新春トップインタビュー

松下電器産業(株) 専務取締役
戸田一雄 氏

2003年は
新しい時代を示唆する
大変重要な年になる

2003年は21世紀型商品が主役となり、21世紀型文化がいよいよ本格始動する。
AV市場を牽引する松下電器では、“お客様が一番大切”という企業理念を貫き、文化、そして感動を創造していく。

インタビュー ● 音元出版社長 和田光征

これまでの20世紀型商品から
21世紀商品へ、2003年に
本格的移行がスタートする

 

お客様自身が変化を
受け入れて動いている

―― 昨年、私は「幸福家族の文化基地創造」という提案を行いました。それぞれの家庭には、それぞれの文化があります。ホームシアターを通じて、家族のコミュニケーションの復活と、より潤いのある生活を生み出していくということを推進してまいりました。

今、市場ではプラズマやDVDレコーダー、カジュアルシアターなどの21世紀型の商品が急激に伸びています。ただ、店頭での展開を見ますと、例えばプラズマでは単にテレビと置き換えるというケースが多く見受けられて、何らかの付加価値を加えるような売り方がなされていません。たしかに今は、特別な工夫をしなくても、売れていくような環境にありますが、これからは、お客様が潜在的に求めているものを提供できるところが強い企業になっていきます。そこで、今年は「深層ユーザーオリエンテッド」というテーマを打ち出して、強力に推進していこうと考えています。

戸田 このところ、大量生産・大量販売型のパターンが、通用しなくなってきました。消費の減退が続いている中で、消費そのもののあり方が変わってきています。少し言いすぎかもしれませんが、メーカーが一方的に笛を吹いて消費を主導していくという手法が通用しなくなってきました。これからは、メーカーがお客様の好みに合わせて笛を吹いたり、弦を弾いたりしていかないと駄目な時代だと思います。

その点では、今年はどのようにして新しい消費を顕在化させていくかという勝負の年になると思います。

―― 以前、戸田さんは「ビッグバンは3回起こる」とおっしゃっていました。2000年〜2002年の3年間を見ると、PDPやDVDレコーダーなどの次世代型デジタルAV製品が登場して、普及の兆しをみせてきましたね。

戸田 そのお話をさせていただいたのは2000年だったと思いますが、現実にそういう方向に動いてきました。ただ、それは、当時想定したような階段状のドラスティックな変わり方ではなくて、スムーズに着実に変化してきているような気がします。たとえば、テレビではPDPや液晶テレビなどのフラットタイプのものが非常にスムーズに受け入れられてきました。そして、その延長線上のものとして、プロジェクターが家庭の中に入ってきています。メーカーがビックバンを目指して騒いでいるのではなくて、お客様自身が自然に変化を受け入れ、動いているというのが実感です。

―― プラズマテレビは生産が間に合わないほどの人気を博していますが、過去の大型商品でこれだけの強い支持をユーザーから受けた商品はありませんでしたね。

戸田 今の時代は、お客様が本当に求めておられるものであれば、価格は高くても購入されるということだと思います。

私は、昨年までと今年からとでは、かなり様子が変わっていくような予感がします。2000〜2002年までは20世紀型文化と21世紀型文化が混在していた時期でした。昨年の後半になって、そのウエイトが逆転してきました。そして、2003年以降はいよいよ21世紀型商品に本格的に変わっていき、それによって文化も新しい時代に合わせて成長していくことになると思います。

新しい録画文化を創造した
DVDレコーダー

―― 21世紀型の商品という意味では、DVDレコーダーもそうですね。松下さんは昨年、価格面も含めて思い切った戦略でDVDの普及をリードされましたね。

戸田 松下はDVDレコーダーのシェアを上げるために、価格競争を仕掛けているのではないかといわれる方がいらっしゃいますが、私たちはそんなことは微塵も考えていません。今、松下電器が考えていることは、録画文化とそれに支えられた映像文化をどうやって次の世代に継承し、発展させていくかということです。

録画という新しい文化を切りひらいて、その主役を担ってきたVHSレコーダーは、このところ、年率7掛けぐらいのペースで単価ダウンが進んでいます。2万円を切る商品はおろか、1万円を切るようなものまで出てきています。これでは事業として成立しませんし、これをインフラにした録画文化そのものが成り立たなくなっていきます。

