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折原一也の3D最前線レポート

【CES】北米パナソニック山田CEOに聞く、3D普及へのシナリオ

公開日 2010/01/10 21:24 折原一也
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2010 International CESの会場は見渡す限り「3D」に埋め尽くされた。製品の進化に若干の閉塞感が感じられた2009年の薄型テレビから一変して、次世代トレンドとして急浮上してきた「3D」という新たなフロンティアに、オーディオビジュアル業界が一挙に飛びついた格好だ。

CES会場は3D関連の展示で埋め尽くされた

しかし、本当に3Dは普及するのか、というシンプルな疑問に対する答えはどうだろうか。3Dへの準備期間と位置づけられる2009年の一年間を通して、今回のCESの熱気が嘘のように思えるほど、3D本格普及に対する反応は冷ややかなものだったように思える。

筆者自身の考えとしては、3Dコンテンツに魅力を感じ、将来性にも期待しているが、一般家庭に広く普及するかどうかということについては、まだ疑問を持っている。

「3D」と聞いて一般の人が思い起こすであろう、赤青フィルムのメガネやテーマパークの3D映像といった、これまでの3Dの、クオリティがあまり良くないというイメージを払拭するため、CESでは各社がこぞって「今度の3Dの良さは体験しなくては分からない」と、映画のみならずスポーツ、ゲーム、自然番組といった様々なコンテンツを用意し、体験の場を提供していた。

しかし、エンドユーザーにあまねく魅力を伝えきれるか、あるいは魅力が伝わった上で、果たして実際に製品を購入する際の決め手となるかどうかということについては、未知数の部分が大きい。AVに詳しい知人に聞いても、仮に3Dテレビが発売されても、そもそもBDパッケージ頼みではコンテンツがあまりに少ないだろう、という声が多い。

3D普及のハードルをどのようにクリアしていくのか。CES会場にて行ったパナソニック・コーポレーション・オブ・ノース・アメリカCEOの山田喜彦氏への取材の成果を紹介したい。なお、ここで取り上げている内容はすべて北米市場を前提としている事を先に断っておく。

パナソニック・コーポレーション・オブ・ノース・アメリカCEOの山田喜彦氏

■3D立ち上げのために規格・カメラまでトータルで作り上げたパナソニック

3Dはテレビにどの程度の付加価値を与えてくれるのだろうか。山田氏の3Dに対する期待は非常に高い。

「テレビは白黒から始まってカラーになった。これは間違いなく大きな変化だった。そして、CRTからフラットパネルになったのは5,6年前の話で、これによってテレビを壁にも設置できるようになった、画質も良くなった。これらはエポックメイキングと言える変化だった。今度の3Dもこれと同じか、もっとインパクトがあるかもしれない」。

プレスカンファレンスで説明されたパナソニックのフルHD 3Dソリューション

しかし、インパクトがあるから、イコールすぐに普及するというものではないというのは、冒頭で述べた筆者の疑問の通りだ。

「我々もHDの経験から勉強している。HDテレビを1998年に北米で最初に出したのはパナソニックだったが、その時はHD放送も行われておらず、実際にHDテレビが売れ出すまで非常に時間がかかった。放送局にしてもHDと言い出したのは90年代初めからだが、HDが実際に立ち上がってきたのはここ5、6年。実に長い時間をかけてテイクオフしたのがHDだ」。

山田氏がHD立ち上げの苦労から学んだこととは、規格化、そしてハリウッドコンテンツ側もカバーする戦略だ。

「昨年のCES時点で、2010年に3D対応機器を商品化すると宣言した。そのためには業界のスタンダードを作る必要がある。だから、ハリウッドの他の人たちにBDの規格を作るという話をして、頑張って規格化にこぎ着けた」。

「パナソニックは、ハリウッドにラボ(PHL研究所)を持っていることが強みだ。コンテンツのオーサリングを最もしっかりやっているAVメーカーはパナソニックで、しかも3Dまでカバーしているのはパナソニックだけ。こういったことを行っているのは、HD普及についての、過去の反省があるからだ。かつては、我々はハードのことしか考えていなかった」。

