(社)日本オーディオ協会
会長

鹿井 信雄
Nobuo Kanoi

様々な音の楽しみ方があるコンシューマーのために
協会も変化していきます

iPodに代表されるデジタルオーディオプレーヤーが市場を席巻する昨今、オーディオ業界はあらゆる意味で転機を迎えている。そんな中、従来の価値観とは異なる新たな音の楽しみ方を受け入れるとともに、従来からの楽しみ方であった「いい音」体験の場をコンシューマーに提供することは、業界全体の急務である。その一翼を担う重要な存在であるオーディオ協会に、今求められるものは何か。会長である鹿井信雄氏にお話を伺った。 リスニングルームからリビングルームへ、日本のリビング環境にマッチする新しいオーディオを積極的に展開するソニー。団塊世代のオーディオ回帰、さらにデジタルオーディオプレーヤーの普及拡大を背景に若い世代に音楽体験を通じてオーディオの楽しみを訴求していくなど、オーディオの新時代をリードする。これからのオーディオビジネスをいかに拡大していくのか。ホームオーディオ事業部事業部長に就任された鹿井信雄氏に聞いた。

インタビュアー ● 音元出版社長 和田光征

―― 7月5日に、2006年度のA&Vフェスタの発表会が行われました。今オーディオ協会は、ある意味で転機を迎えていると考えます。まずその辺りからお話を伺いたいと思います。

鹿井 今一番重要な問題は、音のコンテンツをユーザーに届ける技術トレンドが大きく変わってきているということだと思います。,97年にインターネット時代が始まって7〜8年が経過し、音楽を配信するiTunes、iPodが登場して大きくユーザーを伸ばしています。こういう新しい帯域圧縮型音源に関して、昔からのオーディオファンの方々は本質的に反対の意見を持っています。しかし、反対だと言って放っておいたらどうなってしまうのか。そこを真剣に捉えて普及化を図らなければなりません。

昔はLPにしろCDにしろ、音源は標準パッケージ化され、それぞれのレベルの音質を保っていました。そしてそれ以上の音を引き出せるかどうかというのが課題であり、これがオーディオファンのあり様でした。ところが今やデジタル配信の音源ではそういうレベルではなくて、音のコーデックのビット数をどんどん下げて、誰の声なのか、何の楽器なのかもわからないような音質までユーザーのセッティングで容易に圧縮加工されてしまう。そういう時代では、コンシューマーの方が加工する判断基準を持っていなければならないわけです。ところがそこを、商品の供給側からは十分に啓蒙・教育できていません。

こういう時代にあっては、公益的事業である「協会」に求められるものが大きく変わってきます。要するに、音源として音質的に色々なものに加工できるという状況の中から、お客様が音質を選ぶか、曲数か、自分の好みに合わせ欲しいレベルのものを選んでいってくださるようであってほしいと思うのです。そういう中にあって、果たして協会として何をしていかなくてはならないかということが、大きな課題なのです。  

デジタルオーディオプレーヤーのような新トレンド商品が出てくると、まず若い人達のトレンドセッターを中心にそれを使い始めてきて、そこから大勢の人に広がっていきます。しかしそこで牽引役になるべき人たちこそ、音質を語れるレベルに成長していない。ここを教育・啓蒙していかないとならないわけです。  

若い人にとって、オーディオとは何でしょう。いわゆる昔からのオーディオファンが描くオーディオというのは、パッケージ・ソフトがあって、ボックスがあって、スピーカーがつながっているというハードウェアのことでした。また、ある程度以上の音質レベルでないとオーディオとは呼べない、と言う人もいます。しかし若い人にとっては、ポータブルであろうとどういう形であろうと、音が出てくればオーディオなのです。まずは見方を変えないといけない、というのが昨今の私の思いです。

―― 昔の感性は、一度リセットした方がいいようですね。そうでないと事業は産業化していきません。

鹿井 「オーディオ事業」という言い方で物事を分けるような、従来の観念で先のことを考えてしまうと、産業としての大きなトレンド変化を取り逃してしまうのではないかと思います。

