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室内楽からオペラのアリアまで、クラシック音楽評論家が聴く

STAX「SRS-X1000」速報レビュー。一本筋の通った“気骨ある”STAXサウンド

公開日 2024/04/11 09:06 澤谷夏樹
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静電型ヘッドホンとして名を馳せるSTAX(スタックス)より、エントリーシリーズ「SRS-X1000」が発表された。2月の「ヘッドフォン祭mini」にて先行お披露目され、すでに今年の注目ヘッドホンとして期待も高い。そのサウンドを、STAXユーザーでもあるクラシック音楽評論家の澤谷夏樹氏に速報レポートしてもらった。

STAXの静電型イヤースピーカーセット「SRS-X1000」(価格:121,000円/税込)。イヤースピーカー単体「SR-X1」では66,000円(税込)

最初期のデザインを継ぐ円形の発音ユニットを採用



度肝を抜かれた。大袈裟に驚くことはあまりないのだが、STAXの「イヤースピーカー」との出会いは、その数少ない1回となった。20数年前、仕事に使えそうなヘッドホンを探していたところ、STAX製品を紹介する記事に辿り着いた。

虫籠のような物で頭を挟み、箱の前に鎮座する男性の写真。その見た目に衝撃を受ける。ただ、学業を終えて音楽批評を始めたばかりの頃、それを買い揃えるだけの資本がない。衝撃は胸の奥にしまっておくことにした。

再会は3年前。友人がSTAXの製品をSNSで紹介していた。それに思い出の引き出しをこじ開けられ、気がつくと虫籠(イヤースピーカー)と箱(ドライバー・ユニット)を手にしていた。そしてまた、度肝を抜かれる。何から何まで聴こえるような音質。すっかり気に入って、今度こそ仕事で活用するようになった。

STAXは「静電型イヤースピーカー」の開発・販売をする、老舗の音響機器メーカーだ。「静電型イヤースピーカー」とは、ごく軽い膜を静電気で振動させる仕組みのヘッドフォンを指す。同社独自のネーミングに開発者の矜持が光る。

そんなSTAXが、新しくエントリー機を売り出すという。その名も「SRS-X1000」。これはイヤースピーカー「SR-X1」とドライバー・ユニット「SRM-270S」のセット名称だ。

「SR-X1」の見た目にさほど驚きはない。というのも「虫籠」型でなく、円形の発音ユニットを採用しているから。このかたち自体は、最初期の製品「SR-1」や「SR-X」の系譜を引いている。新開発の円形ユニットは、パーツ間の継ぎ目を極力、減らすことで、正確な音を実現しているという。リケーブル構造は、機器を頻繁に、そして長く使う向きにはうれしい機構だろう。

新規開発の円形ドライバーユニットを搭載する

「SRM-270S」のほうはすこぶるコンパクトで、3枚重ねたCDケースをひとまわり大きくした程度。移動も容易い。アンプの前段・後段には、最新の設計ノウハウを凝縮させているそうだ。

STAXヘッドホン専用のドライバーユニット「SRM-270S」。筐体はアルミで、専用端子とオンオフとボリュームを兼ねたつまみというシンプルな構成

入出力端子はRCAのみ。出力端子も搭載しておりスピーカー再生との両立も可能

つまり、イヤースピーカーもドライバー・ユニットも新開発の製品。ユーザーにとってもメーカーにとっても「STAX、はじめのいっぽ」となるセットと言える。

「SRS-X1000」に同梱される専用ケーブル。2.5mと長めで、柔らかく取り回しもしやすい

音響空間の取り方が自然でアンサンブルの一体感も見事



さて、この「SRS-X1000」を試聴してみた。当方はふだんクラシック音楽の批評をしているので、その分野のCDを6枚、用意した。CDプレーヤーはアキュフェーズの「DP-450」。

まず感じるのは、イヤースピーカーの付け心地の軽さ。側頭の挟み込みがソフトで、耳あたりも優しい。円形でも耳全体を包み込む感触は失われていない。サイズ調節部の駆動は固めだが、不意に動かない安心感がある。

フレームは金属で軽量化も実現。頭のサイズに合わせて微調整も可能

最初に聴くのは、東京楽所が演奏する武満 徹の雅楽〈秋庭歌一具〉。冒頭、三方から聴こえる木鉦(木塊を撥で打って音を出す楽器)が、思ったより柔らかく響く。各楽器が合流していくと、それとともに音楽世界が広がっていく。笛の音は息と楽音とのバランスが良く、音割れしない。ひとつひとつの音を、全体の響きのなかに“まあるく”収めていっているかのようだ。

続いて、ヤコプス指揮のRIAS室内合唱団とベルリン古楽アカデミーによる、バッハの〈ヨハネ受難曲〉をかける。冒頭合唱のハーモニー進行は、強烈な不協和音を含むが、その棘が抜けている。棘よりも、雰囲気のなめらかな変化のほうを重視しているのかもしれない。実空間を無理やり広げる感じはなく、録音会場の空間性がそのまま表現される。

もしかして少しソフトフォーカスなのでは、と感じたので、実際のところをガイヤールによるバッハの〈無伴奏チェロ組曲〉で確かめてみる。すると、母音(音の余韻成分)の変化は相変わらず“柳腰”ながら、子音(音の出端の雑音成分。音楽にとって不可欠の要素)の表現は精細で、多彩な「おしゃべり」が演奏から聴こえてくる。シュトゥッツマン(コントラルト)の歌うヘンデルの「オペラ・アリア集」でも、音域による声色の変化はやはりマイルドだが、口跡は生き生きとしている。

どうも「SRS-X1000」は、子音については克明に描き、母音については均してまとまりをよくする、という設計思想で成り立っているようだ。ソフロニツキー(ピアノ)とイストミン(チェロ)の「ショパン チェロ作品全集」の再生では、その特性がうまく働いた。ピアノの粒立ちを際立たせる一方、アンサンブルの一体感はよく保つ。室内楽が自然に響くのは、音響空間の取り方に無理がないから。

最後に聴いた、ロト指揮のレ・シエクルによるムソルグスキー/ラヴェルの〈展覧会の絵〉も楽しい。金管のクリームのようななめらかさ、弦楽の上布のような手触り、木管のマーブル模様のような混ざり具合が、感触としてしっかりと区別できる。

「SRS-X1000」はエントリー機ながら、どのように音楽を聴かせるか、という点に一本筋の通った“思想”を感じさせる。オーディオに関してはまだ玄関口にいるが、音楽に関しては一家言ある。「SRS-X1000」はそんな向きには最適の、気骨ある相棒となろう。

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