トップインタビュー

ボーズ
代表取締役社長

佐倉住嘉 氏
Sumiyoshi Sakura

 

今、求められるのは
お客様が感動できる
店頭環境作りと語り方



1968年に発表した世界初のダイレクト・リフレクティング・スピーカー901以来、様々な独創的な商品で次々に新たな市場を開拓してきたが、常にその根幹には「一人でも多くの人に感動してもらいたい」という考え方が連綿として流れている。同社のこの考え方は商品だけでなく、ユーザーへのアプローチの仕方にも貫かれている。ボーズ株式会社社長として、同社独自のマーケティング戦略の展開で注目される佐倉住嘉氏に同社の戦略の真髄を聞いた。

インタビュアー ● 音元出版社長 和田光征

音楽は永遠です
ですからそれを聴くための
道具も永遠であるべきです

店頭での環境整備が
ホームシアター拡大の条件消

―― 2004年を振り返りいかがでしたか。

佐倉 昨年の当社の状況は、世の中一般の情勢とそれほど変わりません。前半は大変順調に滑り出しましたが、後半になって少しそのペースがダウンしました。ただこれはひとつの過程であって、景気は常に良くなる、悪くなるといった浮き沈みを波状的に繰り返しながら進んでいきます。全体的には景気は上り調子にあると見ていますので、あまり悲観していません。

―― マクロ的に見るとAVは比較的良い環境にあると思われますが。

佐倉 AVの様々な面でデジタル化が進んでいます。特にDVDレコーダーが著しく伸びています。ソースも増えていますし、デジタル化も進んでいます。ただその中で大きな懸念は、お客様の間でホームシアターが今ひとつ振るっていないことです。ディーラーさんの売場面積もどんどん減っています。これは憂慮すべき事態です。ホームシアターは感性に訴求する商品ですが、今の店頭の環境の中で音を聴いて感動するところにはありません。それが一番大きな問題だと思います。

―― 御社では直営店やストア・イン・ストアなどの展開で、お客様にきちんと聴いていただけるコーナーを作られています。

佐倉 その効果は明らかに実証されています。当社の初の直営店を出した当初は、周辺のディーラーさんにも大変ご心配をおかけしました。しかし実際に蓋を開けてみると、周囲のディーラーさんも売上げを伸ばされていることから、私共のストアが市場の活性化に貢献できたのではと思います。最近はお店の方からコラボでやろうというお話までいただけるようになりました。ボーズショップに来たお客様がそこで感動を得ていただいて、それが需要に繋がる。その時にお店に行って買っていただければ良いわけです。

―― 直営店で商品の魅力をきちんと伝えることによって、地域全体の市場を刺激できたということですね。

佐倉 注目していただきたいのは、その人たちは、普段オーディオやホームシアターにあまり興味がない方だということです。当社が直営店を出している場所はアウトレットモールですから、オーディオを聴くためにそこに来るような人はいません。
でもそういうお客様が家に帰ってからいろいろ考えて、それでは買おうという気持ちになるということは、一般の人たちに対してホームシアターの訴求力があるということです。それをどうやって理解してもらうかが問題です。ホームシアターは自分には分からない、面倒くさいという人が相当多いように思います。だから、あと一押しか、ふた押しなんですよ。

大切なのは集客力と環境整備
そして商品を説明する技量

―― ホームシアターは今まで家庭の中になかった商品です。様々な製品の普及率が高い日本市場で、新たに家庭に導入できる新規アイテムとして期待したい商品ですが。

佐倉 今の日本のコンシューマーにとって欲しいものはありません。必要なものは全て揃っているからです。その意味ではホームシアターは今まで家庭になかった新しい製品ですから、需要は確実にあります。それが思うように伸びない理由はいろいろありますが、その最も大きなものは場所を取るという問題です。
テレビの場合は薄型になったことで、今までの不便を便利に変えました。スペースファクターが良くなり、置き場所も自由になりました。ところがホームシアターの場合は、5本もスピーカーを置かなければならない。テレビが薄く、大きく、しかもスペースをとらなくなったのに対して、ホームシアターを楽しむにはリビングルームを狭めなければならないからです。

