加藤 滋氏

スピーカーから音を聴く
その楽しさを伝えたい
ソニー(株)
コンスーマープロダクツ&デバイスグループ
ホームエンタテインメント事業本部
第2事業部 事業部長
加藤 滋氏
Shigeru Kato

ソニーは本年6月の改編で、従来のテレビおよびオーディオ・ビデオの各事業を合わせたホームエンタテインメント事業本部を新設した。お客様に大いなる楽しみや喜びをもたらすオーディオ、ビデオ事業。その国内マーケットにおける現状と今後の方向性について、事業部長に就任された加藤氏にご登場いただき、話を伺った。

多くの人の喜びにつながること
機器メーカーはその一端を担う

「心地よい音」「楽しい音」で
オーディオ拡大を図る

── 加藤事業部長には本誌に初めてご登場いただきました。まずはご経歴をお話しいただけますか。

加藤氏加藤私はソニーに入社して以来、エンジニアとしてビデオ畑一筋でやって参りました。ベータマックスと電子スチルビデオカメラの「マビカ」を手がけ、8ミリビデオカメラやVHSも担当しました。その後フランスに勤務地を移して、欧州向けVHSの設計と製造を担当しました。1999年に帰国してからは、ブルーレイディスクの開発スタートから商品化にかかわり、その後ビデオ事業全体をみるようになりました。

オーディオについては、大学で音響工学を専攻していましたが、ソニーでは直接担当したことはありません。しかしビデオの機能にはオーディオも含まれていますので、ずっと携わっていたとも言えます。ベータハイファイの1号機に携わった際は、「画質だけでなく音もVHSより良くなければ」と考え、コンサート映像などを楽しむ際にも遜色のない音質を追求した経験があります。

私が設計を担当していた80年代は、開発や製品が非常に盛り上がっており、色々な商品が誕生して市場で好評価をいただいていました。エンジニアとして一番の喜びは、お客様に喜んでもらいたい一心で作った商品が市場で受け入れられ、売れていくことです。また、そういうときは自分の求めたもの、自分が立てた仮設が正しかったということであり、非常に嬉しかったことを記憶しています。

私の今の担当範囲としては、ビデオはブルーレイディスクレコーダー/プレーヤーとDVD、オーディオはホームシアターシステム、システムコンポ、そして単品コンポです。「ウォークマン」はパーソナルオーディオで担当ではありませんが、「ネットジューク」はシステムコンポに含まれ私の担当となります。

── 昨今のオーディオマーケットは、ハイエンドを含む単品コンポ、システムコンポともに低迷しております。我々も復活の手だてを図りたいと考えておりますが、このあたりをどうご覧になりますか。

加藤オーディオ業界をもう一度活性化させたいという思いは、私も強く持っております。ソニーが初めて「ウォークマン」で携帯オーディオという新しい形を提案しましたが、今、音楽を聴くスタイルがそちら側に少しシフトしすぎているように思います。音楽を聴くのは人間の本能に近いものですから、スピーカーからの音を聴くという楽しみをあらためて伝えていきたいと考えます。そのキーワードは「心地よい音」と「楽しい音」です。

「心地よい音」とは、私も楽器を演奏する際に感じるのですが、高調波がきちんときれいに揃っている音です。スピーカーがシングルコーンから2ウェイ、3ウェイになってきて、調子がなかなか合いづらくなっていると感じます。ましてや携帯オーディオしか知らないお客様が増えていて、心地よい音の体験が減っています。お客様が体験していないから、マーケットが小さくなっているように見えているだけではないでしょうか。お客様がいろいろなところで心地よい音を聴けば、またオーディオ機器が欲しいという気持ちを持っていただけるのではないかと思っています。

ピアノ以外の楽器は演奏者がチューニングをしなくてはなりませんが、調律のしかたによって音の心地よさは天と地ほどに違います。そういうことを知っておられる人に、スピーカーを通じて心地よい音で聴いていただくことがきっかけとなるのではないでしょうか。そして「楽しい音」というのは、聴くと自然に身体が動くような音楽性のある音と考えています。

携帯オーディオはいろいろなところで音楽を聴けて便利であると同時に、イヤホンやヘッドホンで聴くことにも大きなメリットがあると思うのです。つまり、シングルコーンのように音源がひとつであり、いろいろな帯域で音の出るタイミングが揃っているわけですね。そして小さい音源なので、音の出方が軽い。この2つの理由で、「心地よい音」と「楽しい音」の両方が出るのです。

