2007年夏にエソテリックが発表したDAコンバーター「D-05」は、“世界初のフル32bit対応DAコンバーター”として、大いに注目を浴び、その類い希な音楽表現力がオーディオファンを魅了し、本機の心臓部に採用された旭化成エレクトロニクス(AKEMD)のフル32bit対応デルタシグマ型DAC「AK4397」とともに、オーディオ銘機賞2008を受賞した。今回はエソテリックのオーディオ製品の開発担当者である加藤氏、並びにオーディオ評論家の藤岡氏にAKEMDのデバイス技術が生んだ「AK4397」の魅力を語っていただいた。
 
 

― 加藤さんは普段、エソテリック製品の「音づくり」にどのようなかたちで関わっていますか。

加藤氏:約8年前からエソテリック製品の開発に携わっており、それ以降の製品では、ほぼすべての製品で音質チューニングの作業に参加しています。 エソテリックの製品開発は、シャーシ(外装)、電気、ファームウェア、メカニズムを担当する4部門に別けられていますが、開発はモデルごとにチームを組んで進められます。私は主に、ファームウェアの設計と音質チューニングを担当しています。

 

(株)ティアック エソテリック カンパニー 開発部 次長
加藤徹也氏
 

― 今のエソテリックのオーディオ製品はどんな「音」を目指しているのでしょうか。

加藤氏:オーディオファンの皆様は、おそらく“エソテリックの音”のイメージというと、「まじめでビシっとしていて、高解像度な音」というイメージをお持ちではないかと思いますが、最近では、従来のサウンドの良さを持ちつつ、音楽の持つ暖かみを表現することや、人間の声がより人間の声らしく自然に表現できるようなサウンドを目指しています。 例えばDAコンバーター「D-05」はその好例で、“音楽”を活き活きと、楽しく聴かせてくれるようなサウンドに仕上がっていると思います。

私個人の好みとしても、最近は、暖かみのある若干ゆるめな音の方が好きですね。この仕事を始めた頃は、ビシっとした輪郭と高解像度なものを“いい音”と感じていましたが、この頃はより自然に出てくる音の方が、より上質なオーディオだと考えています。

― エソテリックというブランドは、立ち上がって間もなくから世界のオーディオファンから絶えず注目を浴びていますが、加藤さんにもその実感はありますか。

加藤氏:エソテリックブランドが本格的に世界展開を始めて、まだ4年目ですが、海外のオーディオショウなどに足を運ぶと、様々なブースでエソテリックのプレーヤーが使われているのを見たり、実際に製品を使っていただいているお客様に声を掛けられたりすると、とても嬉しく思います。 英語は得意ではないのですが…。

また国内においても、イベントに出展者として参加していると、毎年足を運んでくださる来場者の方とコミュニケーションを図れる機会があり、お客様と直に製品のことやオーディオについてお話しができ、大変励みになります。

やはり世界のオーディオファンからご期待いただいている実感はありますし、年月を重ねて良い製品をつくり、ご期待に応え続けることの重要性もかみしめています。

製品紹介
ESOTERIC DAコンバーター
D-05

¥630,000(税込)

上位機「D-01」「D-03」の思想を随所に踏襲したステレオDAコンバーター。L/R独立のDAC基板と共に、電源部やアナログ回路などもL/Rを完全独立させた贅沢なデュアルモノ構造を採用。AKEMDのフル32bit動作デバイス「AK4397」を世界で初めて搭載。i.Linkインターフェースやワードシンク機能も採用している。同時発売のSACD/CDトランスポート「P-05」とベストマッチを図っている。

>>ティアック エソテリック カンパニーの製品情報
AKEMD 32bitオーディオDAC
AK4397


旭化成エレクトロニクス(AKEMD)のハイエンド・オーディオ向けブランド“Audio 4 pro”シリーズにラインナップする32bit演算処理対応のオーディオDAC。PCM/DSD信号の両方の入力に対応している。

