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【特別企画】

パイオニア特別DSDディスク制作の裏側(後編)− 完成ディスクを最新システムで試聴

公開日 2012/12/28 18:25 取材・執筆/岩井 喬
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前編では中島ノブユキさんによるピアノ・ソロ・インプロビゼーション作品が出来上がるまでのレポートをお届けしたが、今回はその出来上がったばかりの特別DSDディスクをパイオニア製品で試聴を行い、サウンドインプレッションをまとめてみることにした。使用した製品は、DSD対応SACDプレーヤー「PD-70」、プリメインアンプ「A-70」、スピーカー「S-81」の組み合わせである。

「PD-70」「A-70」「S-81」を使って試聴した

この『中島ノブユキ・インプロビゼーション・コレクション』には10曲が収録されており、ベヒシュタインとスタインウェイ(プリペアード・ピアノ)で録音されたものがそれぞれ5曲ずつという構成だ。ベヒシュタインで収録された楽曲のうち「BECHSTEIN no.1」「BECHSTEIN no.2」「BECHSTEIN no.4」は本作で初めて耳にできるインプロビゼーション作品で、「BECHSTEIN no.3 - Undeliverted Prayer - 」「BECHSTEIN no.5 - Confession of Summer - 」については中島さんのオリジナル曲「届けられない祈り」「夏の懺悔」からの引用となる。これは“インプロビゼーションをより際立たせるための効果も狙った”という中島さん自身のアイデアだ。

プリペアード・ピアノの作品では「STEINWAY prepared no.1」「STEINWAY prepared no.4」までが組曲的な流れで、最後の「STEINWAY prepared no.5」はオフマイクの音を多めにミックスした小曲となる。

まず試聴するシステムの音質傾向についても触れておこう。パイオニアのピュアオーディオ・ラインナップでは最上位となるデジタルプリメインアンプ「A-70」、DSDディスク再生も可能なSACDプレーヤーの最上級機「PD-70」の効果もあり、解像度が保たれS/Nの高いソリッドなサウンドを構成している。さらに「S-81」ではフェイズコントロールや同軸ユニットなどの効果によって正確に位相を表現し、自然な音場を展開。加えて100kHzまでの再生帯域を確保したリッフェル型スーパートゥイーターによってDSD音源に含まれる高周波成分も余すことなく再現できる。低域は適度に引き締まり、全体的に粒の細かい爽やかな音場空間を描き出してくれる。DSD音源ではストレス感なくすっきりと音を浮かび上がらせる立体的なサウンド傾向を持っているといえよう。

まずはベヒシュタインの楽曲から聴いてみよう。戦前に作られたベヒシュタインの独特な深みのあるサウンドは倍音成分の響きが強く、低域弦のリリースもふくよかに共鳴している。現代のピアノのようにスパンと鮮やかでハードな高域弦のタッチは影をひそめ、耳当たり良いマイルドなアタック感を堪能できるサウンドが特長といえるだろう。1曲目となる「BECHSTEIN no.1」では前編でも語られた、インプロビゼーションに至る過程を感じ取れるイントロ部が収録された楽曲だ。特に6分くらいから最後にかけて低域弦の複雑に絡み合うハーモニクスは迫力がある。ホールのわずかなノイズや演奏のタッチの音もリアルに感じ取れ、優しげな高域の倍音感が豊潤でありながらも爽やかに耳元へと届く。


次の「BECHSTEIN no.2」では物静かなタッチで高域弦を中心にまとめた構成の一曲だ。アタック音の後に続く余韻はチェンバロなどの原始的なピアノにも通じる深みのある音色を感じさせる。透明なリリースは階調が細かく、DSDならではの微細音の再現性の高さを実感。倍音の重なりが厚く、優しげな響きに包まれていく。

「BECHSTEIN no.3-Undeliverted Prayer-」でも高域弦の軽やかなタッチによる温かみのある音色を感じられるが、低域弦の落ち着いた響きを含め、リラックスして演奏している中島さんの姿が目に浮かんでくるようだ。