録画文化も含めたトータルな映像文化を、将来に向けて継続的に発展させていくためには、VHSにかわる次世代のエースの登場が不可欠です。DVDレコーダーがまさにこれに当たりますが、もしDVDレコーダーを高価格帯だけの商品にとどめておけば、その間、一般へと広く普及したVHSから次世代の録画文化を担うべきDVDへの切り換えが遅れることになって、日本の録画文化が限りなく安っぽいものになってしまいます。たしかに、新世代の商品は、最初は高くても仕方がないかもしれません。でも、時間が経つに従って、買い求めやすい価格になって、誰もがその魅力を楽しめるようになる。そういう時代を作っていくことが、メーカーとしての責任だと思います。新しい録画文化の担い手としてのDVDレコーダーを、ぜひ育て上げていきたい。そういう思いで、DVDの普及に一生懸命取り組んでいるところです。

―― VHSのリーディングメーカーとして録画文化を支えてきた松下電器としての使命感から、DVDの普及に取り組まれているということですね。

戸田 松下だけが日本発の世界のデファクトスタンダードとしてのVHSを支えてきたわけではありません。業界全体で、新しい録画文化とそれに支えられた映像文化を築き上げていこうという思いを、ぜひ、共有していければと思います。それから、DVDレコーダーの平均単価はたしかに下がってきていますが、録画機全体として見ると違う様相が見えてきます。単価ダウンが極端なVHSレコーダーに比較して、高単価のDVDレコーダーへの切り換えが進んできたことによって、録画機全体の平均単価が著しく上がっています。今の日本はデフレ現象の中にありますが、DVDは、デフレファイターとしての役割を担っているともいえます。

―― 当社のホームページ「ファイルウェブ」で行った調査の結果でも、回答者総数1030名の内、87%の人がDVDレコーダーの購入計画を持たれています。アナログからデジタルへ、テープからディスクに録画文化が切り替わっていく時に、いつまでも手に届かないような価格ではだめだということですね。

戸田 当社のホームページで実施した調査でも同じような結果が出ています。今、AVの世界だけではなく、白物の世界でもそういう21世紀型のタイプにどんどん入れ替わっています。例えば、洗濯機では、洗濯と乾燥を一台でやるという新しいコンセプトに変わってきています。冷蔵庫もノンフロンに変わって、環境に悪影響を与えないものに変わっていきます。これらの製品でも当初は高級機からスタートしましたが、今年からは中級ゾーン以上では必須のコンセプトになっていくと思います。そして、これらの商品が普及していくことによって、社会全体として環境を守り、新しいライフスタイルが生み出されるきっかけになっていくと思います。

ユーザーオリエンテッドには
マーケットから学ぶものと、
内面的ものとの2つがある

お客様の気持ちを
商品として素直に表現したい

―― 戸田さんは白物にも関わってこられましたが、以前、コンパクトで優れたデザインの炊飯器を出されて若い人たちの心をつかまれました。ユーザー・オリエンテッドという志向性を当時から非常に強く持たれていたのが大変に印象的でしたが、AVC社の社長の時代に送り出された商品や、今、展開されている21世紀型商品を見ると、まさにその延長線上にあるように思います。

戸田 私がAVC社の社長の時に設計者にお願いしてきたことは、自分が「一消費者」として自腹を切り、自分がお金を出して買うとしたら、どんなものが欲しいか、そこに徹底的なこだわりを持って欲しいということでした。ユーザー・オリエンテッドには、市場から学ぶものと内なるものの2つがありますが、その両方がマッチングした時に初めて、ユーザーから支持される商品ができます。

―― 先ほどの炊飯器を作られた時にも、当初から「この形だ、これ以上大きくするな」ということを言われたとお聞きしていますが、今回のカジュアルシアターでもそうですね。「家庭用のプロジェクターはこうあるべきだ、これより大きくては駄目だ」という、ユーザーの視点に立脚した考え方ですね。物としてのあるべき姿やサイズがまず出されている。作り手側の主張や事情を表に出すのではなくて、ユーザーの視点で、製品を作られている。白物家電製品でも、PDPなどのデジタルAV商品でも、戸田さんが関わられた商品には、ユーザーが求めていることをしっかりとつかまれたうえで、「これでないと駄目だ」という、強い意志をいつも感じます。

戸田 せっかく買われるんでしたら、お客様に今までになかった喜びを感じてもらわえないといけないと思います。日頃から、ああありたい、こうあるべきというものを皆さん持っているはずです。それを素直に表現することが大切です。

