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極限まで性能を追求したPCM1792のスペック

ハイエンド・オーディオ用としてダイナミックレンジ132dBを誇る定番D/Aコンバーター「PCM1792」を組み込んだ評価ボード。(写真はクリックで拡大
低ジッター、低ノイズを実現し、セットメーカーの高性能化要求に応えた変換方式を採用したPCM1792。DSDモードでは4種類のフィルター特性をサポートしている。(写真はクリックで拡大

 今回ご紹介するのは、そうした高級DACの最新版PCM1792(DSD専用入力端子付きはDSD1792)である。
  これはダイナミックレンジの値が凄い。ステレオ使用時には、出力電圧の実効値4.5Vで129dB、同じく2.0Vで127dB。2chを加算するモノラル時だと9.0Vで132dBという無上の値なのである。ダイナミックレンジ120dBというと100万倍の幅のある世界であり、2V基準だと最小は2uV(マイクロボルト)、また127dBでは約0.8uVとなる。これは数mmの配線パターンにおいてもたやすく発生しうる電圧であり、ほとんど物理的な限界に近い値なのである。
 実際に、-120dBの正弦波信号(1kHz)の再生波形がノイズに埋没せずに正弦波らしい形になっている測定図を見せられて感心した。さらに凄いのは、SACDのDSD(ダイレクト・ストリーム・デジタル)信号の場合だ。なんと1kHz、-150dBという極微の信号をノイズに埋もれながらも検出できるのだ。−120dBのおよそ30分の1となるとナノボルトの世界であり、測定領域の限界まで接近したレベルである。


D/A変換の技術を磨き高い信頼性を勝ち取る

日本テキサス・インスツルメンツ株式会社で試聴中の筆者。左は取材にご協力頂いた同社半導体グループ上級主任技師の河合一氏

 このような性能を実現できるのは、PCM1704の技術を継承しつつ、ΣΔ型のD/A変換の技術を磨いたからだ。このデバイスの場合は、24ビットのうち上位6ビット分をマルチビット式で表現し、下位18ビットはシグマデルタ式で受け持つという方式だ。これ自体はよくある方式だが、バー・ブラウンの場合は、DAC出力段において67レベルのΣΔ信号再生を差動型電流セグメントの技術によって行い、微小レベルの再生能力を確保したのである。これは、一定の電流を流す定電流源を±の一対用意して1単位とするものだ。ゼロの値は同じ値の+と−の電流の組み合わせで表現することで、素子の誤差による歪みを防ぐことができる。この原理自体も古くからあるのだが、このデバイスではLとRが独立した電源端子を持っていて、計4系統の電源端子とするなど、実装も踏まえたピン配置や回路技術、製造技術、そして視聴をくり返して最高性能を達成したのである。今秋から、実機に搭載されだしたので注目したい。
 また、すでに普及しているPCM1738にしても、PCM信号とDSD信号に対応した低価格、高性能品として幅広いAV機器において威力を発揮している。

Advanced Segments DAC アーキテクチャ


24ビット・PCM信号と1ビット・DSD信号を理想状態でアナログ信号に変換できる新開発アーキテクチャである。対ジッター性が高く、帯域内外ともに低ノイズを実現し、極めてクリーンなアナログ信号を得る事ができる。(図はクリックで拡大

皮膚感覚を研ぎ澄ます微細で高度な再生音と静寂

 取材ではPCM1792の評価ボードを試聴できた。バラック式の実に簡単な装置だが、これは無菌室風の条件でなくても高音質が得られるという意思表示なのである。実際に、これほど微細な表情と全くの静けさを聞かせる再生音に出会ったのは久しぶりだ。無音の臨界に接して皮膚感覚は研ぎ澄まされ、静寂が無限の広がりを満たす実感が心地いい。「ICは産業の米」という表現があるが、これはたしかに米作りに匹敵する高密度な頭脳集約型作業の成果だ。DSPともども、TIの「米作り」は目標を構築する構想力と集中力との合作なのである。