HOME > インタビュー > <CES>“音場”を突き詰めたソニーの新しい音楽体験。「360 Reality Audio」誕生秘話

「音楽体験そのものをクリエーターの意図通りに再現」

<CES>“音場”を突き詰めたソニーの新しい音楽体験。「360 Reality Audio」誕生秘話

公開日 2019/01/08 19:11 山本 敦
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE
米ラスベガスの「CES 2019」に出展するソニーが、オブジェクトベースの新しい音楽体験が楽しめる技術「360 Reality Audio」を発表。対応コンテンツの企画・制作をどのように仕掛けていくのか、ソニービデオ&サウンドプロダクツ(株)V&S事業部 企画ブランディング部門長の黒住吉郎氏にインタビューした。

インタビューにお応えいただいたソニービデオ&サウンドプロダクツ(株)V&S事業部 企画ブランディング部門長の黒住吉郎氏

360 Reality Audioの内容はCES 2019のニュース記事でも紹介されている通りだが、ソニーのオブジェクトベースの空間音響技術を使用することで各音源に距離や角度などの位置情報を付けて全方位に配置した楽曲を制作でき、リスナーの再生時には、アーティストの制作意図が反映された音が360度すべての方向から音が届く体験が楽しめるというものとなる。

まずはソニーが360 Reality Audioの開発に着手した契機から黒住氏にうかがった。

「ソニーはこれまでにも新しい音楽体験を広げるため、様々なことに挑戦してきました。代表的なものでは1980年代、当時弊社の社長だった大賀典雄氏が普及に力を注いだCD(コンパクトディスク)です。大賀氏はソニー・ミュージックエンタテインメントの前身であるレコード会社のCBS・ソニーの社長にも就任し、例えば指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤン氏の力を借りるなど、CDによる新しい音楽体験を先頭に立って広げてきました。またアーティストだけでなく、業界を超えて音楽レーベルとエレクトロニクスメーカーが手を取り合うことも実現しました。360 Reality AudioもCDと同じように、ユーザーに新しい音楽体験を提供するために始めた挑戦です」

黒住氏は、ソニーがただ一方的に技術を練り上げるのではなく、実際に音楽をつくるクリエーターやアーティストから積極的に意見を求めて、彼らを刺激しながら技術が向かうべき方向を模索してきたと語る。プレスカンファレンスに登壇したファレル・ウィリアムスも、360 Reality Audioを試聴するためわざわざ東京まで足を運び、デモンストレーションを体験したクリエーターの一人。「彼からは『これを今やらない手はない』と後押しする声をもらうことができた」と、黒住氏は満足げな笑みを浮かべながら振り返った。

ミュージシャンのファレル・ウィリアムズもソニーのプレスカンファレンスのステージに登壇。360 Reality Audioの豊かな臨場感に太鼓判を押した

特別な音楽体験という意味では、ソニーは「ハイレゾ」の普及にも力を入れている。360 Reality Audioとはどのように住み分けるのだろうか。

「ハイレゾでは “音質” を突き詰めてきましたが、360 Reality Audioがフォーカスするところは豊かな “音場” 、あるいは音楽体験そのものをクリエーターの意図通りに再現することです。ヘッドホン再生については頭外定位を意識しながら、正確な音の定位をリスニングに反映させることを追求しています」

360 Reality Audioの展開当初は、Android/iOSを搭載するスマホやタブレットへ対応する音楽配信サービスのアプリをインストールし、通常のオーディオ用ヘッドホンを使って手軽に楽しめるような形態を想定しているという。その理由を黒住氏は次のように説いている。

「360 Reality Audioでは、昨今の多くの方々が音楽プレーヤーとしても活用するスマホで、良い音楽体験をストリーミングサービスで手軽に味わえることが大事と考えています。これは、ユーザーに広がりが生まれるからです。そして、それはアーティストやクリエーター、音楽業界にも価値があることです。既存のストリーミングサービスの環境にもフィットするよう、配信ビットレートの最適化にも注力してきました」

360 Reality Audioがきっかけを作って、多くの人々が音楽体験の品質向上に関心を寄せることになれば、自然とハイレゾの注目度アップにも繋がるかもしれない。その可能性について黒住氏は「クリエイティブエンタテインメントカンパニー」を自負するソニーグループが一丸となって追求しなければならないミッションであると語った。

ソニーは映画/音楽/テレビ番組/ゲームなど幅広いエンターテインメントコンテンツを手がける「クリエイティブエンタテインメントカンパニー」であると同社吉田社長も強調した

現時点では、360 Reality Audioのサービスが開始される時期について明確なアナウンスはまだ無い。ただパートナーとして、世界の大手ライブ・エンタテインメント企業であるライブ・ネーション・エンタテインメントがコンテンツの企画・制作の面で、そして音楽配信サービスではDeezer、nugs.net、Qobuz、TIDALが手を上げている。黒住氏は「近い将来には別途、サービスの開始について正式に発表したい」と答えている。

サービスの開始時には「音楽」のコンテンツが中心に揃うことになりそうだ。黒住氏によれば、「例えばVR/ARのように360 Reality Audioにマッチする可能性の高い体験もありますが、私たちとしては音楽という軸をしっかりと持って形にしていきたい」という思いが背景にあるという。

ライブ・ネーションとの協業については互いの強みを持ち寄って一緒にできることについてディスカッションを重ねているという。いま形になりつつある一つの取り組みについて、黒住氏は次のように説明する。

「ソニーは音楽ライブに足を運ぶお客様へのリーチができていませんでした。これをライブ・ネーションと足並みを揃えてしっかりとやっていきたいと考えています。全米6ヶ所にあるライブ・ネーションが契約するコンサートホールなどで、ソニーと360 Reality Audioをアピールするブランディング活動を実施します。この機会にソニーのブランドを集まったお客様へしっかり伝えたいと思います。それだけでなく、コンサートホールでライブを行ったアーティストに360 Reality Audioを体験してもらい、その魅力に納得いただいたアーティストにはホールで実施するライブをソニーがサポートする代わりに、360 Reality Audio対応の楽曲を制作して欲しいと呼びかけていきます」

パートナーに日本のクリエーターや音楽レーベル、音楽配信サービスの名前が挙がっていないのが気になるところだが、黒住氏は360 Reality Audioはできるだけ多くの人々に体験して欲しいので、展開するマーケットは限定していないと述べている。

また現時点で手を上げているパートナーのうち、Deezerは日本でも利用できる音楽配信サービスだ。実際にDeezerが360 Reality Audioに対応した場合、日本でも楽しめるようになる可能性はあると考えるべきだろう。「その際にはユーザーが最良の形で体験できるように、利用料金や提供方法などについてソニーとサービス事業社の間でディスカッションを重ねていきたい」と黒住氏は述べていた。

360 Reality Audioの技術面の詳細については、CES 2019のソニーブース取材後改めて報告したい。

この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE