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ヤマハとクリプシュは、クリプシュ製品の日本市場における販売、内外市場向け商品の共同開発、海外市場での販売提携など幅広い分野での業務提携を発表した。スピーカー市場で長い歴史を持つクリプシュが、日本市場の開拓に向けて本格的な活動を開始する。同社のアジア&ラテンアメリカ販売担当役員として、日本市場での販売活動を担当するシェルドン・コム氏に提携の経緯と市場戦略を聞いた。(インタビュアー:新保欣二 [音元出版「Senka21編集長」])


強者連合を実現したヤマハとの戦略的提携

― 最初にクリプシュ社の概要から説明してください。

シェルドン・コム(以下:SC) クリプシュは米国で最も歴史の長いスピーカーブランドで、現在米国市場でトップシェアの地位にあります。創始者のポール・クリプシュは非常に著名なエンジニアであり、様々な賞を受賞した科学者だったことから、クリプシュのスピーカーは科学と技術に基づいて作られています。

米国を代表する老舗スピーカー・ブランド、クリプシュの本拠地はインディアナ州インディアナポリスに構える

クリプシュのスピーカーは、ホーンの技術を利用している点が大きな特長です。これによって実現される高効率でしかも低歪率な再生音が大きなセールスポイントとなります。創始者のポール・クリプシュはオーケストラの演奏を非常に愛していました。彼が最初にスピーカーを作った時に掲げた目標は、家庭で生のオーケストラの音を再現するということでした。

クリプシュ・スピーカーは今日では音楽鑑賞だけでなく、ホームシアター用のスピーカー・メーカーとしても君臨しています。またクリプシュでは世界で初めてセンター・スピーカーを開発しました。さらに世界で初めて防磁型のセンター・スピーカーを開発したのもクリプシュでした。米国の消費者がクリプシュのスピーカーの音を表現する時によく、「細かな部分の表現力が非常に高い」、「ダイナミックである」、「パワーのあるスピーカーだ」という言葉が使われるようです。

― 創業者のポール・クリプシュ氏から現在の経営者にかわってから、非常に積極的な商品展開をされています。

クリプシュ社の現在の経営者であるフレッド・クリプシュとジュディー・クリプシュが創業者のポール・クリプシュから会社を買収した当時、クリプシュの商品ラインナップは非常に少なく、7機種しかありませんでした。それらの7機種は、Helitage(歴史的)シリーズとして、今日でも生産・販売を続けています。

ポールに代わってクリプシュの経営者となったフレッドとジュディーは、経営の近代化に努めるとともに、様々な新製品を矢継ぎ早に開発してきました。民生用スピーカーからスタートしたクリプシュは現在、映画館用、商空間用、マルチメディア用のスピーカーをラインナップに加え、今年は何と90機種もの新製品を投入します。

― ヤマハを戦略的パートナーに選んだ理由は何でしょうか。

左からヤマハ(株)常務の前嶋氏、クリプシュ副会長のジュディ・L・クリプシュ氏、会長兼CEOのフレッド・S・クリプシュ氏 >>Phile-webデイリーニュース

SC クリプシュは以前パイオニア・インターナショナルを通じて、日本市場に商品を提供していた時期がありましたが、パイオニア・インターナショナルが輸入業務を中止されたために日本市場から一時消えていました。クリプシュでは3年半くらい前から、日本市場についてのいろいろな調査を進めてきました。その中でわかったことは、輸入スピーカーブランドで成功している会社は、いずれもアンプなどのエレクトロニクスを作っているオーディオメーカーと組んでいるということでした。例えばタンノイはティアックと、B&Wはマランツといった組み合わせです。その調査結果をもとに、クリプシュでも日本市場への本格的な参入を検討した結果、エレクトロニクス・メーカーと組もうという方針を出したのです。

次にどのブランドと組むかというところで、いろいろ検討しました。その結果、最終的にヤマハしかないという結論に達したのです。ヤマハはアンプやレシーバーなどといったエレクトロニクスの分野で、米国市場でNo.1のメーカーです。ホームシアター・システムでもNo.1です。米国市場でスピーカーのトップシェアブランドのクリプシュとは、エレクトロニクスでNo.1のヤマハというNo.1同士の提携ができるということで、ヤマハを選ばせていただきました。

― 日本市場で成功するためには、日本のお客様の生活環境や音の嗜好性を理解することも必要になると思います。

SC 日本市場で成功するためには、日本向けの商品開発も必要です。そのためにはヤマハから日本市場にふさわしい商品の開発について、いろいろな面でサポートが期待できるということも今回のパートナーシップの大きなポイントのひとつです。ヤマハ・ブランドは米国だけでなく、世界各国で認知されています。世界的にブランド認知度の高いヤマハと提携することによって、クリプシュのブランド価値も上がるであろうということで、今回の提携を非常に光栄に思っています。

音質面での差別化を支える独自のホーン技術

― クリプシュの代表的なラインナップとその特徴を聞かせてください。

SC クリプシュを代表するハイエンド・スピーカーのシリーズに、リファレンスシリーズがあります。ヤマハにはまずこのシリーズを日本市場に紹介してもらおうと思っています。これ以外の主要なシリーズでは、クリプシュホーンを搭載した、クリプシュの原点ともいうべきヘリテージシリーズがあります。このシリーズに採用しているクリプシュホーンは創業者のポール・クリプシュが開発したもので、開発以来50年以上にわたって生産され続けています。

コンシューマー用のラインナップでは、他にリファレンスシリーズの下位にシナジーというシリーズもありますが、現時点では日本への導入を予定していません。コンシューマー以外の商品では、映画館用、商空間用、PC周りのマルチメディア用スピーカーといったところが代表的なシリーズです。

― 音質面で、クリプシュのスピーカーの最大の特徴は何でしょう。

SC 各シリーズ共通していえることは、ホーンの技術を使っていることです。ホーンの特徴として、高効率、低歪、広ダイナミックレンジ、フラットな周波数特性という4点が挙げられます。

高効率という点について具体的に申し上げますと、他社と比較してクリプシュは非常に高効率です。カタログ・スペックで比較してもそのようになっています。より少ないアンプの出力で同等の音圧、あるいは同じ出力ではより高い音圧を得ることができます。

技術者であると同時に科学者でもあったポール・クリプシュがスピーカーの研究をする中で発見したことは、効率と歪率が非常に密接な関係にあるということでした。効率が上がってより少ない電流でドライバーを駆動できれば、そのぶん歪が少なくなるというのがその理由です。

日本でも今後ヤマハから輸入販売が予定さているというProMediaシリーズの2.1チャンネルシステム「GMX A-2.1」。スピーカーは小型ながらマイクロ「Tractrixホーン」を搭載し、サイズを超えた高音質を獲得している International CES 2005では薄型大画面テレビとのデザインマッチを強く意識したホームシアタースピーカーも展示したクリプシュのブース。米国でもますます人気の高まる大画面テレビによるホームシアターの流れにも柔軟に対応しながらラインナップを拡充する クリプシュではカスタムインストール用のインウォールタイプのスピーカーも多くのモデルを揃える。日本国内での展開も待ち望まれる


船底の形状を応用したトラクトリクス・ホーン

― ダイナミックレンジや周波数特性についてはいかがでしょうか。

SC 例えばTHXでは、ピーク時に120dBを確保できていることが規定されています。ホーンの技術が使われたクリプシュの場合、高効率ですので、それを容易に達成することができるのです。直接放射や平板駆動など他の方式のトランスデューサーを使っているスピーカーでは、同じピーク値を得るためには巨大な出力のアンプが必要になります。

フラットな周波数特性を得やすいことも、ホーンのメリットです。ホーンならば指向性を管理することができますので、壁、床、天井からの不要な反射を制御して、リスナーにより好ましい音を届けることができるのです。以上のような特徴から、他のスピーカーでは味わえないようなディティールも聴けるスピーカーという評価をお客様からいただいています。

― クリプシュ・サウンドは明らかに他社のスピーカーと異なります。この点についての見解を聞かせて下さい。

SC 競合ブランドの製品はいずれも非常に優秀な製品だと思います。ただ、それぞれのブランドで目指す音についてはいろいろあっていいと考えています。例えて言うと、アイスクリームを食べる時に全員が同じ味を好むわけではありません。ある人はバニラだったり、ある人はチョコレートだったりといった具合です。料理でもそうです。ある人はフランス料理だったり、またある人はイタリア料理だったり、また他のある人は中華料理というふうに、ひとつのテイストだけというわけでは決してないと思います。

英語のことわざにいくら「言葉を弄しても、実際に食べてみればわかる」という表現があります。これと同じで、ぜひお客様に比較試聴していただいて、実際にクリプシュの音を体験していただきたいと思います。技術的にはクリプシュの方が優れていると信じていますが、何割かの方はクリプシュ以外の製品を選ばれるかもしれません。しかし一方では、何割かのお客様が必ずクリプシュの音を好んでいただけると思います。

― ホーンを使っているブランドは他社にもあります。その中でクリプシュのトラクトリクス・ホーンの優位点はどこにあるのでしょうか。

SC 「トラトリクス」というのは、ホーンの曲線形状の名称なのです。スピーカーの場合、その形状によって音質に違いが出てきます。トラトリクスという曲線は、昔、船底を設計する際に考案された曲線です。船は水流の中を移動しますので、水の抵抗が最も少ない曲線が求められます。これをポール・クリプシュがスピーカーに応用しました。水の流れに対して最も抵抗の少ない形状は、空気の動きに対して最も抵抗が少ないのではないかと考えたわけです。ホーン・ドライバーによって実際に多量の空気が動きます。その空気が最も流れやすい形状がトラクトリクスだったのです。