スピーカーを技術的にあまり追求していくと、重い音、楽しくない音になってしまう場合がありますから、そういう意味で今後のオーディオ機器の開発を修正する必要もあります。私は子供のころ、ソニーの「スカイセンサー」というラジオを持っていたのですが、当時はラジオの音でも音楽を楽しめました。また高級機のステレオ・セットでもいい音楽を楽しめました。それはなぜかというと、両方とも「楽しい音」が出ていたからだと思うのです。今後、お客様のそういう体験を増やすことによって、オーディオの市場を大きくしていきたいと思います。

「メディアプレーヤー」で
あらゆるソースに対応する

── オーディオの商品カテゴリーを、どうご覧になりますか。ラジオやレコード、CD、そしてネット経由と、コンテンツを運ぶメディアは多様化していますが、対する機器はそのすべてに対応するという形にまだなっていません。

加藤映像というのは基本的に、「見よう」と思って見るわけですが、音楽はこれを聴きたいという思いで集中して聴く場合と、何かをしながらその楽しみにプラスさせて聴く場合とがあると思います。BGM的に音楽を聴く場合は、ヘッドホンで聴くより、スピーカーから出ている音を聴く方が自然だと思います。また人の要求は無尽蔵であるので、どこでも聴きたい場合は携帯オーディオも活用するということだと思います。

媒体が光学ディスクであろうがネットであろうが、すべてソースだと私は思っております。再生機にCDプレーヤー、DVDプレーヤー、ブルーレイディスクプレーヤーといった名前がついていますが、将来的には「メディアプレーヤー」というひとことに集約できるのではないでしょうか。USB入力しかないものも、CDドライブがあるものも、すべてメディアプレーヤーのひとつであるという形です。

── メディアプレーヤーとは、コンセプトを表していてソニーらしい発想です。CDプレーヤー、ブルーレイディスクプレーヤーという名称では、モノ的な雰囲気があります。

加藤そういう意味では、オーディオを訴求するにあたってはモノでなく、コンセプトを伝えられるキーワードをつくるというようなことをした方がいいかもしれません。今準備中の商品を出す際は、必ずコンセプトをご披露します。

仕事をしていてやはり思うのは、先人がつくった「ウォークマン」のような文化を私も作りたいということです。オーディオ・ビデオ機器の歴史を振り返ると、コンビネーションで個々の機器が1つに集約されてきました。単品コンポしかなかったところにシステムコンポができ、またラジオとカセットが一緒になってラジカセになったように。便利さを追求していくと、全てが1つに取り込まれるという形になっていくのではないでしょうか。

── 必要なメディアに対応したメディアプレーヤーのシステムができれば、市場は広がると思います。今はいろいろなメディアに対応するものがさまざまに散らばっているような状態です。お客様にとっては重要なのはコンテンツであり、ハードがその再生を阻むようであってはなりません。

加藤氏加藤メディアプレーヤーという概念は、PCの中や携帯オーディオの中、そしてCDに入っているコンテンツ、またインターネット上や放送で送られるコンテンツ、そういうものを分け隔てなく楽しめる機器ということです。その媒体が何か、入手する経路が何かということはお客様には関係のないことです。お客様にとってはこの曲を楽しみたい、ということですから、それを実現できる再生機器を出していかないとなりません。

USBにしても、ウォークマンドック、iPodドックといった携帯機器内のコンテンツを楽しめるようなものにしても、すべてを受け入れるような形、そういうメディアプレーヤーが必要ではないでしょうか。ただメディア全部を受け入れるとなると価格が高くなりますので、多様化するとは思いますが。

── 単品コンポーネントについてはいかがですか。

加藤我々はSS-AR1、AR2といったフラグシップの商品を出しています。数を売る商品は価格の制約もあり、最高の技術は入れにくいということがあります。しかし、我々は常に技術開発をしていますから、フラグシップモデルにはその最高の技術をつぎ込んで、必ず出し続けていきます。

単品コンポについては、ラジカセレベル以上のところからマーケットが小さくなっています。スピーカーから出る音の楽しさを今はまだ伝えきれていませんから、これを第一ステップとして何とか広めたいところです。

