山之内 正が聴いた“iPodデジタル出力”の実力 − USB直結/Wadiaトラポを徹底テスト

2008年08月05日
毎日持ち歩いているわけではないが、長く使い続けているとiPodの音に耳が自然に慣れるようだ。本物のオーディオ機器とは聴く曲も環境も違うから、別の世界と割り切って使うという面もある。レンジ感がほどほどで長く聴いても疲れないiPodのサウンドは、HiFiと呼ぶには抵抗があるものの、ときどき聴くとちょっとした懐かしさを感じることすらある。

●iPodからのデジタル入力対応機器が徐々に増えてきた

iPodに対して抱いていたそんな漠然とした印象が、使い方次第で大きく変わるかもしれない。これまでiPodの音を聴くには本体のヘッドホン端子かドック用コネクターしか選択肢がなく、いずれもアナログ信号で取り出すしか方法がなかった。だが、仮にアナログではなくデジタルのまま音楽信号を取り出すことができれば、外部のD/Aコンバーターを使ってグレードアップが可能になる。このデジタル出力が、最近になって複数のシステムで現実になり始めたのである。

iPodからデジタル出力を取り出す仕組みは少しだけ込み入っている。実は、iPod対応機器すべてがiPodからデジタル信号を取り出せるわけではない。アップル社との間でライセンス契約を結び、デジタル接続を可能にした機器との間でのみ、iPod本体のドック用端子からデジタルデータの伝送が可能になる。実際には、iPod対応機器側から専用コマンドをiPodに送信し、それを受けてiPodがデジタル出力を許可するという仕組みになっている。

●ワディアからiPodトランスポートも登場

デジタル接続を実現した機器として現在日本で入手可能な機種は、パイオニアのAVアンプ(VSA-LX51VSA-1018AHなど)のほか、ワディアから専用のトランスポート、「Wadia 170 iTransport」(関連ニュース)が近々発売される。前者はiPod付属のUSBケーブルでの接続、後者はiTransport本体にドックコネクターが付いているので、そのままiPodを装着すれば良い。なお、デジタル出力を取り出すことができるのは第5世代以降のiPodとiPod nanoに限定されるので注意が必要だ。

iPodのデジタル出力をUSBから入力可能なパイオニア「VSA-LX51」

Wadia「Wadia 170 iTransport」。話題のモデルがいよいよ日本に上陸する

AVアンプにつなぐ方法は手軽でわかりやすい。一方ワディアのiTransportはそこから先にD/Aコンバーターが必要なので、iPodを楽しむための機器構成としては少し複雑になる。iTransportから出力される同軸デジタル出力を外部D/AコンバーターやAVアンプにつなぐ手順が加わるためだが、手持ちの機器が使えるという点では柔軟性が高い。

iTransportはワディアの製品としては低価格なので、お気に入りのD/Aコンバーターを所有しているオーディアファンは試してみる価値がありそうだ。

デジタル出力を取り出すということは、iPod内蔵のD/Aコンバーターとアナログ出力回路をパスすることにほかならず、音のグレードアップを狙う目的はまさにそこにある。iPodのHDDやフラッシュメモリーに記録されている音楽データそのものは、パソコンでCDからリッピングするときに決まるので、そこで非可逆圧縮をかけてしまうとHiFi再生を狙う意味がない。iTunesの環境設定で読み込み(インポート)方法をWAVエンコーダーまたはAppleロスレスエンコーダーに設定し、リニアPCMまたは可逆圧縮でiPodに取り込むことが前提になる。当然ながらデータ量は増えてしまうが、特にHDDタイプのiPod classicなら容量不足に悩まされることはないだろうし、容量の少ないiPod touchを使う場合はロスレスで取り込んでおくと、データ量をほぼ50%効率化できる。

ちなみにiTunesのデフォルトであるAACなど圧縮フォーマットで取り込んだ音源については、iPod内部のD/D変換回路で44.1kHz/16bitに変換されたデジタル信号がドック用端子から出力されるため、リニアPCMやロスレスと同様にデジタル接続で楽しむことができるが、その場合は、いうまでもなくCD同等のクオリティを狙うのは難しい。