―― その問題への解決提案として、御社では3・2・1で業界に先駆けて展開されてきました。

佐倉 マニアでない方々に対してホームシアターを広げていく上で、フロントサラウンドは絶対の回答です。それが大きな流れになって、ステレオを買うように皆さんがホームシアターを買ってくれるようになればいいわけです。
ホームシアターの市場を広げていくためには商品だけでは不十分です。フロントサラウンドでも5・1チャンネルのスピーカーでも結構ですが、売り場できちんと聴けるようにしていただきたいと思います。お店にはそれぞれの事情がおありでしょうから、私がとやかく言うべき筋のものではないと思いますが。私共の展開する「ストア・イン・ストア」、これは百貨店さんなどに場所をお借りして私共のストアを展開するものです。決して広いスペースではありませんが、大変な成績が上がっています。

―― 人の集まるところで、ホームシアターの楽しさを体験できるようにすることが必要だということですね。

佐倉 そうです。まず集客力があるかどうかが一番大きな問題です。それがあれば次に商品の魅力を体験していただける環境を整備して、そしてセールスの技量を高める。集客力と環境、セールスの説明の技量、この3つがあれば絶対に売れます。これはアウトレットモールへの出展などで、われわれがすでに実証しています。

提案方法次第で掘り起こせる
オーディオ需要

―― オーディオが再度見直されてきています。これについてはどのように見られていますか。

佐倉 その理由のひとつに50歳代以上の方々の間で、昔、あこがれたものに対するノスタルジアがあるように思います。今、車でもスポーツカーや高級なものが売れています。そういった方々の需要が、オーディオにも出てきているのではないでしょうか。このリバイバル需要がどこまで続くかはわかりませんが、もしかするとそれが契機になって若い人たちもということがありえます。そういう意味では良いことではないでしょうか。
オーディオ機器では音を求めるのと同じくらいに、持つ喜びや機種を愛でる喜びといった要素が大きいと思います。音は既に相当高い水準まできています。このような音を楽しむ以外の喜びもうまく刺激することができれば、オーディオは様々な年代の方々にもっと楽しんでいただけるのではないでしょうか。

―― オーディオ市況が悪かった理由のひとつにメーカー自身が退いてしまったことがあります。

佐倉 これは私が昔からずっと言ってきていることですが音楽は永遠です。それを身近に聴くための道具も永遠であるべきです。その方法、手段は時代の流れ、変化に従って進化します。映画は見なくてもすみますが、音楽はもっと人間の本性に近いものを刺激するものです。例えば旅行をしていて長い間音楽を聴かないでいると、ある時ふっと良い音楽を聴きたいという強い欲求に駆られます。これは食欲に似たもので、映画を見たいと思う気持ちとは異質のものです。
われわれがアメリカで調査した結果では、ホームシアターを買った人が主として何に使っているかというと、やっぱりオーディオ、音楽を聴く方が多いんですね。パーセンテージは国によって違うと思いますが、日本の場合は圧倒的に音楽を聴くために使われているケースが多いと思います。需要は間違いなくあります。要は提案の仕方次第です。

―― そういった意味では御社のウエストボロウの動きがいいようですね。

佐倉 お蔭様で非常に順調です。とはいってもAMS(アメリカンサウンドシステム)みたいに爆発的に売れるようなものではありません。ウエストボロウはじっくりと長いライフでやっていく商品です。この商品のユーザーの特長は比較的高い年齢層の方が多いので、もう少し若い層に対して同じような商品を提供できるような企画も進めています。遠くない時期にご提案できると思います。

―― 若い人の間でも上質で使い勝手のいい商品が好まれていますね。

佐倉 お客様にとって絶対的な価値観を持たれている商品を半値で売れば、その商品は滅茶苦茶売れます。ところがその価値観の確立していない商品を半値にすると、価値そのものも半減してしまうためにその商品は売れません。
アウトレットモールで売られている商品はほとんどが衣類です。それも確立したブランドのものが多いのです。それを3割引で買う、5割引で買えるということで、お客様が大勢集まるわけです。そこに今の日本のコンシューマーの心理が非常に端的に象徴されています。念のために申し上げますと私共は原則正価販売です。

