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ツィンマーマン氏インタビュー

ベルリン・フィルがストリーミングへ突き進む理由。10年前に「メディアの中心になる」と確信

公開日 2019/04/10 07:00 Senka21編集部 徳田ゆかり
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収益もクオリティも追求し、成功に導くことがビジネスマンとしての醍醐味


 ーー ツィンマーマンさんご自身は、この仕事にどのような情熱をもって取り組んでおられるのでしょうか。

RZ なぜこの仕事に就いているかというと、もちろん音楽そのものに対する情熱もあります。しかし私はビジネスマンとして、こうしたいいプロジェクトを成功させたいのです。収益面で成功させなくてはならないのはもちろんですし、同時にクオリティも保たなくてはならない。技術も絶えず追求し、新しいメディアと関わってよりいいものをつくる。芸術的にも意味があるものです。こういうすばらしいプロジェクトを成功に導く、その思いが強いモチベーションになるのです。

 ーー ベルリン・フィルといえば超一流の演奏家集団であり、存在するだけで価値のあるものと考えます。しかしビジネスとして、お客様を確保し収益化していくことがやはり重要ですね。すばらしい芸術であり、すばらしい内容でありながら、必ずしも順風満帆ではないのが音楽のコンテンツビジネスをとりまく状況です。

RZ 世の中には今さまざまな音楽配信メディアが存在しますが、おそらく利益を出しているのは我々だけだと思います。我々ベルリン・フィル・メディアは非常に小さい企業ではありますが、自分たちの力で黒字を出しています。私のモチベーションは、そういう会社を黒字経営するところにありますね。

 ーー どうして黒字にできるのでしょうか。

RZ 1つは、ベルリン・フィルの演奏をストリーミングで聴きたいと思ってくださっている方に、直接リーチできていることですね。そしてもう1つは、ベルリン・フィルの演奏にふさわしいクオリティで映像や音声を提供できること。しかもそのようなコンテンツを安く制作できるシステムをもっていることです。

コンテンツ制作で特に重要なのは、ベルリン・フィルの中にスタジオを持っていて、専門のチームが存在していること。システムやマンパワーが非常に効率的に動いているということですね。確立されたシステムの中で時間的にも労力的にもあらゆる意味で無駄なく動けることで、コストも大きく抑えられ、クオリティの高いものが制作できるのです。毎回いろいろな場所で収録をするのは大変な手間ですからね。

 ーー 10年の間で効率的なシステムを確立されたのですね。

RZ 重要なのは、ホールで収録するところから、日本やオーストラリアでストリーミングをデリバーするまで、すべてのプロセスを我々自らで管理しているということです。コンテンツを収録し、編集し、WEBサイトに載せる。WEBサイトもオリジナルのものです。そしてストリーミングの波に乗せてお客様の元まで届ける。それらすべてを自らコントロールできているから何も無駄がない。そういうシステムを最初から確立しているのです。そうでなければ黒字経営は実現できません。

 ーー 一連のシステムを完成させるには相当の設備投資が必要ですよね。

RZ そうですね。このサービスが始まった当初はドイツ銀行がスポンサーになってくださいました。その後はソニー、そして現在はパナソニックとIIJにスポンサーになっていただいています。そうした皆様からの投資があったからこそ可能になったのです。

強いブランドでユーザーを囲い込み、ダイレクトマーケティングが成功をもたらす

 ーー お客様の囲い込みというのはどういうことでしょうか。

RZ DCHをその時点で6年間やってきて、我々は何十万人という規模のお客様を集めることができました。お客様のデータを我々自身が持っていて、直接コンタクトできる。つまりダイレクトマーケティングが可能になったということで、これは非常に重要です。それで、2014年に自主レーベルであるベルリン・フィル・レコーディングスを設立し、自らパッケージ商品をつくって直接販売することにしたのです。既存のメディアが右肩下がりになったことも大きいですね。

テレビや他社レーベルに依存していた時代は、オーケストラが聴衆と直接コンタクトすることはありませんでした。しかしベルリン・フィル・レコーディングスの商品は、ディストリビューションを通さずお客様にお届けできます。インターナショナルでは我々のWEBサイトでの直接販売。ディストリビューションを通す場合とはマージンが違います。そして販促活動も我々が発行するニュースレターで行なっています。日本だけは特殊な市場で、販売元が存在します。

 ーー 日本市場は御社にとってどんな位置付けですか。

RZ 日本が特殊だというのは、まず日本語のブックレットをつけるなど商品をローカライズしていること。そしてほとんどの日本のお客様は我々のWEBサイトに来て買ってくださる市場構造ではなく、レコードショップやネットの通販サイトでご購入されます。だから日本だけはディストリビューションを通しての販売になります。DCHの顧客数で言えば日本は、ドイツ、アメリカに次ぐ規模の市場です。しかしパッケージに関しては世界最大の売上げ。アメリカはストリーミング化が進んでいますが、日本は未だにパッケージを買ってくださる非常に活発な市場です。

 ーー 配信の後にパッケージに着手されたのはなぜでしょうか。

RZ 自主レーベルを設立することになったのは、いわゆる大レーベルが、シューベルトやマーラーやベートーヴェンといった交響曲の録音をほとんどしなくなったから。自らやらざるを得なかったのです。配信が先だったのは、EMIの契約がある時期まであったからですね。契約がもっと早くに切れていたら、その時点からベルリン・フィル・レコーディングスをスタートしていたでしょう。

 ーー やはりパッケージメディアは重要だというお考えなのですね。

RZ 我々は自主レーベルでどのような方策を持っていたかというと、普通のCDを提供するのではなく、この時代にあえて始めるからこそ、物語を語らなくてはいけないということです。CDのパッケージ商品にコンサート映像をつける、あるいはハイレゾ音声をつける、情報量の豊富なブックレットをつける、パッケージのデザインに凝るというようなことも含め、たくさんのメッセージ、物語を語ることを狙った結果今のような商品になったのです。

単に音楽だけを聴きたいならば、Spotifyを利用されればいいのです。それ以外に、パッケージそのものを楽しむ、作品が書かれた背景を知る、録音時の様子を知るというような、いろいろなことを楽しんでくださる方がいるとすれば、我々はご希望に応えることができます。

 ーー ベルリン・フィルハーモニー・オーケストラが強いブランドとして確立されているのですね。いろいろな角度からのブランドビジネスが推進されている。特にダイレクトマーケティングの展開が興味深いと思います。

RZ 我々が活動してきた10年間で価値あることは、DCHを通して全体で100万人ほどのご登録者を得たこと。それに対して直接アプローチできること。非常に大きな価値です。たとえばレーベルを通してのお客様はおそらく10万人ほどでしょう。我々はその10倍の数のお客様にリーチできているのです。ブランドがあるからこそできることですね。長年の年月を通して培ってきたブランドを活かして、現代のビジネスに展開しているのです。

 ーー たくさんの貴重な話をお聞かせいただき、有難うございました。

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