藤沢秀一氏

進化し続ける
放送メディアのもたらす驚嘆が
売り場を活気づける原動力となる
日本放送協会
放送技術研究所長
藤沢秀一氏
Shuichi Fujisawa

生活をより豊かにする放送技術の進化は、市場を活気づける源に他ならない。俄かに関心が高まる「4K」の先に待ち構える「スーパーハイビジョン(SHV)」の8Kの世界。長らく言われ続けた放送と通信の連携サービスの姿を描き出した「ハイブリッドキャスト」。今年の技研公開の目玉ともなる2枚看板を中心に、放送技術の進化・発展を牽引する日本放送協会 放送技術研究所の藤沢秀一所長に、“テレビ放送の明日”をどのように展望し、研究に臨むのか。話を聞いた。

 

デジタル家電コーナーはもはや単なる
売り場ではなく“発見する”場です

 

情感あふれる高画質映像
新しい時代はすぐそこに

── テレビへの接し方も世代間で相当に変わってきて、家族でテレビを見る光景もだいぶ減ってきているように思います。

藤沢 リビングで一家団欒、テレビを見る。そんな、テレビが担ってきた家庭の絆をつなげる役割は、昔も今も変わりません。SHV(スーパーハイビジョン)はまさに、皆がリビングに集まって楽しむサービスの典型と言えます。一方で新しい放送と通信の連携サービス「ハイブリッドキャスト」では、自分の好みにあわせてテレビが楽しめます。家族が見ているものを勝手にどんどん変えてしまうわけにもいきませんから、タブレット端末などのセカンドスクリーンを用いて、個人で楽しむ方法が適しています。これからのテレビは、大画面をみんなで楽しみながら、セカンドスクリーンでも個別の情報を活用していくというように融合していくと思います。

── 現在、4Kが注目されています。その先には今、お話にも出てきたSHVの8Kがありますが、両者の世界観をどのように捉えていらっしゃいますか。

藤沢 今のハイビジョンの発展形として最終的に目指していくのは8Kで、そのプロセスとして4Kがあります。8K時代に向けた黎明期では、両者が混在することも十分考えられます。

── 今のBDの時代になっても、DVDがあるのと同じイメージですね。

藤沢 その時に、放送局側はどのように対応していけばいいのか。仮に、4Kですべての設備整備をしてしまうと、8Kにするときがまた大変で、相当な時間が経過しないと8Kには移れません。二重投資になってしまいます。しかも、ディスプレイの画素密度を例にとっても、今、もの凄いスピードで発達しており、4Kから8Kへの技術の進化も相当早くなると予想しています。それを見据えて対応していくことが肝心です。テレビはPCのように、数年したらすぐに買い替えられるものではありません。商品も、新しいサービスの向上に上位互換で対応したものがどんどん出てくることを期待しています。

── 技術的にはすでに、実用化できる段階にあるとの認識で間違いはないですか。

藤沢 2月28日に総務省が開催した「放送サービスの高度化に関する検討会」では、2014年には「関心を持つ視聴者が4Kを体験できる環境整備を図る」とあり、放送という形態で4Kが提供されることを示しています。

現在、表示用のデバイスや撮影用のイメージセンサーなど、要素技術としても、4K用の実用レベルのものがほぼできあがってきています。ただ、それを使って本格的な基幹放送と位置付けて14年にスタートを切ろうとした場合、様々な技術の標準化やそれに基づく設備整備、受信端末の設計・開発、さらにその販売まで含めると、多くの課題があるのが実情です。

── 方向性としては、4Kが登場してくることは確かなわけですね。売り場でも来年に向け夢を持って取り組んでいただきたいですね。

藤沢 さきほどの検討会では、16年になると、それと同じ位置付けで8Kが出てくるとあります。さらに20年には「テレビの普及を図る」とあり、8K本放送の開始が読み取れます。16年まではあと3年ありますが、基幹放送に求められる標準方式や、新しい圧縮方式として導入する「HEVC」の開発を進めるには十分な時間があるとは言えません。16年のスタートに向けて全速前進で対処していきます。

── 2月19日に、山梨県甲府の日本ネットワークサービス(NNS)と共同でSHVの伝送実験に成功しています。この実験はどのような点に意義があるのでしょう。

藤沢 実際に運用されているケーブル網を使用して実験を行ったもので、実験室で使用するようなテスト的にセッティングされた伝送路とは異なります。実運用しているケーブル網では、現在ご覧いただいているデジタルテレビの信号が伝送されており、妨害になるような雑音もあります。そうした状況のもとで、きちんとSHVを伝送できたことに大きな意義があります。

さらに、テレビの帯域は現在、6MHz単位でチャンネルが分かれています。SHVはもちろん1チャンネルでは送ることができないため、複数のチャンネルを使用します。そのときに、まとまって空いていなければ送信できないとなると、ケーブルテレビ側で様々な変更を行わないと対応できません。それに対し、飛び飛びの空きチャンネルでも、数さえ揃えば、最終的に受信機側で1つにまとめてSHVを受信できるようにしたのが、私どもの技術の大きな特長です。

今回の実験では符号化方式に「H.264/AVC」を用いました。これから先のことを考えた場合、これが、後継規格の「HEVC」に代わり、さらに圧縮率が高くできるようになります。今回のケーブル伝送方式では、どんな信号でも伝送可能ですので、「H.264/AVC」から「HEVC」に移行することで、使用されるチャンネル数も少なくて済むようになります。