――  昔は「ハイ・フィデリティ」などという言い方もありましたね。「オーディオ」という言葉が定着して、ハード的様相が強くなったように感じられます。

鹿井 「オーディオ」というのは本来、人間の感性の聴覚にからんだものを表現するための言葉でした。それがいつのまにもハードウェアを表現する言葉になってしまった。そんな風に感じている人は少ないと思います。

今業界では、「オーディオ」と言えば音を出す箱のことです。しかも、音を聴くためだけの箱のことを言います。しかし、テレビにも、自動車にも、パソコンにも、何にでも「オーディオ」はついているのです。それを「オーディオ」とは呼べない、というのはどうでしょうか。人間の知覚と情感の可能性を無視しているということです。

―― かつてカセットテープ全盛の時代がありました。しかしカセットテープが登場したときは、反発がありましたね。でも実際にそれが席巻したわけです。現在のデジタルオーディオプレーヤーに対して、音質的な問題はあるかもしれませんが、あの便利さは素晴らしいものがあります。そこを否定しても始まりません。

鹿井 デジタルオーディオプレーヤーは、メモリーの量はどんどん増えていきますし、バッテリー消費が少なくてすむようチップも小型・省電力化していけますから、高音質を再現、普及することもできるのです。それなのに商売をむき出しにして、収録できる曲数の多さを前面に出してアピールするから、音質面が犠牲になってしまうのです。

競争ポイントが、人間の知覚ではないところにある。せめて、1万曲入るところを2〜3000曲にしておけば音質はよくなる、という知恵を授けないと。コンシューマーも、曲数が多く入るからいいという価値感になってしまっていて、音質に意識が行きませんね。

―― オーディオ協会とは業界内で唯一、コンシューマーをターゲットに運営している協会です。コンシューマーをベースにして考えた場合、今おっしゃったようなことは協会の役割として、またそこに参加するメーカーの仕事としてあるわけですね。

鹿井 メーカーもビジネスで競争しているという中で、性能、値段、使い勝手など色々な要素で競合しています。本当は音のレベルをある程度決めておけば、競争していると言えるのでしょうけれども、マーケティングの専門屋が考えると、場合によっては音質訴求よりも曲数表示の多い方が魅力があるということになり、音質、性能の話ではなくなってしまいます。

各メーカーがオーディオの商品づくりの中でやってきたのが、レコードをかけ、音を聴いてもらい、アクセサリーで自分の好みに音を変えることを啓蒙する、というようなことです。しかしそれはレコードという標準的ソフトウェアであってこそ比較できるわけで、デジタル音源のCDとの比較となるとまた次元の違う話になってくる。そして、別の新しい問題が生じてきます。そこからさらに、デジタル圧縮音楽になった、ネットでダウンロードできるようになった、ということになると、さらにオーディオに接する人間の知覚や感性の点で次元が大きく変わってきているわけです。そこに対する音の評価方法を、きちんと確立しなくてはならないのです。

今から50年ほど前、私がトランジスタラジオを作ってヨーロッパに持って行った時、「こんな音聞けないよ」と言われました。相手から出されたのがヨーロッパ製の真空管ポータブルラジオで、「これくらいの音を出せないと、ヨーロッパで売れないよ」と。

欧州では言語がたくさんありますから、その言葉が理解できないような音質の再生機は通用しません。日本語では、母音と子音の組み合わせでローマ字と言われるようにイタリア語と非常に発音が近く、多少発音が違っていても意味は通じます。ですから日本ではそれでも売れるんですよ。しかしヨーロッパでは、フランス語の鼻にかかる音、ドイツ語の喉にかかる音、スウェーデン語の擦音のきつい音など、そういう発音の特徴がきちんと聞き取れなくてはならないのです。

器楽の音の方は、室内楽や管弦楽など、日本もヨーロッパも同じものを聴いているわけです。しかし楽器がよく聴こえるとはどういうことか。楽器から必ず出ている、人間の耳には聴きとれない高調波がどれだけちゃんと元どおり表現できるかというのが問題になるわけです。圧縮音楽では、人間の耳の特性上聴けない音はいらないのではないかということで、不必要な部分をカットする。そうすると、音源は変わってしまいます。しかし一般の人にとっては、音楽を聴く環境の騒音レベルや、スピーカーやヘッドホンの能力などで条件が変わってしまいますから、音の良し悪しをことさら判断しにくくなるのです。

