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季刊analog&Phile-web 特別インタビュー

坂本龍一氏に訊く、これからの音楽のかたちと価値とは

Phile-web編集部:小澤麻実
2009年09月01日
インターネットの普及、iPodなどデジタルミュージックプレーヤーの登場にともなって、「音楽配信」はますます大きな存在になってきている。これまでは“欲しいときにすぐ手に入れられる”というような利便性のみが注目され、クオリティは二の次という感が強かったが、「KRYPTON HQM Store」や「e-onkyo music store」など、CD以上のクオリティを持つデータを配信するサービスが登場し、そのイメージも覆された。

レコード、CD、そしてデータ……メディアの変化にともない、そのかたちだけではなく、「音楽の持つ価値」も変わってきているのではないか。

アルバムに“データ版”を用意したり、ライブを24時間以内にiTunesで配信するなど、意欲的な試みを行っている坂本龍一氏。音楽コンテンツの作り手として、そしていちリスナーとしての坂本氏の考えをうかがった。



■今後の主流は音楽配信になっていく


「音楽配信という形態は今後も普及こそすれ、少なくなることはないと思います。今後は主流は音楽配信で、CDやレコードはコレクターズアイテムみたいな位置付けになっていくんじゃないでしょうか」と語る坂本氏。

「レコードからCDに主流が移り変わったとき、レコードは趣味的なものとして残りました。今度はCDのシェアがシュリンクして配信が主流になってきている。配信が主流になっても、CDもレコードも完全にはなくならないでしょう。携帯電話だけで聴く人もいればPCを使って聴く人もいる、レコードやCDを変わらず愛する人もいる…というように、チャネルの多様化が起こっていると感じています」。

ー3月に発売された、坂本氏5年振りとなるアルバム「out of noise」は、アナログレコード(2枚組)、CD(パッケージレス/フルアートワークパッケージ)、ダウンロード(48kHz/24bitのAIFFファイル、320kbpsのMP3)という五つの形態でリリースされた。これは前述のように多様化するチャネルに合わせた結果だという。

「僕自身も住み分けをしているんですよ。とりあえず気になるものは配信で聴いて、いいなと思ったものはCDで買う。そしてすごく愛着のあるものは、レコードで買いたいなと思う。それは、レコードは手でさわれる『モノ』としての愛着とか、ジャケットに描かれたアートワークの価値が大きいから。オーディオ的にも、アナログですから論理的にはリミットレスの情報を記録できるわけでしょう。メディアとしての可能性という点でも面白いですよね。CDは、モノとしての魅力はレコードより少ないけれど、コンパクトだから置いておきやすいとか、CD時代になってからの音源しかないとかの理由で少しは残っていくのかなと」。


■作り手の思いは「なるべくいい音で聴いて欲しい」


ー「out of noise」の配信版には、“320kbpsのMP3”に加え、より高音質な“48kHz/24bitのAIFFファイル”が用意されている。これは作り手としての「なるべくいい音で聴いて欲しい」という思いが根底にあるという。

「この間のツアー公演(※)を配信したものは、いろいろな都合があってMP3の128kbpsだったのですが、音質的には非常に不満でね。でもMP3でも320kbpsくらいであれば、ほとんどの人が劣化を感じずに聴けると思います。生で鳴っている音って、データにしようと思ったらきっと相当な重さになりますね。でも作り手としてはやっぱり、ライブの音になるべく近いものを聴いてもらいたいんです」。

「圧縮コーデックはMP3以外にもどんどん改善されていくでしょうね。そもそもMP3も、インターネット初期になるべく軽く情報を詰め込めるという、飽くまで過渡的なものだと思うので」。

(※註)3月18日から4月29日まで開催されたツアー「Ryuichi Sakamoto Playing the Piano 2009」で、全24公演を終演後最短24時間でiTunes Storeにて配信するという試みを行った。


ーただ一方で、音楽の価値は高音質だけにあるのではないとも語る。

「武満徹さんの話ですけど、戦争中に空襲に遭って防空壕に逃げ込んだら、居合わせた将校が、蓄音機でシャンソンをかけた。もちろんノイズがいっぱいだったんだろうけれど、その時もの凄く感動して、彼のその後の音楽活動の原点の一つになったんだそうです。だから、“音のS/N”と“音楽のS/N”って全然違うんです。MP3の128kbpsでギザギザの音でも、心を大きく揺さぶることはできる。必ずしも『高音質=音楽性が高い』というわけではないんですね」。


■デジタル音楽時代になって考えさせられた「音楽の価値」
ー いま音楽は、再び「ライブ」へ


「従来の音楽ビジネスは世界的に下降線を辿っていますが、音楽の消費や需要は増えています。けれど、音楽はどんどんタダ化が進んで、プライスがゼロに近づいてきています」。

「メディアという点から見ても、この100年くらいでコンテンツはどんどんゼロに近づいているんです。例えば『第九』。最初のSPは10数枚組くらいかな、もっとかな。ところがCDだと1枚に収められる。それで今度は音楽配信になると、メディアレスのデータのみになる。どんどん小さくなって、見えなくなる」。

「それで、10数枚組のレコードとデータを比べて『第九の本当の値段って、いくらなの?』って言ったとき、誰も答えられないでしょう? つまり、これまで音楽を買っているつもりで払っていた値段が、実は製造や運搬というパッケージのコストだったことが、インターネットの登場で露わになったんですね」。

− メディアのかたちが小さくなっていくについて、リスナーにとっての音楽の価値や存在感も小さくなってしまっているのではないでしょうか、と問いかけると、坂本氏は「そういう面もあるかも知れません」とうなずく。

「聞いた話なんですが、今の若い子は携帯電話で音楽を聴くけれど、機種を変更するときに、それまでダウンロードした音楽を一緒に捨ててしまうそうですね。機種間でデータを移行できないということもあるのでしょうが、捨ててしまってそれを顧みないのが習慣になってしまっているのかも知れません。作る側もそういう風潮に合わせるから、どんどん安っぽい音楽が増えていく傾向もありますしね」。

「けれど、もともと音楽って何万年もの間、かたちのない『ライブ』だったんです。メディアを再生して音楽を聴くというスタイルは、レコード誕生以後の約100年くらいの歴史しかないんですね。メディアがなく録音もできない時代、音楽は100%ライブだった。音楽が目に見えない、触れられないデータ化されたものになっている今、もう一度音楽のおおもとのかたち − ライブへの欲求が強くなっている。これはすごく面白いことだなと思っています。なにか必然的な理由があるような気がしてね」。

「たとえばいま携帯電話で音楽を聴いている子供たちにも、もっと生を聴く機会ができればいいと思います。シャカシャカした携帯電話の音楽と、ライブで聴く生音は全く別のものだって、1回聴けば分かりますよ。録音した音楽は、どうやっても生を超えることはできない。だから、生の音楽に接する機会を、多く持ってもらいたいと思います」。


なおインタビューではこのほかにも、坂本氏のアナログレコードに対する思いや、初めて買ったレコードなど思い入れのあるタイトルについても窺うことができた。こちらの内容については、9月15日発売の「季刊analog vol.25」に掲載している。ぜひご覧頂きたい。


(Phile-web編集部:小澤麻実)