エプソン販売(株)
取締役コンシューマ事業部長

田場 博己
Hiromi Taba

使い勝手をさらに高めて
プロジェクター市場の
裾野拡大に努力していく

家庭用プロジェクター市場に参入以来、エプソンではプロジェクター市場の裾野の拡大を戦略の中核に据えている。昨年発売したEMP−TWD1では、DVDプレーヤーとスピーカーを内蔵。普及の大きな障害となっていた機器間の接続の面倒さを解消し、ユーザー層を大幅に拡大した。プロジェクター市場は年々伸びているものの、まだまだその普及率は低い。本年4月に新たに取締役コンシューマ事業部長に就任した田場博己氏に同社の戦略を聞いた。

インタビュアー ● 音元出版社長 和田光征

―― 4月1日からエプソン販売のコンシューマ事業部長に就任されました。最初にご経歴を聞かせてください。

田場 私は1983年にセイコーエプソンに入社しました。ほとんどの期間、海外で仕事をしてきました。1986年にヨーロッパに展開しているエプソンの販売子会社のひとつに販売・マーケティング担当として赴任しました。
 エプソンではヨーロッパで、イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン、フランスの5カ国に販売子会社を持っていますが、欧州では経済統合という大きな出来事が起きました。そこで、現地の販売子会社では、欧州全体の地域本部として再編され、そこで地域戦略の立案に携わってきました。この会社がカバーする地域はヨーロッパ、ミドルイースト、アフリカで、国数では100カ国以上に上りました。
 エプソンヨーロッパの副社長を最後に、16年間仕事をしたヨーロッパを離れて、2003年の年末にシンガポールに移って、エプソンシンガポールの社長を務めた後、今年の4月に日本に戻りました。

―― 海外でもプロジェクタービジネスに関わられていらっしゃったのでしょうか。

田場 エプソンはもともとプリンターを中心にPCのペリフェラル事業を展開していました。ですから、プロジェクターを全世界で立ち上げようという時に、現地法人のなかには市場のことを良く知っている人があまりいませんでした。そこで私が全ヨーロッパでプロジェクターを売りました。これは私にとって、貴重な体験になりました。
 アジアはヨーロッパと違って、経済の統合があまり進んでいませんが、シンガポールの現地法人も実質的に地域本部としての位置付けで、インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカなどASEANプラス南アジア地域の15〜16カ国の市場をカバーしていました。

――  国内の販売店を回られての印象はいかがでしょうか。

田場  どこの地域でも基本的なビジネスは非常に似ています。海外と国内での大きな違いは、エンドユーザーの特性と流通チャネルの二点です。まず、ユーザー特性では、可処分所得が比較的高いこともあって高額な商品が売れます。また、今すぐに必要でなくても将来使うかもしれない機能に対して、プレミアムを払って買っていただけるお客様が結構いらっしゃいます。
 日本と米国では国民所得そのものはそれほど大きく違いませんが、日本では中間層に属する方が相当いらっしゃいます。それに対して、米国や欧州では少数の富裕層と圧倒的に大多数の中下層で構成されています。
 特に米国では低所得者層でも電気製品をどんどん買います、各社ではそこに合わせた価格帯の商品を競って投入するので、プロジェクターもそうですが、IT製品や白物家電でも、日本に比べて製品単価が著しく安いのが特徴です。
 二点目の流通チャネルでは、流通の皆さんとメーカーが一緒になって、直接お客様に販売している点が日本の特徴のように思います。ヨーロッパでも商戦期にメーカーから派遣販売員を店頭に送り込むことはありますが、常駐させるようなことはありません。お店での展示方法やレイアウトをお店の方とメーカーがいろいろお話をして共同で作り上げていくこともありません。それ以外の商習慣は、ほとんど変わらないと思います。

―― 薄型大画面テレビの価格が急速に下がってきたことから、プロジェクターは少し苦しくなってきています。私は逆に、薄型大画面ユーザーはプロジェクター市場の潜在需要になるという認識を持っていますが、いかがでしょうか。

