ソニー(株)
オーディオ事業本部 第1ビジネス部門
部門長

水倉 義博
Yoshihiro Mizukura

コラボレーションを加速し
手軽にいい音を楽しめる
システムを提供していく

液晶テレビ「ブラビア」やBDレコーダーをはじめ、ハイビジョン化をキーワードにヒット商品を連打するソニー。映像だけでなく、今後は音のハイディフィニション化にも重点を置き、「ブラビア」、レコーダー、シアターのコラボレーションで価値創造を進めていくという。ソニーのオーディオ事業の戦略について、同社オーディオ事業本部の水倉氏にお話しを伺った。


たくさんのオーディオファンや
ソニーファンを裏切らないものを
志と魂を持ち続けてつくりあげたい

―― まず最初に、水倉さんのご経歴を紹介していただけますか。

水倉 私は1972年にソニーに入社し、ずっとオーディオに携わっております。最初は製造技術のサポートから入り、設計を担当した後、マレーシアの事業所での設計の立ち上げメンバーとなりました。そして2004年からは、オーディオ事業本部を担当しております。

手掛けた商品は数多くありますが、ビジネスを担当するようになってから最初に任されたのがシステムでした。当時「Pixy」という名で販売し「Pixyの幅があれば生きていける」のフレーズをもうけ、新しい音楽スタイルの提案をいたしました。任された当初から売上げは伸びましたが、ビジネス面では厳しい状況でした。立ち上げのため2年間一生懸命努力したのが一番印象深いことです。

―― 「Pixy」はミニコンよりさらに小さいミニミニコンポというカテゴリーをつくった、エポックメイキングな商品でした。またそれ以前のシステムコンポーネント全盛時代、御社が初めて10万円を切る商品を出して来られたことで、シスコンの市場は一気に拡大したという経緯がありました。

松井 国悦氏

水倉 成功には苦労がありました。Pixyを発売した当時は他メーカーさんの参入もあり、我々は苦しい状況下にありました。そういった中で15歳前後のユーザー層を狙って社内で「イチゴプロジェクト」というプロジェクトを立ち上げ、我々もイチゴのバッジをつけて一丸となって一致団結し頑張ったことを思い出します。

―― 80年代後半、オーディオ全盛の時代ですね。「Pixy」が出てくることによって業界は拡がり、ミニコンポ、ミニミニコンポが主役になりました。

水倉 「Pixy」は、おかげさまで結果的に大ヒットにつながりました。今では考えられないような数量が国内でも販売できました。

音楽を聴く形態や環境は「Pixy」当時とは大きく様変わりし、あの頃のような数量を望むことは難しいでしょうが、多くの方々に満足していただけるヒット商品を提供し続けたいという意思は、「Pixy」時も今も同じ気持ちです。

その後私は、ホームシアターの担当となり、前任の大津から受け継ぎました。これも大変厳しい状況でしたが、こつこつと積み上げてようやくビジネスが見えてきたというところです。

―― ずっとオーディオに携わってこられた水倉さんのお立場から、今の市場の現状と、御社のオーディオ事業の現状についてどうご覧になりますか。

水倉 私もピュアオーディオのファンですが、そのボリュームが昔より小さくなってくるのは事実です。これは日本のみならず世界的な傾向ではありますが、音楽をより良い音で聴きたいというニーズは決してなくなるものではありません。

今世の中を席巻しているのは、ご承知のようにITモバイル系の商品です。何とかオーディオファンを取り戻せないかといつも考えていますが、次の世代である若い人達は圧縮オーディオを聴いている状況です。ある世代までは別にして、若い方々は良い音を聴く環境に巡り会う機会が少ないのではないかと、大変残念に思います。その意味でも、ソニーはピュアオーディオの分野でも皆様にご愛用いただける商品をつくっていきたいと考えています。

ただ、私どものビジネス規模におけるメインストリームはホームシアターです。特にブラウン管から液晶へというテレビの買い替え需要にのって、シアターも一緒に買っていただくというのがひとつの戦略ですが、これが大変大きな功績をあげています。