―― ブランドや商品の価値を高める上で、商品ライフの長さも重要な問題だと思いますが。

佐倉 製品をモデルチェンジする理由は3つあります。古くなるとメディアが取り上げてくれなくなること、自社のセールスがこの商品はもう古いと思ってしまうこと、ディーラーさんのフロアセールスが古いと思ってしまうことです。ところがお客様は全然そう思っていません。私はお客様がその品物を知るまでは、全部新製品だという考え方です。たとえ発売してから5年経った商品でも、その商品を初めてお知りになったお客様にとってそれは新製品です。
たとえば皆さんが良くご存じのテレビショッピングで売っている商品は、決して最新の発売商品ばかりではありません。テレビでそれを初めて知った人にとって、それは今の商品です。それを何も古くなったという必要はないわけですよ。

―― 商品を販売する側が商品のライフを縮めているということですね。

佐倉 新製品を発表して、宣伝やパブリシティーをすることによって、その製品のライフの時計がスタートします。その商品が販売対象としているすべての人たちが知った時に、その商品が年をとったことになります。今、日本でオーディオやホームシアター機器の広告を見る人は、恐らく全人口の5%にも満たないのではないのでしょうか。考え方によってはこの種の製品はそう頻繁にモデルチェンジをしないでも良いはずなんです。もちろん新製品にふさわしい革新的な技術が開発された場合は別としてですが。

商品の価値を創り出す
マーケティングパワー

―― i-Pod用のサウンドドックなど、新しいライフスタイルに対応した商品を展開されています。

佐倉 ソニーさんがウォークマンで音楽に対するライフスタイルを変えたように、i―Podは時代を画す商品だと思います。i―Podが登場する以前にも同じようなシリコンオーディオがありました。それがもうひとつふっ切れなかった時に一気にi―Podが普及したことは私は新しいマーケット、しかも膨大なマーケットが開けたと考えます。
私が常々思うことは、製品は先ほど申し上げたように価値ですが、価値というのはある意味では創りあげるものです。価値を創るのはマーケティング力です。製品とマーケティング力が両輪になって、同じ大きさで回転することによって前進するわけです。それが片方だけではとても前には進めません。
ソニーさんのCDウォークマンはその典型ではないでしょうか。当時CDプレーヤーは10万円しましたが、潜在マーケットの大きさを的確に予測して、その数字に基づく価格設定を行い、一挙に5万円を切る製品を投入した。それによって、一気に巨大な市場を創り出されました。

―― 家電流通業界では激しい競争が続いています。今年は秋葉原にヨドバシさんがオープンしますが、これによってどのような変化が起きると思われますか。

佐倉 先ほど言ったとおり、一番大切なことは集客力です。その意味で秋葉原にとって良かったことは、ヨドバシさんが秋葉原の中に入ってくることです。これによって秋葉原地域への集客が高まるわけです。その機会をどう活用するかは、それぞれのお店の腕です。
環境が変わった時にどう対応するかに対する答えは、自分で見つけるしかありません。環境が変わったにもかかわらず、今までと同じ手法で合わせようとするのは自然の摂理に反します。環境の変化をどうやって自分にとって活用するかは、動物が生存するための基本姿勢です。

―― 今年の市場見通しと御社のテーマを聞かせてください。

佐倉 波状的な動きを繰り返しながら景気全般が良くなることが見込まれる今年は攻めの年です。当社の今年の活動の中で、最大のテーマはわれわれの製品をいかにしてコンシューマーに理解してもらうかです。それを実現するためには、われわれ自身の総合的なマーケティング力を強化していかなければいけません。
今まで当社のセールスはいかにしてお店に商品を買っていただけるかということに努力してきましたが、今後はそれに加えて、エンドユーザーに直接働きかける努力が必要です。こういったことも含めて、マーケティング活動のすべての面での改革をしていきたいと思います。

◆PROFILE◆

Sumiyoshi Sakura

1959年3月東京外語大学スペイン語課卒業。64年7月弱電製品の輸出商社、パン・エレクトロニクス株式会社設立。70年4月韓国の腕時計メーカー、エニカー社と協定、サムソンコーポレーション設立。76年1月マランツ株式会社設立、取締役副社長に就任。77年4月英研株式会社設立、会長に就任。76年8月米国法人ボーズ・アジアリミテッド代表取締役就任。84年5月ボーズ株式会社に改組、代表取締役就任。91年2月米国ボーズコーポレーション副社長就任。