長期的な視座で日本でもNo.1を目指す

― 米国以外の市場でクリプシュはどのようなポジショニングにありますか。

SC クリプシュのホームマーケットである米国市場で、当社はトップシェアを持っていますが、米国遺体のグローバル・マーケットへの本格的な取り組みは約5年前から開始したところです。既に進出した各地域では非常に良い結果を残せています。

― クリプシュでは本格進出する日本市場をどのように見ていますか。

シェルドン・コム氏は2004年のA&Vフェスタに来日し、ヤマハのブースにてクリプシュ製品の紹介を精力的に展開した

SC クリプシュにとって日本市場は、極めて重要な経営課題です。その第一の理由は日本が世界第二位の経済大国であり、市場が非常に大きいということです。二点目は日本の市場が、世界全体の市場に大きな影響を及ぼすということです。

日本のお客様は非常に耳が肥えていることも大変重要なポイントであると考えています。品質面で日本のお客様を満足させることができる商品であれば、世界中のどの地域のお客様にも満足していただけると考えています。ヤマハをベスト・パートナーとして選択した理由のひとつとしては、そのような製品を共同で開発しいきたいという思いもあったからなのです。

― 日本市場で10億円の売上を目指すという中期目標を掲げられています。その内訳と見通しを聞かせて下さい。

SC 10億円という中期販売目標にはコンシューマー用の製品だけでなく、商空間用や映画館用スピーカー、あるいはマルチメディア用のスピーカーなども含まれています。われわれは決して中・短期な見方で今回ヤマハとの提携を決めたわけではありません。ただ中期目標として掲げているこの10億円という売上数字も、あくまで一つの通過点に過ぎません。今回、ヤマハというベスト・パートナーを得ることができたことで、将来に向けた大きな一歩を踏み出すことができたと思っています。

― 開発や生産面での協業の可能性はいかがでしょうか。

SC まだ提携についての調印が終わったばかりですから、今の段階では具体的に何をどうするのかといったことは決まっていません。今回の業務提携における両社の基本的なスタンスは、今後の全ての可能性について否定しないで考えていこうというものです。長期的な視点で見た時に、お互いにとってのメリットが得られることについては、今後は様々な形での協業がうまれてくるかもしれません。

日本の市場特性に合わせた販売政策と商品政策を展開

― 米国での中心商品はどのような商品でしょうか。

日本での販売も開始されたリファレンスシリーズのRF-35。>>評価レポート

SC 米国市場におけるクリプシュの基本的な商品ラインナップは、専門店向けのリファレンスシリーズと量販店向けのシナジーシリーズとの2系統からなり、それぞれにヒットモデルがでています。たとえば、RF-3の後継機種にはRF-35という製品があります。これもヤマハエレクトロニクスマーケティングで販売される予定ですが、全価格帯を通じて、全米でベストセラーになったモデルです。あるいはサブウーファーでは、KSW-10/12/15というモデルがあり、これが33%のマーケットシェアを持っています。

クリプシュは特定の価格帯だけで強いのではなく、専門店と量販店のそれぞれの販路と商品カテゴリーでNo.1の商品を持っています。これがクリプシュのビジネス面での大きな特長の一つとなっています。

― 米国では販売チャンネル別に異なった商品を流すことは珍しくありませんが、日本でも同じようにチャンネル別に投入商品を変えられるのでしょうか。

SC 例えば米国市場ではリファレンスシリーズは専門店のみでの取扱となっています。またシナジーはベストバイの専売商品です。リファレンスとシナジーで販路を分けるという政策は世界市場で共通してとっています。日本で流通チャンネル別に商品を分けることは難しいように思います。日本市場に対してはこれから、市場の特性に合わせた流通政策を考えていきたいと思います。商品でも同じようなことが言えます。日本のお客様が非常によく商品をご存知で、目も肥えていらっしゃいますので、上位のリファレンスを展開します。クリプシュにとって日本市場への本格的な参入は実質今回が初めてです。そういう点からも日本市場に対しては、まず一番優れた商品から紹介していきたいと思います。

― 日本の販売店の皆様へのメッセージがありましたらお願いします。

SC クリプシュは優れた商品をつくっているという自信はあります。日本の市場でも米国市場と同じようにNo.1になりたいと思っています。今回ヤマハとの間にパートナーシップを形成したことによって、日本のユーザーや販売店の皆様に喜んでいただける商品をご提供できると考えています。これは一朝一夕にはいきませんが、クリプシュでは長期的な視点で日本市場に取り組んでいく覚悟です。どうぞよろしくお願いいたします。

【インタビューテキストは「Senka 21 2004年11月号」より抜粋】