「今回やろうとしたのは、ソリューションの『エンド・トゥー・エンド』の最後のエンドまでカバーしようと言うこと。中でも、すべての元となるコンテンツを重視している。パナソニックはだからこそ、一生懸命になってハリウッドのメジャースタジオ、ディズニーなどと一緒になって規格化を進めた。ハリウッドはパッケージを売るビジネスモデルを確立しているので、規格を作ればあとは立ち上がる」。


パナソニックの取り組みは規格化だけにとどまらない。パッケージの規格を作っても、そもそも、その元となる映像の絶対数を増やさない事にはコンテンツが増えることはない。

「当初のHDカメラは高かったが、今の3Dを作る機器はもっと高い。現状では2Dのカメラを使って作っているし、数が出ないから高くなる。この問題に対する我々の回答は、今回のCESで発表した2眼3Dカメラ。2万ドルを少し超える程度と、随分安い。実は9月の発売に先駆けて、4月からサンプルを配りはじめる。これは過去の経験から、やっぱり重要なのはコンテンツと考えているから。また、これは少し先になるが、ライブイベントをサポートするミキサーなども出していく」。


パナソニックが発表した、一体型二眼式フルHD 3Dカメラレコーダー

パナソニックはDIRECTVとの提携を発表。会場でもスポーツの3D映像をデモしていた
最終的にテレビを販売するために、パッケージの規格を作り、さらにその為のコンテンツを制作するためのカメラまで自社で開発し、提供していく。3Dに関してパナソニックがリーダーシップを強く発揮していると言われる理由は、こうしたインフラ作りを徹底していることにある。

●DIRECTV視聴者1000万世帯に向けて3Dテレビを売り込む

次なる課題は、どうやってユーザーに3Dテレビの魅力を伝えるか、ということ。キーワードはやはり「体験」だ。

「3Dそのものはテクノロジーとして昔からあったが、我々がこれから普及を目指す3Dは、その頃のものとは全然違う。これを理解してもらうために、まず一つは映画館で体験して頂くことを重視している。だから、巨大トレーラーで3Dを体験できるトラックを3台用意し、全米、カナダまで巡回して見ていただく、というプロモーションを行った。これまで、10万人以上の人に見ていただいた」。

だが、3Dテレビの映像を体験しても、ハードとソフトの同時立ち上げにはつきものの、コンテンツ不足という問題はつきまとう。実際の購入までのハードルはまだ高い。そこで目を付けたのが、放送を使ったすぐに楽しめる3Dというアプローチだ。

「トレーラーで3Dを紹介したところ、映画の他にコンテンツはあるか、という疑問の声が上がってきた。我々はテレビもカメラも用意する。BDについてもシナリオは出来ている。だが、パッケージソフト以外の3Dコンテンツをどうやってリビングに配信するか、という課題があった。そこで決めたのが、DIRECTVとの協業だ」。

「米国では地上波はマイノリティーで、CATVが60%のシェアを持っているが、全国をカバーしてないし、CATV事業者のサーバーも変えないといけない。加えて、CATVのSTBもアナログ方式のものが多い。それに対して衛星放送のDIRECTVは、アメリカ全体、約1億世帯のうち1,800万世帯の視聴者を抱えており、そのうち1,000万世帯強がHDに対応したSTBを所有している。HD対応のものなら、STBを交換せずとも、3D放送を受信できる。そうなると、少なくとも1,000万以上の世帯は、すでにパナソニックの3Dテレビを買えば3D映像が視聴できる“READY to GO”の状態にある。これが、我々がDIRECTVとの協業を決めた背景だ」。

「DIRECTVでは、3Dチャンネルを6月から3つ、24時間体制でスタートさせる。一つは無料のチャンネル、1,000万世帯が3Dテレビを用意するだけで3Dを受信できるようになる。2つ目はPPV(ペイパービュー)のプレミアムチャンネル。3つ目はVOD(ビデオンデマンド)のチャンネルを展開する」。


●DIRECTVとの提携によりコンテンツ業界の3D対応が加速

3Dテレビを普及させる上で、BD以上のインパクトを持つDIRECTVとの協業だが、規格としてオープン化されている以上、もちろん他社の3Dテレビでも、DIRECTVの3Dチャンネルの視聴は可能だ。パナソニックだけが享受するメリットとは何だろうか。

