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話題のソフトを“Wooo”で観る − 第12回『スパイダーマン3』 (Blu-ray Disc)

公開日 2007/11/05 18:06
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この連載「話題のソフトを“Wooo”で観る」では、AV評論家・大橋伸太郎氏が旬のソフトの見どころや内容をご紹介するとともに、“Wooo”薄型テレビで視聴した際の映像調整のコツなどについてもお伝えします。

●人間の原初的願望と格差社会をシニカルに描いた娯楽映画

子供時代から繰り返し見る夢があった。一つは、寝入りばなに見る夢で、布団に横になったままふわりと宙に浮き、体が透明になって家の天井と屋根をするりと通り抜け、夜の底に眠る庭木や隣家を見下ろしながら上昇を続け、暗い夜空の奥へいつしか吸い寄せられていくのである。

もう一つは、筆者が幼児の頃を過ごしたオリンピック前の東京のたぶん日本橋や銀座、新宿の奇妙に人影の絶えた午後の目抜き通りを、風船のように飛んでいく夢である。都会育ちの子供は皆そんな夢を見るのだろうか。ビルの谷間をふわふわと飛んでいると気持ちがいいのだが、急に浮力を失って、決して行ってはならない魔物が住んでいる方角や、ビルの暗がりの恐ろしい場所に不時着しそうになって、汗をかいて夜更けに目を覚ますのである。

大人になってそうした夢は見なくなったが、最初の夢についてはその理由がだんだんわかってきた。筆者の両親はあまり子供を可愛がらない人達だった。叔父の“証言”によると、母は赤ん坊の私を放り出して夜、父としばしば遊びに出かけたらしく、赤ん坊の私はもっと親に抱いてほしかったのである。三つ子の魂というやつで、充たされなかった願望が夢に姿を変えて少年時代の私の精神を覆っていたのである。

自分もオヤジになり、我が身に起きたことをゆめゆめ繰り返してはならない。しかし、子供は小学六年生だから抱くわけに行かず、飼い犬のトイプードル(一歳半)は軽いから、毎日暇さえあるとそいつがうなされないように、赤ん坊をあやすように腕に抱いて、歌を口ずさみながら揺すってやる。

空を飛ぶ夢ならきっと誰でも見るのだろう。一昔前の心理学の本には、女性が空を飛ぶ夢を見るのは男性になりたい願望の現われと書いてあったが、社会進出を果たして現代の女性はもう空を飛ぶ夢を見ないのだろうか。そんなことはあるまい。「飛ぶ」ことは、人間にとって永遠、普遍の欲望のはずだ。

映画『スパイダーマン』には、筆者が夢に見た光景がある。というより、人間が民族共通で持っている願望をCGのリアルでファンタスティックな映像で描いた映画である。映画館とホームシアターの大画面でこれだけ輝く効果的なビジュアルはない。事実そのSFXはきわめて非凡である。しかし、『スパイダーマン』が成功したのはそれだけではない。非凡な映像と表裏一体をなす良く出来たドラマ部分あってのことである。その一貫したテーマは「凡」なる世界である。

第一作が公開された時、ある雑誌に映画評論家のおすぎが「ヒロインがあまりにブス」といかにも女性(?)らしい辛らつな批評を書いていた。早速映画館で見た筆者も、M.J.役の女優が『インタビュー・ウィズ・バンパイア』の名子役であることを後から知った。しかし、見終わって思い直したのである。「これで正しいのだ」と。

性悪な経営者に“当て逃げ”されて虫の息だったソニー・ピクチャーズは『M:I:B』のヒットで息を吹き返し、『ワイルドウエスト』と『マスク・オブ・ゾロ』がそれに続き、『スパイダーマン』の決定的な世界的ヒットでトップスタジオにみごと返り咲いた。シリーズ化に至ることが他社に比べて少ないソニー・ピクチャーズの作品の中で、『スパイダーマン』はトビー・マクガイアとキルスティン・ダンストの不動の主演コンビですでに第三作まで作られた。

「平凡」を演じることは役者にとって大事な基本でもある。『シービスケット』や『マリー・アントワネット』など他作品からも順調なキャリアアップが伺え、俳優として侮りがたい実力の二人であるが、第一作のキャスティングが正しかったことがわかるのである。「凡なる世界」を立脚点に、あまりパッとしないガリ勉タイプの努力型秀才が、突然変異したクモに噛まれただけで超能力を身に付けてしまうストーリーの本作は、能天気なヒーロー映画ではなく最初から超人願望をカリカチュアライズした、かなりシニカルな作品である。そこに登場する「憧れの君」は輝けるハリウッド・ビューティではダメなのである。

『スパイダーマン』シリーズは「格差社会」を題材にした娯楽映画でもあるが、それについては『AVレビュー』12月号の「今月のハイクオリティソフト」に書いたからここではそちらを読んでほしい。今回テーマとする『スパイダーマン3』は、キッチュな宇宙生物に祟られてスパイダーマンがダークサイドに落ちる。しかしそれも、『スター・ウォーズ』のアナキン・スカイウォーカーが、精神文明の古層に潜む暗部に魅入られて蛮族を虐殺する、荘重でファナティックなダークサイドと違い、凡人の心に取り付く、自惚れ、傲慢、憎悪、欲望といったケチな分、始末の悪い「小悪徳」である。小市民スパイダーマンの方が小心な分だけ軽罪ですむというわけだ。能天気なヒーロー映画と考えられている『スパイダーマン』シリーズは、実は超人願望をシニカルにカリカチュアライズした、なかなか食えない映画なのである。