>>旭化成エレクトロニクスの製品情報




― 加藤さんが初めて旭化成エレクトロニクス(以下:AKEMD)のオーディオDACと出会ったのはいつ頃ですか。

加藤氏:旭化成エレクトロニクス様がまだ旭化成マイクロシステム(AKM)だった頃、オーディオDAC「AK4397」をご紹介いただいて、DAコンバーター「D-05」に採用したことが最初の出会いでした。 エソテリックを担当する前に担当していた業務用オーディオのタスカムブランドの製品では、AKEMDのデバイスをずっと使っておりますし、特にADコンバーターといえばAKEMDの性能が世界一であり、商品のラインナップが広く、コストパフォーマンスも高いブランドというイメージを持っていました。 ハイエンド・オーディオ向けの“Audio 4 Pro”シリーズのDACを、エソテリックの製品に使うことになったきっかけは「AK4397」でした。

― その時、加藤さんは「AK4397」のどこに注目されましたか。


  インタビューは加藤氏が普段エソテリック製品の音質テストを行っている同社試聴室で行った  

加藤氏:当初にAKEMDのエンジニアの方にお持ちいただいた時には、まだセラミックでできたICの試作品という状態でした。本当はその時にAKEMDの方は、DACの前モデル「AK4396」のアピールのためにいらしたのですが…。営業マンの方の思惑とは裏腹に、私の興味は“世界初の32bit DAC” である「AK4397」のみに注がれていきました。 「最高のスペックを目指して、世界初のものをつくってしまった!」という、AKEMDの情熱に感激させられました。 技術者として「世界初」という響きには、非常に心が動かされます。 だから私たちも、「世界で一番最初に搭載した製品を作ります!」と、「AK4397」の採用を決定しました。 それはちょうど今から2年前の夏頃で、「D-05」の商品化のスケジュールにぴったりはまったということもありました。

― その当時はAKEMDのブランドや「AK4397」にどんなイメージを持っていましたか。

加藤氏:当時「AKEMDのデバイス=高級オーディオ」という直結したブランドイメージはありませんでしたが、当社はデバイスのブランドイメージだけでハードの魅力としてアピールできるのは中級のセットまでと考えています。ハイエンドの場合には、デバイスのブランドだけでは話にならず、本当に「良いデバイス」であることと、その良さを引き出す設計を自分たちができて初めて製品レベルとなると考えています。そういう意味でも、試作の段階からその素性を知っている「AK4397」は、ベストな選択と考え、「D-05」に搭載することに迷いはありませんでした。

― DACの音質はブランドごとに違ってくるものなのでしょうか。

加藤氏:かなり違っています。ブランドだけでなく、チップの種類ごとに大きく変わってくるものです。 チップメーカーのどの人が設計したかによって音質は異なるようですね。 だから、ハイエンドオーディオで定評のあるブランドの最上級のデバイスであっても、その音色に心を動かすものが感じられなかったら、エソテリックでは使いません。

― AKEMDのオーディオ、またはエンジニアの方にはどんな印象を持たれましたか。

加藤氏:すごくまじめで、きちんとオーディオを追求している方々という印象を受けました。彼らとコミュニケーションを取る中で、自分たちと同じように音質という、尺度の難しいものを探求している人間同士だから共有できるレスポンスや想いを得ることができました。例えばこちらがある音質を実現したいがために、彼らにリクエストした時には「今回はICのここの材質を2種類変えてみた」といった提案をいただたり、ICの中身での音質を考慮した設計について、図面を見ながら解説していただいたり、音質に対する取り組みは、非常に心強く感じました。

ICを選定する上で、DACであれば「SN比」や「歪み」のスペックが大事な判断基準になってきますが、当然AKEMDのエンジニアの方は「そこは一番を目指します」と、強い意気込みを示して下さいました。でも、私がそれ以上にAKEMDの取り組みに対して、グっと気持ちが入ってしまったのは、ICの良さを私たちカスタマーにより深くわかってもらえるよう、ICそのものだけでなく「評価ボード」の製作にも力を入れられている姿勢でした。当時サンプルで「AK4397」をお持ちいただいた時にも、性能という意味ではなく、「音質」という意味で、既に評価ボードが「Ver.3」ぐらいまでバージョンアップされていたのには驚かされました。 通常のICメーカーさんだと性能がOKとなったところで、評価ボードの作成は終了となると思います。それはまさに私たちが普段の“ものづくり”で大切にしているアプローチに相通じるものであり、エソテリックの最初の試作機を見ているようでした。このような、ICメーカーを超えるような彼らのマインドに触れて心が動かされ、「彼らは音質を追及していく仲間だ、同志だ」という気持ちが強くなりました。