田場 プラズマや液晶テレビは、当初、20〜30インチ程度の画面サイズでした。それが最近では65V型が商品化され、試作品ベースでは100V型まで登場しています。薄型大画面テレビは、今、インチあたりの価格が1万円どころか、5000円程度のものまで出ています。でもプロジェクターとはまったく異なる商品です。
 もっとも大きな違いは用途です。薄型テレビはテレビと名前がついているところから推測されるように、ニュースやバラエティーなどといった日常的なものを見るためのものです。
 これに対してプロジェクターは、イベント性の高い映画やスポーツ番組とか、非日常的な部分で使われることを念頭に、企画・開発・設計しています。プロジェクターと薄型テレビとは一部競合しているところもあるかもしれませんが、競合は比較的少ないというのがエプソンの見方です。

―― 薄型テレビの大画面化が進んでいますが、家庭内で使用するという意味では限界がありますね。

田場 プロジェクターの最大の特徴は大画面化が容易だということです。60インチ以上、特に80インチや100インチといった画面サイズになってくると、プロジェクターは圧倒的に有利です。大きさや、重量を考えると、巨大な画面サイズのプラズマや液晶テレビを家庭内に持ち込むことは現実的ではありません。  価格帯的にも薄型テレビとフロントプロジェクターとでは全然違います。さらに可搬性の良さなど、プロジェクターの利点はいろいろあります。

―― 問題はそれをいかにお客様にわかっていただくかということですね。

田場 プロジェクターによってもたらされる非日常的な感動や体感をどうやってお客様に伝えるか。家庭用プロジェクターの市場を拡大していくためには、そこが最大のキーポイントです。

―― プロジェクターを簡単に楽しめるという点で「EMP―TWD1」は画期的な商品ですね。

田場 プロジェクターをもっともっと多くの人に楽しんでいただくためには、使いやすさや解像度など、メーカーとしても改善すべきところはありますが、その中でも最大の問題はケーブリングです。
 以前は焦点距離の長さが日本の家庭に普及させるための大きな障害になっていましたが、短焦点化は、ある程度実現できています。100インチを30cm近くで見るということであれば別ですが、アメリカの家庭のようにすごく広い部屋でなくても、大画面で臨場感を味わうことができるようになってきました。
 昨年発売したDVD一体型のEMP―TWD1は、おかげさまで市場から大変高い人気をいただいて、販売面でも非常に好調です。その最大の理由はケーブルがないということだと思います。
 ACケーブルだけはどうしようもありませんが、ソース機器とのインターフェース部分でのケーブリングの煩わしさをなくしていくようなことが、今後の商品戦略上、ひとつのポイントになっていくような気がしています。

―― EMP―TWD1のような商品戦略が広がっていくわけですね。

田場 私はEMP―TWD1は家電に近い製品ではないかと見ています。と言いますのは、女性に限らずケーブルがあるともうお手上げという方が結構いらっしゃいます。これはある人に聞いた話ですが、お孫さんが遊びに来てテレビゲームを薄型テレビで楽しんだ後、そのままにして帰ったそうです。ところが、残されたお爺ちゃんやお婆ちゃんは、普通にテレビを見るのにどうしたらいいのかわからなくて途方にくれたそうです。
 家電製品では、取扱説明書を読まなくても、使い方は直感的にわかります。家庭用プロジェクターの裾野を拡大していくためには、家電製品のように誰でも使えるということが、ひとつのキーポイントだと思っています。
 コンピューターも随分簡単になったと言われますが、それでもまだまだ家電には程遠いと思います。プロジェクターも、ヒューマンインターフェースの向上や、ケーブルをいらないようにするなどといった、使い勝手を高めていくことが中心課題になります。
 EMP―TWD1ではDVD一体型という形をとりましたが、単体のタイプでも無線による伝送も含めて、この問題に取り組んでいくことが必要です。