今、市場では960グラムという軽量を実現したパナソニックのノートパソコン「レッツノート」が非常によく売れていますが、これを開発するきっかけになったのは、私がアメリカに出張した時にノートパソコンを持参したことでした。当社のレッツノートは当時でも1・4kg〜1・2kgと、他社製品と比較してコンパクトなものでしたが、それでも大変重いと感じたからです。そこで、「何とか1kgを切ったものを作って欲しい」と設計に頼んだところ、みんなから「それは勘弁してください。液晶をカバーしているガラスだけでも、結構な重さになるんですよ」といわれました。確かにそうです。でも、これ以上重いのをアメリカへの出張に持っていくのは嫌だから」ということを押し通して、結局、1kgを切った製品を作ってもらいました。

実は私にも同じような経験がありました。白物家電を担当していた当時、社長から「掃除機が重いので、うちの家内が二階に持って上がるのはかわいそうだ。これは一般の人でも同じはずであり、何とか考えろ!」といわれました。そこで、当時の掃除機は4・6kgぐらいありましたが、3kgを切るという無茶と思えるようなターゲットを出しましたが、ビスの材料を変えるとか、ゴムタイヤの中を空洞にしたりと設計者がたいへん頑張ってくれた結果、何とか3kgを切ることができ、その商品はすごくヒットしました。自分自身にそういう体験がありましたので、1kgを切るターゲットにしたわけです。今回も一見無理に思える要求でも設計者にテーマとして与えれば、何とか実現してくれるという思いがありました。

大切なことは、本当にユーザーが望んでいることをきちんと押さえたものを作ることです。無茶は駄目ですが、無理を乗り越えてそれを実現できた時に、初めて感動が出てきます。消費者にとっても、作り手側にとっても、「お互いに感動できる商品を持ちたい、作りたい」。これは、設計者にとっても、非常に大きなモチベーションになります。ただ、相当頑張らないと、それを実現することはできません。

―― 戸田さんがかつて炊飯器でやられた商品作りに対する文化の糸が、つながっているということですね。

戸田 日本人の心の中には本当にいいものを求めたいという気持ちが本質的に存在します。その部分に対する感度の高さは日本人の特質といってもいいと思います。世界中をみても、これほど、凝縮された美しさや完成された精度の高さを理解し、そういう製品をきちんと作ることができる国は日本だけのように思います。

高齢化社会で注目される
ユニバーサルデザイン

―― 2003年から2005年にかけての3年間は、21世紀型の商品が本格的に家庭に入り込む時期になりますが、2006年から始まる次の3年間も面白いですね。家庭への21世紀型商品の普及が進み、それが自然に使いこなされているようになっていると思います。来るべきそういう時代のユーザーのライフスタイルを前提に、松下電器がどのような商品を提案していくかということで非常に重要ですね。

戸田 2006年を考えた時、2003年は、次の時代を示唆していく時期という意味でたいへん重要な年です。2003年以降の商品の基本は、ユビキタス・ネットワーク・プロダクツになっていくと思います。しかも、ワイヤレスで、高速伝送・ハイクオリティーなものになっていく。もちろん、一気にそこまで行くわけではありませんが、2003年はメーカーとして、来たるべき時代に向けた流れを作っていく時期に来ています。ここで、商品のアプローチの仕方を読み間違ってしまうと、その先の方向そのものも、もっと大きく間違ってしまうという意味では、とても難しい時期にあると思います。

―― 21世紀型の商品では、設計思想も従来と変わっていくことになりますね。

戸田 今、ユニバーサルデザインに注目しています。日本の社会では、今後高齢者が急速に増えていきますが、その人たちが、ストレスを感じることなく使える商品が今後求められていきます。また、社会の通念として、肉体面や精神面にハンディーキャップを持たれている方々にも、無理なく使っていただけるということも、これからの社会では当たり前の商品の基本になってきます。これを実現するための設計思想が、ユニバーサルデザインということになります。いかに性能が高い商品でも、使い勝手が複雑で、一生懸命勉強しないと使えないようなユビキタスプロダクツでは意味がありません。

ストレスを感じることなく、自然に誰にでも使いこなすことができるように今から橋を架けていく。これがこれからのユビキタスネットワークの一連の商品群では、非常に大切なことです。言葉を変えれば、もっともっとイージーネットワークコンセプトにしなければならない、と言うことです。

―― ハードウェア面だけでなく、誰にでも簡単に使いこなせるようなソフト面でのブレークスルーが必要だということですね。

戸田 ぱっと見た感じはとても簡単に使えそう、また本当に簡単に使える。でも、中にはすごい技術が入っている。これが、これからの商品に求められる姿でしょうね。どんな技術が用いられているかということは、メーカーがきちんとやっておけばいいことで、お客様には関係のないことです。私は今、デザインの担当もしています。デザインでは外観も大事ですが、商品の内容が自然な形で外に表れないようなデザインは駄目だと思います。

