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PRDolby Atmos対応の7.2chエントリー機が刷新

デノン「AVR-X1800H」レビュー。サラウンド不要論を一蹴する説得力が、このAVアンプにはある

公開日 2023/11/22 06:45 大橋伸太郎
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テレビ単体やサウンドバーでは出せない表現力。エントリーの枠を超えた品位がある

最初に視聴したのはケート・ブランシェット主演の『TAR』(2Kブルーレイ/Dolby Atmos)である。この映画には2つの面がある。ひとつは音楽家(指揮者)が主人公であることだ。

チャプター5、チャイムの音に神経をかき乱された主人公が弾くピアノの単音が、マーラー交響曲第五番の冒頭のオケ総奏に変わるカットつなぎは、映画館で観客の度肝を抜いた音響効果。いかに重低音ウーファーを満載していてもテレビ音声のダイナミックレンジと内蔵スピーカーで再現は無理だろう。

AVR-X1800Hの内部構造。機能的には前モデルとほとんど変わらないが、音質面でのブラッシュアップが至る所で施されている

AVR-X1800Hは歪まず、ダイナミックレンジは十分。立ち上がりの遅れがなく切れ味があり、重低音の音圧も不足なく鮮烈な場面転換が楽しめた。エルガーのチェロ協奏曲の演奏シーンに美がないと話にならないが、チェロの質感、帯域ともに十分で映画を弛緩させない。リハーサルシーンのオケの音圧、フィルハーモニーザールの音場感とも十分で音楽映画としての本作を音の品位で支える。

『TAR』にはもう一つの面がある。1960年代に流行した映画ジャンルに「ニューロティックムービー(神経症映画)」がある。俗っぽい内容の作品が多くすぐに衰退したが、現在も作品価値が評価されている映画に、ロマン・ポランスキー監督の『反撥』(カトリーヌ・ドヌーヴ主演)、日本映画では増村保造監督の『音楽』(三島由紀夫原作)がある。性的抑圧を抱えた女性の妄想や精神的自壊を描くことが多く、『ブラック・スワン』(ナタリー・ポートマン主演)は、ニューロティックムービーの現代版。『TAR』もその性格が色濃い。

チャプター14、主人公のリディア・ターが新人チェリストの娘に次第に執着を抱き(ターはレズビアン)、忘れ物をした彼女を追って廃墟に迷い込むと水音や奇怪な跫音が背後を横切る。ターは階段で足を滑らせ顔を負傷する。翌日オーケストラの支配人に怪我の理由を訊ねられ、ターは「男に襲われた」と嘘をつく。この嘘には自己処罰の欲求が滲んでいる。「跫音」の正体は自分自身だったのである。

ニューロティックムービーの性格が最も顕著なシーンだが、テレビ音声やサウンドバーでは効果音が画面に貼り付いてしまい、閉鎖空間の中で何かに追われている恐怖が表現できないが、AVR-X1800Hはオブジェクトのマッピングの再現が正確で、最初は遠巻きにしていた危険がじわじわ距離を縮めてくるのが分かる。

他にもチャイムやメトロノーム、女性の悲鳴など、主人公の心の内圧を高めていく現実とも幻聴ともつかぬノイズが、不意をつくように音場のそこかしこに出現する。DSPの正確な動作の証左だ。『TAR』の精緻なサウンドデザインはステレオ再生やサウンドバーでは表現しきれない。十何chまでいかなくても基本性能が確かなら7.2chで完璧に享受できる。しかもAVR-X1800HはS/Nに優れ弱音の扱いに長け、サスペンスの基本「静寂」を表現できる。これはアンプの地力向上の現れ。

広いダイナミックレンジや量感ある低音に加え、S/Nの高さや弱音の表現力も備え、テレビ内蔵スピーカーやサウンドバーではできない表現を味わえる。アンプの地力の高さがあってこそだ

この日見たもう一つの映画がスピルバーグ版『ウエストサイド・ストーリー』(4Kブルーレイ)。チャプター14「トゥナイト」のシーンは、歌い出しの前スラムの暗騒音(現実音)が遠巻きに再現され、なぜかくも激しく恋が燃え上がるのかを教える。本機ではSEの自然な質感が映画全体の密度と品位を高める。

「トゥナイト」はオケの低弦ピチカートがしなやかに弾み、しかしドロドロした重ったるい音にならず軽快で柔らかい厚みが若い恋の歓喜そのもの。若々しいデュエットが直進的に聴き手に届く。映画で一番重要なのはセリフだが、シャーク団(マリア、兄)のスペイン訛りの英語の口跡が生々しく、スピルバーグが企図した「リアルなウエストサイド」の真意を伝える。AVアンプで過去しばしば音に硬さを感じさせたが、オケに歪みや硬さがないのもデノンの新境地。

音楽ライブを聴いてみよう。『フィールライク・メイキング・ライヴ』(4Kブルーレイ/Dolby Atmos)は、ボブ・ジェームスのピアノが鮮度と鮮鋭感をもって空気を突き刺すように音場にくっきり浮かび上る。AVR-X1800Hは定位の精度が高くしかも楽音に曇りがなくその結果音場が立体的だ。ベースの胴鳴りの量感、ドラムソロのスネアの音圧も原寸大とまではいかないものの不満はなく、音楽再現の品位はエントリークラスの枠内にはない。

AVR-X1800HはHEOSを内蔵し、ネットワークプレーヤーとして家庭の日常の音楽再生の担い手となる。この日はインターネットラジオ機能を使い筆者が毎週担当するFM音楽番組を聴いたが、同席した編集者が、試聴室でいま筆者本人が喋っていると勘違いしたくらい、リアルで歪みのない肉声が再現された。CDステレオ再生は、同価格帯のステレオプリメインと比較した場合、帯域と量感こそ一歩譲るが、映像音響同様にS/Nに優れ歪みのないHi-Fi音質が楽しめる。



大作(AVC-A1H、AVC-X8500HA)発表後ということもあって、一見地味に映るかもしれないデノンの最新作AVサラウンドアンプ「AVR-X1800H」。ベーシックながら、いやベーシックだからこそ、その音の進歩は内側へ向かって濃く深い。


(協力:ディーアンドエムホールディングス)

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