●『スパイダーマン3』を日立P50-XR01で見る

この度、ソニー・ピクチャーズエンターテインメントから2002年の第一作から今年(2007年)公開の最新作まで、一挙に三部作がブルーレイで同時に発売された。今回も筆者2階仕事場の、日立の50V型フルハイビジョン・プラズマテレビ「P50-XR01」で全三作を視聴した。プレーヤーはソニーPS3である。

BD「スパイダーマン トリロジーボックス」 BP-394 ¥12,800(税込)

ボックスの内容

エンコード方式は全作ともMPEG4 AVCで非常に良好、ハリウッドの娯楽大作の五年間の画質の変遷という点からもこのシリーズをP50-XR01で見るのは大変に面白い。第一作(これのみビスタ 1.85:1)は、基本的に娯楽作品らしく明るいトーンだが、どっしりとした濃厚なフィルムトーンでやや重い階調が、5年というスパンの大きさを伝える。第一作の成功を受けて2004年に公開されたシネスコ(2.40:1)の第二作は、映像が一気にスケールアップした。現代的にハイコントラストだが情報量が多く、フィルムの自然なトーンと両立している。個人的にはこの第二作がベストの画質と思う。

3年後の第三作は、テーマの暗さがそうさせたのか、当世風のデジタルプロセスでコントラストや色調を作り直したデフォルメされた画質である。コミックの世界観の表現という意味でも、SFXとの整合感という点でも適切な選択なのだろうが、どの映画も同じように見えて、筆者はあまり好きではない。注目のサウンドは、第一作、第二作がドルビーTrueHD5.1ch(英語)、第三作のみ特典映像を分けた2枚組であるため、リニアPCM 5.1ch(英語)、ドルビーTrueHD5.1ch(日本語)を収録している。


日立「P50-XR01」
P50-XR01の特徴は、10,000対1という数値以上にコントラストのダイナミックレンジを感じさせる映像にある。ALIS方式の特徴で画面輝度1100cd/m2と明るく、明るい画面でピークが鈍らず輝き感がある。

『スパイダーマン3』は1本を一つの画質の設定で通して見るということは、なかなかの難物である。シリーズのCIである主人公がマンハッタンの摩天楼を空中遊泳していくシーンは、あくまで明るくダイナミックな映画の華、一方、今回はスパイダーマンがダークサイドに落ちるという設定なので、主要な場面でダークな映像が多いのである。P50-XR01はそれらを両立させるポテンシャルを持ったハイビジョンテレビである。

第三作は高画質だがやや映像が軟調なので、鮮鋭度を出して見た方がいい。普段より「画質」(シャープネス)を上げた。その場合、圧縮ノイズが目に付いてくるのでディテールはオフにする。コントラストと黒表現を競い合う今秋の最新鋭製品に比べると、春に発売された本機の不利は否めず、調整で補ってやらなければならない。その調整結果が下記である。P50-XR01には「黒補正」(強、中、弱、切)がある。黒レベルの設定をここで変えられるが、「黒寄り」の被写体、たとえば半身が影に入っていたり、薄暮のような映像で効果が発揮される機能であり、本作のようにダークシーンを誇張気味に塗りつぶされている場合はそれほど差がでない。ただし、本作はテーマを反映して半暗で描くシーンも多く、普段は「切」だが今回は「弱」を選択した。

P50-XR01が先鞭を付け、テレビ業界に波及しつつあるのが、「なめらかシネマ」である。映画ソフト再生時に、2-3プルダウンの補間コマを従来の単純な同一コマを繰り返して挿入するのでなく、中間的な画像を創成して挿入し動きの連続性を高める、画期的な機能だ。このP50-XR01に初搭載された新機能なので、検出と作動のスピード、アルゴリズムの多様化などこれからまだまだ改善されていくと思うが、ピタリと決まった時のスムーズな動きには「快感」があり、思わずニンマリしてしまう。『スパイダーマン3』のようなダイナミックな動きの多い映画では非常に効果を発揮する。

「凡なる世界」を非凡な映像で描いた『スパイダーマン』シリーズ、これから先の展開を知る由もないが、映像表現に磨きを掛けて人間の「飛ぶ」願望に、映像の快感で答えていってほしい。ただし、P50-XR01に代表される映像の優れたフルハイビジョンの大画面で見て欲しい。ドラマ云々より、超絶映像で原初的、潜在的な願望に答えることも21世紀のビジュアルの一つの方向である。それから、シリーズ全3作をP50-XR01で見返したら、キルスティン・ダンストは第一作がいちばんキレイでした。ファンの方、どうもスミマセン。

【P50-XR01『スパイダーマン3』での調整値】
・映像モード:シネマティック
・明るさ:-4
・黒レベル:−6
・色の濃さ:-8
・色合い:+3
・画質:-4
・色温度:低
・ディテール:切
・コントラスト:リニア
・黒補正:弱
・LTI:弱
・CTI・YNR・CNR:切
・3次元Y/C:入
・MPEG NR:切
・映像クリエーション:なめらかシネマ
・デジタルY/C:入
・色再現:リアル

(大橋伸太郎)

大橋伸太郎 プロフィール

1956 年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループにて、美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。ホームシアターのオーソリティとして講演多数2006年に評論家に転身。趣味はウィーン、ミラノなど海外都市訪問をふくむコンサート鑑賞、アスレチックジム、ボルドーワイン。

バックナンバー
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第2回『アンダーワールド2 エボリューション』
第3回『ダ・ヴィンチ・コード』
第4回『イノセンス』 (Blu-ray Disc)
第5回『X-MEN:ファイナル デシジョン』 (Blu-ray Disc)
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