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【今回のコラムニスト】
石原 俊  
Shun Ishihara

慶応義塾大学法学部政治学科卒業。音楽評論とオーディオ評論の二つの顔を持ち、オーディオやカメラなどのメカニズムにも造形が深い。著書に『いい音が聴きたい - 実用以上マニア未満のオーディオ入門』 (岩波アクティブ新書)などがある。

パイオニアは、スピーカーシステムの根幹を構成するドライバーユニットの作り手として出発した企業である。その歴史は古く、創業は1937年に遡る。同社の技術力と発想力は当初から高く、物資の少ない戦前に製造された製品ですら、なかなか立派なものであった。戦後は本格のドライバーユニットを製造し、往時の自作ファンの期待に応えた。そのラインナップは壮大で、超大口径のウーファーから超高域をカバーするトゥイーターまで用意されていたように記憶している。

しかしながら、私がオーディオにのめりこんだ1970年代において、スピーカーシステムの自作は過去のものになりつつあった。自作に取り組む人がいなくなったわけではなかったが、私個人としては海外のハイセンスな完成品を手に入れ、それを使いこなすことのほうに興味があった。いっぽうパイオニアは総合オーディオメーカーへと成長を遂げていた。トリオ(現ケンウッド)、サンスイとともに「オーディオ御三家」と称されていたが、その技術力は他社を圧していた。また、その音質は中立的で、品が良く、正統派のオーディオ思想を感じさせるものがあった。しかしながら、もっと個性の強いメーカーにシンパシーを感じていた青二才の私は、パイオニアの製品に強い興味を抱かなかった。

私が気合いを入れてパイオニアの製品と付き合うようになったのは、1990年代初頭のことである。LDプレーヤーのHLD-X0。パイオニアはオーディオメーカーから総合エレクトロニクスメーカーに成長しており、そのメインフィールドは映像の世界に移行していた。当時の私はスクリーンと三管式プロジェクターによる大画面に取り組んでおり、LD時代の末期に出現したこのプレーヤーによって、大げさな言い方をすれば、オーディオとビジュアルの両面で蒙を啓かされたのだった。映像の面では、デジタル映像にも空気感というものがあることを初めて知った。525本の走査線によって構成されるNTSC方式の動画は、どう頑張っても輪郭感を軽減させるのがせいぜいで、細かい粒子で構成されるフィルム映像のような空気の揺らぎはとても感じられないと思っていたのだが、HLD-X0の画はそうではなかった。そのころ好んで観ていた小津安二郎や黒沢明のモノクローム作品から、映画全盛時代の濃厚な気配が漂ってくるのだ。ホームシアターは映画館を超える存在になる、と私は確信した。音の面では中庸の美徳に開眼させられた。それまでの私はクセの強いCDプレーヤーやアナログプレーヤーを好んでいたが、このモデルの音に親しむうちに、ニュートラルな音質がいかに大切かに気がついたのである。

石原氏所有の「HLD-X0」。銘機と名高いLDプレーヤーだ。石原氏のシアターでは既に現役で稼働はしていないものの、思い入れのある製品ということもあって今でも大切に所有しているのだという。

 

そして昨年、私はスクリーンと三管式プロジェクターを自室の天井から取り去った。パイオニアのディスプレイ、KRP-600Mを導入したからである。このモデルの映像には、投射方式の大画面とはまた別の味わいがある。慎重に調整したピュアオーディオシステムとこのディスプレイを組み合わせると、従来のホームシアターでは得られない空気感が得られるのだ。映画の表現もすばらしく、フィルムではまず再生不可能な精密感や実体感が享受できる。そしてゴルフの中継番組などでは、実際にゴルフ場で観戦するよりもよほど臨場感があるとすら言える。デジタル映像もここまできたか……。オーディオだけではなくビジュアルにも取り組んで良かったな、と、パイオニア製品に触れることでしみじみと思う。

このたび購入したというプラズマモニターディスプレイ「KRP-600M」。石原氏の視聴室中央に鎮座している

それとほぼ時を同じくして、S-1EXを頂点とする現在のパイオニアのスピーカーシステムのラインナップと接する機会を得た。パイオニアはスピーカー屋さんだったんだな、と改めて思った。ドライバーユニットも、ネットワークも、エンクロージュアも、トータルチューニングも、物理学的に正しく、オーディオの経験則的に正しく、すみずみまで神経が行き届いている。しかもハイセンスなのだ。かつて、日本製のスピーカーはハイスペックだが、実際に音楽を聴くといまひとつおもしろくない、という定説のようなものがあった。しかし、現在のパイオニアのスピーカーは恐るべき物理的性能と、ヨーロッパの製品を凌駕するほどの音楽的センスを併せ持っている。S-1EXの音楽的性能は、現実的な価格帯の製品群において、世界のトップ5に入るのではないだろうか。

今後のパイオニアにはピュアオーディオ用のハイエンド・アンプを作っていただきたい、というのが個人的な願いである。同社のAVアンプに投入された技術力をピュアオーディオに転用すれば、文字通り、世界一の製品が誕生するであろう。しかも欧米のハイエンドメーカーが卒倒しそうなほどの小さな数値のプライスタグをつけられて。もしもそんな夢が実現したら、オーディオの世界はもっとエキサイティングになるにちがいない。私はパイオニアの将来に大いに期待している。