こういうことを、メーカーのエンジニアや、商品企画の担当者がどこまで考えているでしょうか。どこまでも安く売ろうという目的で作ったものでも、商品になってしまうというのが現状です。
 だからこそ、コンシューマーを教育・啓蒙しなくてはならないのです。今回のA&Vフェスタで方向を変えなくてはならないと言っている大きな理由は、そこなのです。今はネットという手段を使っていろいろと知識を伝え易くなりましたし、方法はあるのです。

しかし音はあくまでも体験しなくてはわかりません。たとえばピアノの音で、メーカー別の音の特長がわからないような再生音は駄目だとか、そういう評価基準のようなものも含め、どう啓蒙していくかというのが課題でしょうね。そういうことがわかるというのは、楽しいことですから。

今協会の運営方法を変えるべく、部会を再構築、普及・啓発の推進をめざす部会に新たに編成して、啓発課題を検討しようと動きだしたところです。

―― まずはユーザーに体験していただかなくては次に進めません。

鹿井 音はステップアップできるのだ、ということを知ってもらいたいです。アンプとスピーカーのオーディオというところだけでなく、ポータブルであれ、デジタルTV放送のサラウンド音であれ、グレードアップできるということがわかれば、人が音を楽しむステージが変わります。

―― そのためには、今からA&Vフェスタで啓蒙していかなくてはなりません。きっかけづくりが必要ですね。

鹿井 ある意味「オーディオ」という言葉を作って一人歩きしたのがよくなかったような気がします。「オーディオ」という言葉は「オーディブル」=「耳で聴こえる」からきています。しかし音は耳だけではなく、身体で聴いているものなのです。「オーディオ」というものをどう進めていくのか、これから大きな問題ですね。「オーディオ」ではなくて「サウンド」という言葉の方がいいのではないかと思います。

「サウンド」というのはお腹で聴く音、頭で聴く音。「グッド・サウンド、グッド・ライフ」という言葉もありますよね。ステレオもサラウンドもオーディオです。競技場の音も映画館の音も、さらにポータブルプレーヤーの音もテレビの音も、車で聴く音もそうです。そう考えると、オーディオの思想が広がっていきます。

その上で、一般の人はオーディオに対してどんな問題点を抱えているのか、それをどう解決すればいいのかが、次のステージへつながると思います。

―― 「A&Vフェスタ」を、「A&Vサウンドフェスタ」という名称にしてはいかがでしょうか。音ということを前面に出した、もっと一般の人が集まりやすいイメージです。

鹿井 メッセージから一般の感覚が変わると、見え方も変わってきます。

デジタル化された昨今では、何とかフォーマットとか、ビット数がどうとか、目的別に音がいろいろと表現されます。しかしそれは、サプライ側の都合でしかありません。音や映像自体は身体の五感と知覚で感じるものこそ訴えるすべてだというのに、これではカスタマーがかわいそうです。

デジタルオーディオプレーヤーだって、何千曲、何万曲入る、というようなところが競争になってしまいがちですが、圧縮デジタル音源でもダウンロードの際に、もっと音質を高めるよう設定するという上手な聴き方もある。128KでダウンロードすればFMアナログラジオの感じ、256KならCDと比較できるくらいの感じで聴けるのです。それを体験していただけるよう、啓蒙しなくてはいけません。ぜひオーディオ協会で推進していきたいと思います。

―― 今年のA&Vフェスタを始め、今後の協会の活動に期待しております。本日はありがとうございました。

◆PROFILE◆

Nobuo Kanoi

1931年1月2日、宮城県仙台市生まれ。55年3月東京通信工業株式会社(現ソニー株式会社)入社。70年11月アイワ株式会社に転籍。83年ソニー株式会社理事に帰任。オーディオ事業本部長、ビデオ事業本部長、テレビ事業本部長を歴任。90年6月代表取締役副社長に就任。94年アイワ株式会社代表取締役会長、96年ソニー株式会社顧問就任。06年3月退社。2002年6月より(社)日本オーディオ協会会長に就任。現在に至る。