの世からどんな思いでニューオリンズに思いを馳せているのだろうか。

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