── スピーカーから出る音ということでは、ホームシアターシステムもお客様に訴える要素のひとつになります。

加藤我々のホームシアターシステムでも、CDを再生したり、コンサートの映像コンテンツを再生したり、またテレビ放送でも音楽コンテンツを楽しむといった機会はたくさんあると思いますし、そこでもスピーカーから出る音はいいものだと感じていただくきっかけになると思います。また家庭内には寝室も、キッチンもあり、そういうところでも音楽を楽しみたいというニーズをつくれば、さらに市場は広がります。ホームシアターも音をもっとよくして、お客様に体験していただき、オーディオシステムも含めて楽しみを訴求していきたいと思っています。

ただし、映画に最適な音と音楽に最適な音というのは若干違うのです。またテレビ放送でも、ニュースなどのような情報を伝達する場合に最適な音と、スポーツを楽しむときや音楽ものを楽しむときなどとは最適な音質が違います。ホームシアターシステムでは、コンテンツに合わせて音質を切り替えるということが必要であり、ソニーの製品ではそこまですでに対応しています。ですから、このことを今後一層アピールしていかなくてはなりません。

けれども、コンサートなどの音楽のコンテンツに関して言うと、テレビであろうが、ホームシアターシステムであろうが、単品コンポであろうが、さきほど申し上げた「心地よい音」「楽しい音」を追求していくという点ではすべて同じです。

楽しみ方の情報も
発信するべき

── AVアンプは日本で市場が広がりにくい状況ですが、いかがお考えでしょうか。

加藤やはりご家庭の奥様方の賛同を得られないというところが原因ではないでしょうか。配線が掃除の邪魔になる、子供がケーブルにつまずきやすいというようなところに課題があると思います。

ソニーのホームシアターシステムでは、ワイヤレスのモデルもありますが、まだ電源コードは残っています。我々も少しずつ近づいてはいるのですが、電源コードをなくすまでには至っていません。技術的課題はまだまだありますが、どこかでブレイクスルーしたいと思います。

また、機器はセッティングがうまくなければ実力を発揮できませんが、一般のお客様でセッティングまできちんとできるという方はなかなかいらっしゃいません。かつては街の電器屋さんがそれをうけ負い、生活空間と理想のセッティングとの折り合いをつけて全部やってくださったものです。スピーカーとそれをドライブするAVアンプはセッティングが困難ですから、販売の仕方まで含め、業界でも解決策を考えるべきかもしれません。

メーカーは、モノをつくって売ったら終わりではなく、こうしたら楽しめますという情報を提供しなければならないと思います。お客様にしてみれば、試聴会で聴いたときにはすばらしい音なのに、自宅に持ち帰って聴いてみるとがっかりした、というのは、非常にまずいことです。こういうところからやり直したいという思いです。

── 商品はハードウェアが半分、実際の使い方が半分ですが、店頭ではハードウェアの部分だけしかお伝えできていないことがままあります。

加藤かつてはそこを販売店様に頼って、メーカーから情報をご提供していました。販売形態が変化する中で、メーカー側がそこをフォローしきれず、最適にセッティングするための情報がお客様に届いていないのが問題だと思います。メーカーからセッティングのお手伝いやモデルを提示するということを、しっかりやっていかなくてはなりません。時間はかかりますが、必ずやりとげたいと思います。

── ビデオ市場についての、今後の見通しはいかがでしょうか。

加藤今の映像コンテンツには、音楽ものが不足していると思っています。映画のコンテンツはかなり出ていますし、新作がパッケージ化されるシステムも確立しています。お客様の立場でいいますと、映画館に行く時間が短縮できるというメリットがあると思います。

音楽のコンサートは場所や料金、さらに上演回数の制約があり、現地へ行った方だけしか見られません。それを映像パッケージにしてもっと多くの何万、何十万という方に楽しんでいただくことは、ソフト業界やアーティスト自身にとっても喜びにつながると思うのです。その一端を我々機器メーカーも担っているわけで、そのためにブルーレイの機器を広めていきたいと思います。

ブルーレイはそういうかたちでまだまだ発展しますし、お客様にとっても喜びを拡げるための楽しみなアイテムだと思います。お客様が体験できる機会を、ぜひご販売店の皆様と一緒にご提供して参りたいと思います。よろしくお願い致します。

◆PROFILE◆

加藤 滋氏 Shigeru Kato
1980年ソニー(株)入社 ベータマックス設計に従事。2000年 BD事業室長、2007年 ビデオ事業部長。2009年6月 ホームエンターテインメント事業本部 第二事業部長。趣味は芸術(音楽、絵画、映画等)の鑑賞。