それから、エソテリックでは、“日本製”ということにもこだわっています。 部品の製作から製品の組立まで、可能な限り日本で行っており、それをひとつの誇りにもしています。 昨今では、電気部品を考えると日本製の部品だけで製品をつくることは、不可能ですが、D/Aコンバーターの心臓部にあたるチップにAKEMDの日本製のデバイスを使えたことも、このコンセプトにぴたりとはまった部分でした。

― 「AK4397」の評価ボードを聴いた時の印象はいかがでしたか。

加藤氏:音が鳴っている所と、無音で静かな所とのダイナミックレンジの広さに他のDACとは違ったすごさを感じました。 評価ボードにおいて、ここまで優れた素性を持っているデバイスならば、あとで私たちがどのようなアプローチで音質を追い込んでも良い音質になるという確信に近い期待がそこで持て、早く試作機を作り、その音質を聴きたいと思ったのを覚えています。



― DAコンバーター「D-05」はどんなコンセプトで開発されてきたのでしょうか。


L/R各チャンネルに独立配置されている「D-05」DAコンバーター基板部。写真左側を見ると「AK4397」がセットされているのがわかるだろうか(写真は拡大します)

加藤氏:上位機種の「01」「03」シリーズに続く、エソテリックのセパレートシリーズの主力機種として、これまでの上位機種の開発で得られたノウハウを総動員して開発されたのが「05」シリーズです。 トランスポートとDAコンバーターをセパレートで使う音質にこだわった方に満足いただけるよう、こだわりを持って仕上げたモデルです。 例えば内部の構造をご覧いただくと、中央を境にシンメトリーなレイアウトとし、「AK4397」を左右に1基ずつ搭載するとともに、電源トランスまで2つに分けてL/Rのセパレーション向上を図るなど、「そこまでやるか」と言われそうなくらいに、コンセプトを貫いた内部構成となっています。

― 「AK4397」を評価ボードで聴いた時と「D-05」のセットに組み込んだ時とで、音の印象に違いはありましたか。

加藤氏:「D-05」では、「人の声が人の声らしく聴こえて、暖かみのあるサウンド」を求めて開発してきましたので、例えば抵抗には柔らかくて暖かい音が得られるパーツを使うなど、各回路部分の部品選びや、PCB内での部品配置にもこだわりながらセットの音を追い込んで行きました。

「AK4397」を評価ボードで聴いた時は、セラミックケースに入った試作チップでしたので、“ちょっと硬め”の音色で、凛としたサウンドという印象を持ちました。これが最終のパッケージとして仕上がったものを聴いた時には、凛とした上に暖かみが加わっていました。自分たちが目指した方向にまさにあった音だと感じました。「AK4397」を乗せた「D-05」は、従来のエソテリックのサウンドをご存じの方が聴けば、「こういう音も出せるの」と言っていただけるような、新たらしいエソテリックサウンドの魅力を感じていただけるDAコンバーターに仕上がっていると思います。

― 「AK4397」の魅力を発見する機会はあったのでしょうか。

加藤氏:今回のD-05の場合はDAコンバーターの基板を大きくいじって、音をチューニングする必要がほとんどありませんでした。チューニングを重ねていく段階で、こちらがやればやったなりに音が素直に変化していき、イメージどおりの音質チューニングができました。「AK4397」自体がしっかりした音質で完成度も高かったので、セットとしての音づくりはDAC部分の良さをどのように活かしていくかを念頭において行いました。

― 発売後の「D-05」の評価はいかがですか。


AKEMDの32bit対応DACの性能を活かして「次は一体型プレーヤーにもチャレンジしたい」と語る加藤氏

加藤氏:「エソテリックはこういう感じの音も出せるんだ」という、良い意味の“驚き”を多くの方々に感じてもらえたようです。「P-05」とペアで買っていただいたお客様からは「一生大事にします」というメッセージをいただきました。

またD-05をプリアンプなしにパワーアンプと直結し、プリアンプでは得られなかった、そのストレートなサウンドクオリティーに驚いたというぐらい、ボリューム機能を高く評価していただくご意見もいただきました。