―― 販促面での課題についてはいかがでしょうか。

田場 当社は1994年、業界に先駆けて、データ用プロジェクターのELP―3000を発売しました。その時に社内で議論になったことは、プロジェクターは実際に映してみないとわからないということでした。たとえば明るさを語るときに、何ルーメンと言っても、スクリーンの真ん中では何ルーメンだけど、端っこの方はそれよりも暗いということは実際に見てみないとわかりません。
 そこで、ヨーロッパでのプロジェクターの市場導入にあたって、お客様のところに出向いて行ってデモをできる販売チャネルと優先的に組むという政策を採りました。
 ホームプロジェクターについても同じです。いかに多くの方にきちんと見てもらい、いかにその感動を体験してもらい、いかに量的に拡大していくかということです。そのために販売店さんのご協力で店頭に暗室を設けるなどいろいろやっています。
 さらにいろいろな仕組みを加えて、もっと効果的に伝えられるような方法を、今、いろいろ考えているところです。一番重要なことは、お客様が実際に使うところでの臨場感をどうやって出すかということだと思います。

―― あらゆる商品で販売チャネルをどうするかは大きなテーマですが、プロジェクターのように新しい楽しみを提案する商品では特に重要ですね。

田場 流通政策という観点からのキーポイントはそこだと思っています。プロジェクターの大画面は体験してみてはじめて感動が伝わると考えています。そういう点では、プロジェクターを初めて出した時のチャネルの選択基準は、いまだにまだ活きていると思っています。EMP―TWD1のような商品といえどもそうです。
 一方、われわれメーカーがお客様のお宅を一軒ずつ訪問することは非現実的です。そこを流通の皆さんのご協力でいかに市場の裾野を拡大することができるか。そこが最大の課題だと思っています。

―― 昔はどのオーディオ専門店でも必ず試聴室があって、そこで音を確認できました。プロジェクターでもそういった販売手法が必要だと思います。

田場 暗室を設けていただくことなどによって、プロジェクターの大画面を体験していただける販売店さんは全国で500店くらいあります。ただ、私もそこで見たりしていますが、お客様がまるで自分の家のリビングルームで見ているように思える、リアルな生活空間を再現するための工夫ももっと必要だと思います。
 商品をお客様に貸し出すという方法もあります。トライ&バイというマーケティング手法です。当社では大判のプリンターなど新規ジャンルでどういうことができるかよくわからないような商品では、ターゲットになるお客様に無償で貸し出して、気に入ったら買っていただくという手法を全世界レベルで展開しました。
 プロジェクターの存在すら知らない方が、まだまだ多くいらっしゃいます。まずはそこに対する啓蒙からやっていかないといけません。

―― プロジェクターに対する告知活動がまだまだ不十分ですね。

田場  私どもでもそこに努力してきたつもりですが、プロジェクターの存在そのものを知らない方がまだまだ多くいらっしゃいます。その人たちに対しては、プロジェクターはこういうものだということを告知することが必要です。その一方で、プロジェクターの存在は知っていても実際に購買にまで至らない人に対しては、実際に家に置いてみると、こういう臨場感があるということをやらなければいけない。その両方を同時並行的にやっていくことが裾野を広げることに繋がるのではないかと思います。

―― 最後に販売店の皆様へのメッセージをどうぞ。

田場 ヨーロッパでは6年ほど前に、ようやく家電量販店でプロジェクターを置き始めるようになりました。その時は置いていただけるだけで驚きましたが、日本では暗室まで作っていただいている私どものパートナーさんが多くいらっしゃいます。これには本当に驚きましたし、非常にありがたいことだと思っています。
 エプソンでは、今後ともユーザーにとっての使い勝手を高めた商品を投入していくことによって、市場の裾野の拡大に努めていきたいと思っています。今後ともぜひご協力をよろしくお願いします。

◆PROFILE◆

Hiromi Taba

1953年1月16日、沖縄県生まれ。1976年大阪外国語大学スペイン語学科卒業。1983年11月セイコーエプソン鞄社。99年11月TP営業推進センター統括部長。01年7月エプソンヨーロッパ副社長(イギリス)。03年12月エプソンシンガポール社長。06年4月エプソン販売且謦役。現在に至る。趣味はゴルフ。