団塊の世代が主役になって
次なる新しい消費文化が
大きく花開こうとしている

ホームシアターで
家族のリユニオンが伸展

―― 高齢者の増加とあわせて、団塊ジュニアの世代のパワーがこれから大きな役割を果たすようになってくるという点に注目しておくことが必要です。彼らはバブルの恩恵を受けた世代でエンターテインメントを楽しむことに長けています。一方で、バブルが崩壊した後の非常に厳しい経済環境も経験しているので生活防衛的な価値観も併せ持っています。彼らの消費行動は、何にでもお金を浪費するのではなく、生活必需費品への出費をできるだけ抑えて、自分が本当に欲しいものには思い切ってお金をかけます。

戸田 87、88年頃はすごくマニアックな時代だったと思います。おっしゃるように団塊ジュニアの世代は、凝るところは凝ってお金をかける。ただ、すべてに対して、凝るのではなくて、自分が本当にこだわっているところ以外はさらっと流す。非常に賢いですね。

―― その団塊ジュニアの世代が今欲しいもののひとつにホームシアターがありますが、このホームシアターは日本の家族関係を変化させていくきっかけになるような気がします。

戸田 日本では家の中に世代の違う人たちが一つに集まる場が少なくなってきたこともあって、家族関係が希薄になってきました。それが、ホームシアターが家庭に入ることによって、家族が再びひとつになっていくように思います。ホームシアターがリビングに入ると、そこに自然に家族が集まってきて、一緒に映画を見ながら、お互いに自然に会話をするようになります。世代を越えて、共通の価値観みたいなものが存在します。

団塊の世代はビートルズの音楽を受け入れ、Gパンをはいて、ハンバーガーを食べるというような米国文化を最初に受け入れて、新しいライフスタイルや消費行動を生み出した世代です。オーディオ業界は、まさに彼らに支えられて成長しましたが、その子供たちの世代は、今、ホームシアターにたいへん興味を持っています。そういう意味では、文化が蘇生するというか、次の世代にきちんと受け継がれていっているように思います。

たとえば、今、グリコのおまけがすごく人気があります。ディズニーランドは子どもが好きだということもありますが、お母さんが行きたいから子どもを連れて行く、そうすると、子供も好きになっていくようになるということも、文化が次の世代に受け継がれていくひとつの例だと思います。

―― その団塊ジュニアの世代が2005年頃には消費の主役になっていきます。

戸田 日本では元禄時代に、消費文化が大きく花開きました。団塊のジュニア世代が学生時代を過ごした1980年代にもたいへん大きな消費文化が花開きました。いったん空白を経たあとに、その華やかな消費文化を経験した彼らが主役になって、次なる消費文化がまた花開くかもしれませんね。

―― パナソニックのマーケティング本部が東京に出てきてから、松下マーケティングの手法が随分かわってきましたね。

戸田 パナソニックのマーケティング本部を東京に設けたことは成功でした。松下に新しい文化が生まれてきているように思うからです。牛丸本部長の下で30代の人たちが中心になってやってくれていますが、大阪を離れたことによって、ある種の独立企業的な雰囲気があります。ノーネクタイのカジュアルな姿で、自由闊達な雰囲気の中で、彼らのクリエイティブな部分も随分発揮されてきて、今までの発想では出てこなかったような新しいマーケティング手法が出てきています。

たとえば、ウェブの活用もそうですし、今、渋谷でやっております「のぞき穴広告」もそうです。これはSDカメラの新製品の広告ですが、のぞき穴がいくつもあって、その穴をのぞきこむと中に商品が置いてあってコマーシャルが流れています。通りかかった人が次から次へと覗いていくので、次の人もまた覗こうとします。とても人の心理をついた手法だと思います。

ブランドに対する責任は
企業文化の問題

―― 今朝の新聞に環境マークについての記事が出ていました。最近では最終商品の品質だけではなく、社会の一員としての環境や安全面への配慮が求められています。また、虚偽の発表をした企業は、存続そのものに影響がでるほどの糾弾を社会から受けています。企業モラルが非常に厳しく求められる時代になってきましたが、この点についてはどうお考えでしょうか。

戸田 それは、自分たちのブランドにどうやって責任を持つかということで、企業文化の問題だと思います。いくらブランドを大切にすると言っても、問題が起きるたびに個別対応しているようではすべての最終製品に反映できません。そういうことについての基本的な決まり事を予めきちんとしたシステムとして決めておくことが必要です。企業の名前やブランドがこういう時代において、どういう意味を持つのか、現代のようなグローバルな仕事の仕方をする時代では、特にそうした基本の部分をもう一度固め直さなくてはいけません。

