いかにしてテクニクスを復活させたのか?

【書評】「音の記憶 技術と心をつなげる」(小川理子・著)− 技術と感性、人と人。音楽がつないだテクニクス復活の軌跡

山之内 正
2017年05月01日
パナソニック役員でテクニクス事業推進室長を務める小川理子氏が、著書「音の記憶 技術と心をつなげる」(Amazon)を上梓し、業界内外で話題を呼んでいる。

「音の記憶 技術と心をつなげる」小川理子・著 文藝春秋刊  価格1,350円(税抜)

自身の松下電器産業(当時)への入社からテクニクス復活への道程、そして次世代へのメッセージを綴った手記である。

松下電器の音響研究所に配属され、様々な技術・商品を開発するもプロジェクトは解散。失意の中で始めたジャズ・ピアノで世界的な評価を受けプロデビューのオファーも届くなか、日本に残る決断を下した小川氏は、いかにしてテクニクスを復活させたのか? 全14章・232ページでその道程が綴られている。




テクニクスのブランド復活に至るまで活発な議論や入念な準備が行われていたことは想像に難くないが、実際の復活プロジェクトは予想以上に紆余曲折を伴うものであった。復活を牽引した小川理子氏の証言によってその内実が本書後半で明かされるが、実は復活ミッションに関わるまでにパナソニック社内で小川氏自身が辿ってきた道のり自体が平坦の対極というべきもので、その体験と葛藤が読者を引き付けてやまない。
 
音響研究所に配属された小川氏が最初に取り組んだ新発想のスピーカー群は高い評価を獲得したが、オーディオを取り巻く環境が激変するなか、やがて研究所は解散に追い込まれる。企業の都合も加わって降り掛かった思いがけぬ変化だったが、それを機に幼少から続けてきたピアノ演奏に熱中し、会社生活のかたわらジャズピアニストとして充実した時間を過ごす。転機を好機としてとらえてプラスに転じることに成功したのだ。

その後もインターネット関連事業、メセナ活動と立場を変えながら、いずれも企業中枢で重要な役割を演じ、企業人とピアニストという対照的な立場を同時にこなし続ける。けっして容易なことではないが、それを支えたのが音楽への情熱だったと小川氏は振り返る。
 
音楽はさまざまなつながりを生む。いったん終演を迎えたテクニクスをもう一度立ち上げたいという思いがエンジニアたちから静かに湧き上がり、上層部の判断でブランドのリブートが決まったとき、プロジェクトのまとめ役として小川氏に白羽の矢が立った。技術と感性をつなぐことが不可欠な音響メーカーの環境で重要な役割を担うには、音楽とテクノロジーの両方に精通した同氏が適任であることは疑いようがない。
 
小川氏は「音楽の再発見」をキーワードにブランドの哲学を再定義し、音楽とのつながりを重視する製品開発に舵を切る。短い準備期間のなか新製品開発に取り組む過程で小川氏は感性と技術の間の橋渡し役に徹し、鍛え上げられた耳と感性で技術者とともに製品の音を追い込んでいく。2014年夏、ベルリンでの復活宣言を目前に控えた最後の追い込みは過酷なものだったが、そこでもまた音楽への情熱が全員の集中力を高め、技術と感性の融合がついに実を結ぶ。
 
幼少時の音の記憶を通奏低音に音楽への情熱を刺激し続けたことが、重要なオーディオブランドの復活に強力な触媒として作用する。企業の責任や社会性を強く意識しながら、音楽を通して個人のアイデンティティの確立を探る。もちろん簡単なことではないが、熱意を失わず前に進む姿は強い共感を生むはずだ。      


山之内 正
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在もアマチュアオーケストラに所属し、定期演奏会も開催する。また年に数回、オペラ鑑賞のためドイツ、オーストリアへ渡航。趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。