これは、AKEMDのDACに搭載されたデジタルのアッテネーターを利用したボリューム機能です。 通常の24bit DACに内蔵のアッテネーター機能を利用すると、「ビット落ち」を指摘されることがありました。 しかし32bitの演算精度と32bitの表現力を持つ「AK4397」を使うと、ボリュームの実用領域で、しっかりと24bit以上のデータが確保でき、「ビット落ち」による音質劣化を気にせずに積極的にデジタルアッテネーターを使えるメリットが得られます。また今回「05」シリーズをお買い求めいただけなかったお客様の中からは、「32bitを積んだ一体型プレーヤーを早くつくって欲しい」というご意見も多くいただいています。

― 今後エソテリックではどんな新製品を計画していますか。AKEMDのDACをニューモデルに採り入れていく計画はあるのでしょうか。

加藤氏:オーディオプレーヤーやDAコンバーターについては、一通り製品ラインナップが完成したと思いますので、昨年あたりからはアンプの開発に力を入れています。ブランドを立ち上げて以降、音の入口のプレーヤーから音の出口のスピーカーまでエソテリックで完結させるという戦略の下に開発を進めてきましたが、このほどようやくアンプとスピーカーも揃え、全ての流れがエソテリック単一で完結できるようになりました。これからはアンプの実力を高めていきたいと考えています。

また多くのお客様からのご意見に応えられるようにAKEMDの32bit DACを一体型プレーヤーに搭載したいですね。 もちろん一体型以外にも、32bit DACへの期待は高く、現在いろいろな商品企画を練っています。 今後も「32bit」という素晴らしい性能を活かせるコンポーネントを提案して行きたいと考えています。




「AK4397を使いたいけれど、価格が高くてコストに制限が設定されている製品には採用できないというのが本音です。様々なスペックを検討すると、個人的には本当に使ってみたい。現在、当社のデジタルプレーヤーは完全にマニアを対象とした製品はありませんが、企画は持っています。エソテリックさんのD-05を研究用に購入してポテンシャルをチェックしていますが、非常に優れたデータを得ております。もしも、私どもが採用するとすれば、当社なりの使いこなしでアプローチしてみようと思っています。」と某社のデジタルオーディオ・プレーヤー担当技術者は語る。「国内外他社製品とエレクトロニクスの面で差別化を明確化させる意味からも、AK4397の採用はポイントになるのではないか、と思いますが…。」と私。


32bit対応の「AK4397」と、24bitのDACでアウトプットFFTを測定。AK4397は146dBのデータにも対応できる優れた表現能力を備えていることがわかる(図は拡大します)

現実に国内外のデジタルオーディオ・プレーヤーのDAコンバーターは、周知の通り限られたメーカー製に席巻されている。特に海外オーディオメーカーのプレーヤーはその傾向が顕著である。従って、使いこなし方に微妙な差はあるにせよ、根本的なD/Aコンバージョンの差別化はない。私はこの事実現実が長く続けられていることが不思議でならなかった。エソテリックがDAコンバーター「D-05」に“AK4397”というLSIを採用した時点で、これからの高級型プレーヤーの流れに変化が現れるような予感を持った。

ちなみにAK4397はΔΣ変調器にオリジナルで最新のマルチbit方式を用い、従来からのシングルbit方式の低歪率特性と相まって、広大なダイナミックレンジを確保できるPCM/DSD入力対応の32Bit・DACである。そのアーキテクチャーは、画期的な32bitや低消費電力もさることながら、ハイエンドオーディオの真髄に触れるものがあり、デジタルとアナログの融合の頂点に、さらに一歩近づくことが可能となる。冒頭に書いたように、オーディオメーカー技術者の注目度も最近は高まりを見せており、今後、高級デジタルオーディオ・プレーヤーのキャッチフレーズとして、誇らしく「DACは旭化成エレクトロニクス“Audio 4 pro AK4397”を採用」と書かれる製品が国内外で増加するかもしれない。

執筆者プロフィール
藤岡 誠 Makoto Fujioka


大学在学中からオーディオ専門誌への執筆をはじめ、40年を越える執筆歴を持つ大ベテラン。低周波から高周波まで、管球アンプからデジタルまで、まさに博覧強記。海外のオーディオショーに毎年足を運び、最新情報をいち早く集めるオーディオ界の「百科事典」的存在。


>>藤岡誠氏のレビュー:「AK4397」の魅力を探る


 

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旭化成エレクトロニクス(株)

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