「パナソニックにとっては、DIRECTVの1,000万世帯に対して宣伝をできることになる。これはものすごく効率が良い。また、電気店ではテレビのほか、DIRECTVのSTBも販売している。今回は独占協業をしているので、当然ながら展示にもパナソニックのVIERAが使われる。これによって存在感を大きく高められる」。

CESの開催と前後し、パナソニック以外ではソニーによるESPN(スポーツチャンネル)、ディスカバリーチャンネルとの提携も発表されたが、重要なのはその配信手段を押さえる事にあるという。

「繰り返しになるが、重要なのは、リビングとコンテンツの間の『配信』だ。EPSN、ディスカバリーチャンネルはコンテンツメーカーであって、配信を手がけているわけではない。コンテンツを作ったら、次はそのディストリビューションが大事。DIRECTVなら、すべてのチャンネルとの付き合いがある。コンテンツを作っているところと一つ一つ提携するよりも、そのパイプとなるところと協業する方が効率が良い。例えば、スポーツと言ってもサッカーやホッケー、フットボール、ボクシングなど様々だ。音楽も様々なミュージシャンがいろんな所でライブをしているが、DIRECTVならそのすべてを追いかけている」。

日本で地上波しか視聴していない人にはピンと来ないかもしれないが、CATVや衛星放送は、番組を作るコンテンツ事業者と、実際に番組を編成して電波を飛ばす放送事業者は別モノだ。ソニーが提携したのはコンテンツ事業者、パナソニックが提携したのは放送事業者ということになる。放送事業者に3D専用チャンネルを作れば、放送事業者自身の働きかけによって、様々なコンテンツメーカーがそれに向けて3D番組を作る体制を整えるというシナリオをパナソニックは描いているわけだ。その流れは既に始まっていると山田氏は言う。

「3Dに関する動きは、ここ数ヶ月で急激に加速している。一つの要素は映画『アバター』。あそこまでヒットするとは誰も思ってなかった。それから、DIRECTVとの提携を公式に発表したのはCESの開催に合わせてだったが、サインしたその週の終わり頃から、コンテンツ事業者を通じて、話は業界内に漏れていた。それ以降、コンテンツ業界の3Dに関する動きが、表に出ない所で加速している。CESに先駆けたいくつかの発表なども、もとはDIRECTVとの協業がきっかけになっている。実際、今回のCESショーを見たら、もはや業界は3D一色。放送機器についても、4月のNABで火が付く事になるだろう」。


『アバター』は1月5日時点で、史上最速となる17日間で10億ドルの大ヒットを記録した
Blu-ray 3Dソフトの見通しについては「今年の終わりくらいには100タイトルくらいにはなるだろう」とのこと。もっとも、放送という、3D全体にとって非常に強力な推進力を得た今、タイトル数の限られるBDソフトよりも、放送と3Dカメラによる新規コンテンツ制作の方にウェイトを置いているようだ。

パナソニックの取り組みの全貌を眺めてみると、山田氏の「潰せる所はすべて潰せた」という言葉の重さが理解できる。テレビセットのメーカーというイメージが強い同社だが、パッケージの流通に必要な規格策定、そしてコンテンツ制作に必要なカメラ、さらにはディストリビューションとしての放送と、あらゆる面で手は打ったという印象だ。

山田氏はHD放送の立ち上げを例に取りながら3Dの推進を解説していたが、直近の例ではパナソニックがPHLなどを通して行った、BD規格化での際の振る舞いにも通じる点がある(実際に規格策定に関わった方々は共通している)。

文字通りハード、ソフトの同時立ち上げを強いられたBDと比べると、3Dはまず売らなければならないのがテレビだけであること、放送(あくまでも有料放送ではあるが、そもそも米国は有料放送に対する敷居が低い)についてもスピーディーに展開が行われていることなど、普及に向けた関連要素は整備が整いつつあると言えるだろう。

3D対応テレビは、日本市場においても2010年の早いうちに発売されるだろう。3DのコンテンツがBDのみというあまりに高いハードルからスタートする事がないよう、国内においてもメーカー各社の3D普及に対する積極的な施策を期待したい。

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