続く4曲目からはプリペアード・ピアノの楽曲へと移り変わる。「STEINWAY prepared no.1」はミュートのかかったかわいらしいタッチで、トイピアノのような響きだ。スタインウェイで弾いているということよりも一般的なピアノとは違う毛色の音を感じさせることで、聴く者を一層インプロビゼーションの深い世界までいざなってくれるキッカケとなる小曲だ。プリペアード・ピアノは一つの鍵盤の音を構成する3本の弦の間にネジや木片、フェルトなどを挟み込みミュートさせたり、独特な響きを付加させる手法だが、本作のようにすべての鍵盤に対して施すわけではない。それは次の「STEINWAY prepared no.2」の冒頭でお分かりいただけるはずだ。空間のざわつき感もリアルで、スタインウェイの硬質でクリアな響きの持つ現代的な音色から急激にガムランのような複雑な響きを持つ演奏へと切り替わりハッとさせられる。


「STEINWAY prepared no.3」の詰まるようにミュートのかかる感触は異様な雰囲気を持っており、包み込むような独特な低域の響きと相まって深遠な世界を作り出している。7曲目の「STEINWAY prepared no.4」では出だしからガムランのような民族楽器風の響きが展開し、一瞬スタインウェイの演奏であることを忘れてしまう。鮮やかなハイノートで良く知るスタインウェイの近代的なタッチへと音も変化していくが、ペダルや鍵盤のあたる音が幻想的なプリペアード・ピアノの世界とは一線を画したリアルさを生む。


「BECHSTEIN no.4」では再びベヒシュタインの演奏に戻るが、柔らかく広がり豊かな倍音の響きがリッチで、堂々とした低域の鳴りは安定感がある。ピアノ本体の共鳴の音に深みがあり、何度聴いても飽きのこない複雑な響きを生む。まるで響板に頭を入れているように厚みのある響きに包まれていく。

「BECHSTEIN no.5 - Confession of Summer - 」は爽やかに広がる優しげなリリースの響きが柔らかくもあり儚い、複雑な表情を作り出す。ベヒシュタインならではのふくよかな音色がぴったりとはまる一曲でもある。高域の丸みが暖かさやぬくもりを感じさせ、リラックスして聴くことができた。クリアなタッチは聴きやすく、メロディラインがストレートに胸に迫ってくる。

最後の「STEINWAY prepared no.5」はプリペアード・ピアノの不協和音の深い響きが遠くから聴こえ、広がりある音場の空気感をダイレクトに聴きとれた。ホールの豊かな残響感とピアノ本体から発せられるアタック音がリアルな距離を感じさせる。DSDでなければ出せない上方向への音抜けも自然だ。オンマイクとオフマイクの音色の差がどのようなものであるかもこの曲のサウンドで理解できるのではないだろうか。

今回、「PD-70」を筆頭としたパイオニアのシステムで試聴を行ったが、「音響ハウス」マスタリングルームのシステム(「JBL 4338」「ゴールドムンド MIMESIS 28 M」)と比べると硬質な響きが強くなるものの、立体的な厚みのあるベヒシュタインの響きと、複雑な表情を見せる近代的なプリペアード・スタインウェイの音色の差は的確に描き分けていた。



一般的な音源においてもこれほど古い年代のベヒシュタインを聴けるものは希少であり、その音色を独占できるピアノソロアルバムとしても、本作を聴く価値はある。このピアノが持つ豊かな倍音の響きは、DSDのように階調再現性の高いフォーマットでないと正確には表現できないのではないだろうか。しかも同一のホールで演奏されたプリペアード・ピアノとの音色差も、DSDならではの高密度で滑らかなサウンドで堪能できる。

『中島ノブユキ・インプロビゼーション・コレクション』は、“普段聴きのアルバム”として楽しむだけではなく、システムやオーディオルームの音をチェックする一つの“リファレンス”としても活用できるソフトとなるはずだ。ぜひパイオニアのDSD対応SACDプレーヤーを購入し、この特別なDSDディスクを手に入れて音を味わってみていただきたい。

(岩井 喬)

(Photo:小原啓樹)

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