―― 御社は、フロントサラウンドシアター、コンパクトシアター、ハイクオリティシアター、単コンシアターという重層的な商品構成を採用しています。

水倉 お客様へのホームシアターの提案は、顧客嗜好や楽しむオケージョンによって変わりますし、それに応える必要があります。

ホームシアターシステムをお客様が購入するには、いろいろなハードルがあります。スピーカーがたくさん増えるので置くのに困るのではないか、あるいはケーブルをたくさん引き回すのではないか、と。海外でのホームシアタービジネスとの大きな違いである日本の住宅事情も無視できません。現在国内のホームシアターマーケットは、ラックシアターが中心です。テレビを買われた場合にラックが必要になることから、訴求しやすい商品と言えるかと思います。

―― 国内のホームシアターは、ブームになると言われながら苦戦が続いています。しかし今年の秋葉原電気街振興会の新年会では、小野会長自ら、年末年始商戦でのホームシアター商品の活発な動きに言及しておられました。

水倉 これからはハイディフィニションの画にあった音をつくるということで、ホームシアターの新たな需要が掘り起こせると思います。またラックシアターも当社のラインナップの幅がようやく広がり、これからも期待しています。

―― ホームシアターの海外での状況はいかがでしょうか。

水倉 一番大きな市場はアメリカと欧州でほぼ同じくらいで、アジアが急激に伸びてきている状況です。アジアと言っても中国はまだまだですが、東南アジア、中近東の伸張が目覚しいです。もちろんそれぞれの嗜好に合うよう電源、アンプ、スピーカー、ソフトと全てカスタマイズします。

―― 日本は比較的ヨーロッパと住環境が似ていますから、ヨーロッパでホームシアターが堅調ですと、日本もこれから動きそうな気がします。年末商戦では、テレビ購入者の50%近くがシアターを購入し、しかも大半が同時購入だそうです。薄型テレビが1インチ3000円と言われるレベルまで価格が下がり、32インチで10万円を切ってきて、ここのゾーンが大きく動きました。想像するに、ここのユーザーにとってテレビ購入のために用意していた15万円くらいの予算が余って、それがシアターシステムにまわったのではないかということです。

薄型テレビは従来富裕層から購入されてきましたが、この年末は価格下落によってその他の層が購入してきた。それがシアターに関心を持ちながら、手を出せなかった世代なのではないかとも考えられます。

目的意識を持った若い世代がテレビやシアターを買うようになり、台数的にも拡がります。それはラックシアターだけではなく、AVアンプにも、ブルーレイにも拡がってきているのではないでしょうか。

松井 国悦氏水倉 日本はテレビがお茶の間の中心ですが、大半のお客様はテレビの音でご満足されていて、マニアの方でもない限りなかなかシアターシステムを構築しようということにはなりません。しかしお客様も一度シアターの音を聞けば違いがわかり、薄型テレビの音をもっとよくしたいという思いになるのではないかと期待しています。

店頭でもテレビの音とシアターシステムの音と比較させていただけますと、お客様は違いを理解してシアターシステムの購入につながるケースが多々あります。

―― テレビのボリュームゾーンは32インチのところです。しかしサラウンド用のラックはだいたい40インチ以上のテレビが想定されており、32インチのテレビにとっては大きすぎます。このサイズはさらに薄く、軽くという傾向にあり、壁掛けも視野に入ってきます。そうするとこれからはラックシアターではなく、フロントサラウンドシステムやコンパクトシステムなど、このサイズに合ったシアターシステムがメインとなりそうです。

水倉 音楽を聴く形態としてオーディオファンの方にも、ちゃんとしたスピーカーでしっかり聴きたいという方と、スピーカーは見えないところにあるのがいいというような方がいらっしゃると思います。そういう方向けに我々はIS10というシアターシステムをつくりました。ISというのはインビジブル・スモールという意味であり、ゴルフボールサイズのスピーカーでも迫力あるしっかりした5・1chの音を再生できるよう開発しました。おかげさまでまずアメリカで大ブレイクし、大きなビジネス成果となりました。日本市場でもこれからを期待している商品です。