●USBダイレクト接続とワディアのトランスポートで音質比較

仕組みの解説はこのぐらいにして、具体的な試聴に移ろう。今回テストソースとして使用したiPod内の楽曲データは、MacBookにインストールしたiTunesを使用し、WAV形式でリッピングしたものだ。まずはVSA-LX51を用意してAVアンプとのデジタル接続を試みる。とはいっても操作は非常に簡単で、iPod付属のUSBケーブルをVSA-LX51前面のUSB端子につなぎ、iPod入力に切り替えるだけ。選曲はAVアンプの本体ディスプレイ、またはアンプにつないだテレビ画面でテキストベースのメニューを見ながら操作できる。今回はiPod touchを使用したが、iPod本体で選曲や音量調整を行うことはできない。

試聴を行う山之内氏。参考のためにアナログ接続のiPodドックやCDプレーヤーの音も聴いた

VSA-LX51に接続した際のOSD。シンプルな構成でわかりやすい。リモコン操作に対する反応も俊敏だ

音質はこれまで聴き慣れてきたiPodのサウンドとはまるで別物、情報量とレンジ感のどちらも一気に広がりを見せ、完全にHiFiの領域のサウンドクオリティを獲得している。ボーカルは聴こえる限界の僅かな息遣いまで生々しく再現するし、アナログ接続のドックではどことなく鼻にかかっていた音色がすっきりと抜けて、前後左右に風通しの良い音に生まれ変わっている。リズム楽器はベース、ドラムスの切れがクリアで鋭くなり、ブラス楽器はベルの厚みが増すようなリアリティが出てくる。ヘッドホンで聴く場合も含めて、iPodからそこまで臨場感のある音はこれまで出ていなかったので、これが同じiPodかと耳を疑うほどだった。

今回は比較のためにパイオニアのCD・SACDプレーヤーの中級モデル「PD-D9」を用意していたので、VSA-LX51に同軸ケーブルでデジタル接続し、同じ音源を今度はCDでも再生してみた。デジタル接続のiPodのサウンドに比べるとベースの輪郭がよりくっきりとして低域の量感と厚みが増し、声やサックスは音の芯が若干太くなる印象があるが、その違いはCDプレーヤー同士を比べたときの差と同程度といっていい。少なくとも携帯音楽プレーヤーとコンポーネントを比較しているとはとても思えない。これが圧縮音源だとさすがにそこまで音質が近付くことはなく、レンジ感や情報量の差が如実に現れる。デジタル接続にこだわるのなら、音源は非圧縮というのが原則だ。


右がWadia「iTransport」。左は参考用に試聴したパイオニアのアナログ接続iPodドック「IDK-01」
次にワディアのiTransportを用意してiPod touchを直接取り付け、iTransportのデジタル出力をVSA-LX51に同軸デジタルケーブルで接続して試聴する。iTransportはD/Aコンバーターは非内蔵だが、クロックのリファインやジッター低減など同社独自の手法でデジタル信号のクオリティを改善を図っている。今回のような接続でも、iPodをAVアンプに直接つなぐ以上の音質改善が期待できる可能性があるというわけだ。

選曲などの基本操作はiPod touchの本体で直接行うことができたが、これはiPodの機種と世代によって異なる。ちなみに、トラック送り/戻しの操作はiTransport付属のリモコンでも操作可能だが、アルバムやアーティストの選択には使えないし、プレイリストも操作できないなど、使い勝手はいまひとつの感があった。

再生音はAVアンプに直接つないだ場合に比べて若干HiFi指向が強まっているものの、基本的な音調は大きく変わっていない。iPodの聴き慣れたサウンドとは別物であることは同じだが、VSA-LX51へのダイレクト接続との顕著な差は認められない。

●iTransportは外部DACとの接続で真価を発揮する

やはりD/Aコンバーターの性能が大きく作用している可能性が高いので、番外編の実験としてアキュフェーズのDP-700を用意し、iTransportから出力したデジタル信号を、DP-700に内蔵のD/Aコンバーターで変換した音も聴いてみることにした。

そこでの変化は予想以上のものがあった。これまで聴き取れなかったディテールが繊細に浮かび上がってくることに加え、楽器や声が重なったときの厚みと瞬発力に大きな違いが実感できる。空間のスケールの大きさや、アタックのインパクトの強さはまさにピュアオーディオの次元に到達していて、小さなiPodで再生しているとはにわかに信じがたいものがある。

DP-700で直接CDを再生したときの音にはまだかなわないが、その差は決定的なものではない。今後のリファイン次第では、ディスクプレーヤーの存在を脅かすこともありうるのではないか。今回のテストを通じて、そんな予感すら感じさせられた。

(山之内 正)

執筆者プロフィール
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。

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