―― 今までの枠組みにとらわれない中村社長の一連の改革が高い評価を受けています。松下電器の企業風土がかわってきているように感じます。

戸田 たしかに風土が変わってきていると思います。中村さんのすごいところは、過去を一切ひきずらないことです。こういうことをやりたいんだけれども、過去にこういうことがありましたとか、こういうステップを踏もうかといった回り道的な方法は徹底的に排除します。今は、ハイスピード、ハイクオリティー、ハイチャレンジが求められる時代です。そのためには目的に向かって最短距離で突き進むことが必要で、中村社長は目的に向かってどんどんやれという指示を出しています。

―― 相変わらず、稟議に時間がかかったり、社内ルールが優先されているような会社もまだまだ多いですね。そういう会社では、特に中間管理職にこの傾向が多くみられるようです。さらに困ったことには、そういう人たち同士でネットワークを作っているので、それがバリアになって、このスピードが要求される時代に、敏速な動きが取れない。そこを変えていかないと会社は駄目になっていきますね。

戸田 本来何をしなければならないかという論理よりも、ある種の権益主義みたいなものでバリアを張ってしまうケースがよくありますね。社内慣行や過去の体験が新しい発想の邪魔をするということもあります。もちろん、過去の成功体験は一面では大切な財産でもありますが、それでがんじがらめになってしまうことが多いですね。

―― 2003年は商品も含めて、いろいろな面で変わり目の年ですが、流通でも大きな変化が起きそうですね。つい最近までは、低価格を武器に全国展開をはかる大型家電店や、大都市に巨艦店を展開する都市型のカメラ系のお店が圧倒的な勢いで、出店を続けてきましたが、ここにきてその様子に変化が現れ始めてきています。これからは、地域に強いということが、大切な要素になっていくように思いますがいかがでしょうか。

戸田 大型店だからといって決して強いとは限らない時代になってきています。単価ダウンが進んでいることもあって、今年の上期は業界全体で前年比97%程度でした。今の状況から見ると下期もそれほど良くならないと思います。大型店では投資がたいへんですが、マイナス成長になると大型投資を続けてきたところは、投資の重さが加速的にきいてきます。財務的な問題などもあって、今年は業界の再編が進んでいくと思います。

昨年の11月から1カ月ほど、札幌から那覇まで全国のショップ店さんを対象に各地で懇談会をしてきましたが、専門店さんでは、今二極分化が進んでいます。ナショナルショップの実に3割近い店が、2桁成長されています。確かに商品的には以前に比べて売りやすくなったという側面もありますが、お客様を大切に献身的にサービスに努め続けられて、お客様の気持ちをしっかりつかんでいるお店が、市場全体がマイナス成長の中でも売上げを伸ばされています。その一方で、そういう努力をされていないところは、どんどん落ち込んでいっています。今は幸いにもPDPなどお客様に密着したサービスが必要な商品に事欠きません。その点で、やるべきことをきっちりやっておられる販売店さんにとって、今年は非常に夢のある年になると思います。

いいところと悪いところの2極分化は専門店だけではなく、量販店さんでも同じです。これからの時代は、サービス力や商品説明力、さまざまな要素での差が2乗、3乗となってあらわれて、格差がはっきりついてくるようになると思います。

―― いかにお客様に近づき、お客様の視点でものを考えるかということがますます大切になっていきますね。 先日、日経新聞にIBMのルイス・ガースナー会長が「成功する企業は顧客本位」だと書いていました。

戸田 成功する企業では企業理念が非常に明快です。松下電器の企業理念は、まずお客様が一番大切だということを貫いています。これを原点に企業がやっていかなければならないことのひとつに文化の創造があります。絶えざる新しい感動の創造を繰り返し、繰り返し行っていくということです。もうひとつは、それを通じて収益性で社会に貢献していくということです。明確な企業理念や企業哲学のないところに本当の意味でのブランドは存在しません。それにそって社員の一人一人がモチベーションを高く持って、輝いたときに企業としての素晴らしい結果が出てくるのではないでしょうか。

 

PROFILE

Kazuo Toda

1941年生まれ。64年4月松下電器産業入社。83年11月ハイファイオーディオ事業部商品技術部次長。89年12月電化本部電化調理事業部長。97年4月電化・住設社社長。99年6月専務取締役。趣味はスケッチ旅行、クラシック音楽鑑賞