── CATVで4K、8Kを伝送するための技術開発も着実に進めているわけですね。

藤沢秀一氏ハイブリッドキャストが
テレビをもっと楽しくする

── テレビ放送の新しいサービスとして、もうひとつ注力されているのがハイブリッドキャストです。

藤沢 「放送と通信の融合」と言われ続けてすでに15年くらい経ちますが、なかなか実用化には至りません。最近になりようやく、一般の人にもスマートテレビとして目に触れるようになりました。しかし、現状のものは、テレビでウェブサイトの情報を見たり、VODサービスを活用する域を出ていません。

私たちが「ハイブリッドキャスト」で目指したのは、放送の番組とネット経由のコンテンツを有機的に結合させた、放送番組の価値を高めるサービスです。放送番組と連動する点が従来のスマートテレビとは最も大きく異なります。

さきほど述べた「放送サービスの高度化に関する検討会」の中で、私たちがもっとも議論しているのは、放送番組に連動したアプリをネット経由で活用できるようにすることです。なるべくオープンにすることで、できるだけ多くの人が提供できるような環境を構築していきます。一方で、安全・安心はこれまで視聴者が放送に求めてきた絶対的要件ですので、セキュリティ対策を十分にしていくことも強く求められます。

さらに、より魅力あるものにしていくために、最近急速な勢いでユーザーが拡がっているタブレットとも連携して情報が見られるようにしていきます。私たちは、番組を介してユーザー同士がコミュニケーションを楽しめるソーシャルテレビサービス「teleda(テレダ)」というプラットフォームを構築しました。このテレダはNHKアーカイブスのテレビ60年・特選コレクションのサイトでも使われていて、ユーザーが昔の好きな番組の閲覧、レビュー書き込み、推薦番組を友人や家族と共有することができます。

放送通信連携サービスの仕様は、この3月にIPTVフォーラムから共通仕様としてリリースされる予定です。

── ハイブリッドキャストでは、キャリアをはじめとする関係各社との連携も不可欠になってきます。NHK技研のリーダーシップも期待されるのではないでしょうか。

藤沢 いろいろな人たちとの仲間作りが必要になります。メーカー各社とは、昨年の技研公開においても、5社にプロトタイプ受信機をつくっていただきました。また、ハイブリッドキャストだけのプラットフォームとなると、受信端末の変更などにコストがかかってしまいますので、例えば、通信事業者各社と連携して、各社が展開しているサービスを利用して、その枠の中で展開するなどのアイデアも考えられます。今年中にはいくつかのサービスを開始できるよう準備を進めています。

── 売り場での訴求もそうなのですが、やはり、「ハイブリッドキャストってこんなに面白いものですよ」というより具体的なイメージが伝えられるといいですね。

藤沢 ハイブリッドキャストの技術的な特長のひとつは、放送番組とネットコンテンツが同期化できることです。映像同士はもちろん、映像と音声の組み合わせも可能です。まずは5月30日から6月2日まで開催される今年の技研公開で、IPTVフォーラムからリリースされたハイブリッドキャストというサービスを使うと「こんな面白いことができますよ」という内容を盛り込んだ展示で、大いにアピールしていきたいと、アイデアを練っているところです。

── 今年の技研公開の見どころについてお聞かせいただけますか。

藤沢 テレビ60周年、還暦を迎えた今年は、「期待、見たい、感じたい 技研公開2013」をテーマとして掲げ、進化し続ける放送メディアに期待感をもって、是非とも「来たい(期待)」と思っていただける展示を目指します。中心となる「ハイブリッドキャスト」は、先ほども申し上げたような観点から、実際に体感いただける展示にしていきます。

もうひとつの目玉である「SHV」では、今年2月に収録したブラジル・リオのカーニバルの模様を、皆さんに臨場感たっぷりにご覧いただきます。また、格段と小型化したSHV撮影用カメラや、「HEVC」による圧縮など37項目の展示を予定しています。

── こうした明るい話題で、市場を元気づけてほしいですね。

藤沢  私は、デジタル家電の売り場が大好きで、よく足を運びます。いろいろな工夫がされ、各コーナーをワクワクしながら見ています。普通に物が置いてある売り場というよりは楽しめる場、発見する場といった意味合いが大変大きくなっているように感じます。

放送の完全デジタル化に向けて、皆さまに周知普及活動や技術サポートなど協力いただいたことに改めてお礼申し上げます。テレビ販売台数が厳しい状況にありますが、そうした中で是非とも、我々の取り組んでいる「ハイブリッドキャスト」や「SHV」が、売り場を活気づける新しい原動力として貢献できればと思います。

── 4月6日から開催される「NAB2013」にもNHKからSHVやハイブリッドキャストの展示を行うことが発表されました。技研の叡智をぜひ結集していただきたいですね。


◆PROFILE◆

藤沢秀一氏 Shuichi Fujisawa
1955年4月11日生まれ。東京都出身。1980年NHK東京営業局営業技術部入局。1982年より放送技術研究所において中波ステレオ放送、ハイビジョンデジタル光伝送、光CATV等の研究に従事。1997年より技術局開発センターにてBSデジタル放送の立ち上げ、2001年より技術局計画部において地上デジタル放送の立ち上げに従事。2004年放送技術研究所研究企画部長、2005年総合企画室デジタル放送推進統括担当部長を経て、2010年放送技術研究所副所長、2012年より放送技術研究所長。趣味は釣り、ギターコレクション。

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