この商品はミュージックCDについてもしっかりと聴けるようにしようということで、相当音をつくりこみました。2chでの音楽再生であっても、ステレオコンポーネントに負けない音が再生可能です。スピーカーの存在が邪魔だというお客様に対しては、そういう切り口で今後もっとご提案できると思います。

―― シアターシステムに対してはサラウンドということに加え、ピュアオーディオの2ch再生という切り口も訴求できれば、より家庭に入りやすいと思います。ユーザーはいつもテレビを見ているわけではなく、音楽を楽しみたいという欲求もありますから。

水倉 当社ではブラビアを中心にしたホームシアターの提案を展開しており、今後これにさらに注力していきます。例えば海外で成功した要因のひとつとして、今おっしゃった怎~ュージックラバー揩フ顧客の存在があります。

アジアでは映画も見るが音楽も大好きというユーザーが多く、これまでホームシアターが奮わなかったのは音楽再生の欲求を満たす商品がなかったからなのです。「ブラビアシアター」については、徹底的にCD再生をよくしようということで全てを作りかえました。そしてこれを契機に06年から勢いよく売れ出したのです。

―― シアターとピュアオーディオは分けて考えられがちですが、スピーカー、アンプ、プレーヤーという観点で捉えると双方共通するものがあります。いずれも音がよくなければ話になりません。

これまでのユーザーにとっての状況は、商品はいろいろあっても、金額的にも使い勝手についてもしっくりとくる状況ではなかったということです。そういう混沌とした状態が続いていく中で、業界としてはテレビなら40インチクラスを買ってほしいといった思惑がありましたが、ユーザーにとっては32インチで十分という思いがあったのではないでしょうか。

そしてこの年末年始でそこのゾーンが10万円を切ってきたことによって、ホームシアターに関心を持ちながら買うに至らなかったユーザーが動き出した。そしてシアターシステムも、2ch再生を注視した商品の登場がそれに拍車をかけたと思います。この傾向は、恐らく北京五輪の前まで続くのではないでしょうか。

水倉 中国では今テレビが非常に伸びています。フラット化の流れ、五輪が近いということで盛り上がっているのです。ただ、ホームシアターまでは手が届かないというデータがあり、そこまでの要求がないのだと思います。何となく難しそう、面倒くさそう、というところでお客様は購買に踏み切れない。ですからもっとお手軽にいい音を楽しめるというシステムが必要です。これは日本にとっても同じ課題だと思っています。

―― 今後の御社のオーディオ事業の戦略についてお聞かせください。

水倉 12cmのメディアはおそらくBDが中心になり、ソニーにとってはテレビ、オーディオ、ビデオで互いの結束力は強まると思います。ブラビア、BD、シアターというところでのコラボレーションが加速します。国内では、今テレビコマーシャルでもハイビジョンという訴求をやっていますが、画だけでなく音でもハイディフィニションの商品力強化をやっていきたいと思います。ひとつひとつの課題をクリアしながら、分かりやすい商品をつくらなくてはなりません。

お客様の考え方や使用環境により、シアターシステムのカテゴリーは何パターンもあるべきだと思います。フロントサラウンドやワイヤレスシステム、また7・1chのシステムなどです。そういったもの全体を、場面場面で評価する戦略にもっていきたいと思います。

またピュアな2チャンネル商品は、継続して訴求していきます。ソニーはもともとオーディオのメーカーとしての自負があり、音に対しても強い自信を持っています。商品をつくるのは簡単なことではないですが、多くのオーディオファン、ソニーファンを裏切らないものをご提供しなければなりません。志と魂を持ち続け、チャレンジしていきたいと思っています。

―― 今後のご活躍も期待しております。本日はありがとうございました。

◆PROFILE◆

水倉 義博 氏 Yoshihiro Mizukura

福島県出身。1972年ソニー(株)入社後一貫してオーディオ部門に従事。2004年オーディオ事業本部統括部長、2007年4月オーディオ事業本部第一ビジネス部門 部門長。趣味は音楽鑑賞、バイクいじり、模型づくり。