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「手頃な価格で、良い音のサラウンドヘッドホンを作りたい」− オーディオテクニカの新サラウンドHP「ATH-DWL5500」開発秘話

公開日 2010/12/24 14:07 インタビュー・構成:鈴木桂水
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深夜族の筆者にとって、ワイヤレスサラウンドヘッドホンは欠かせない存在だ。Blu-ray Discや録画番組を迫力のあるサウンドで、気兼ねなく楽しめるのがお気に入りの理由だ。個人的にもいくつかの製品を使っているが、このたび発売されたオーディオテクニカの最新サラウンドヘッドホン「ATH-DWL5500」を使ってみる機会に恵まれ、開発者の方にお話しを伺うこともできたので、そちらについて詳しくお伝えしたいと思う。

■価格を下げつつも格段に解像感が良くなった「ATH-DWL5500」

オーディオテクニカのワイヤレスサラウンドヘッドホンと言えば、2005年に発売された「ATH-DWL5000」があったが、その後継機として今年「ATH-DWL5500」が発売された。


ATH-DWL5500
前モデルのATH-DWL5000といえば、OFC-7Nボイスコイルをボビン巻きにしたφ53mmのドライバーユニットを搭載するなど、音質にとことんこだわった製品だった。新たに発売となった「ATH-DWL5500」は、前モデルのDNAをそのまま受け継ぎながら、実売価格を4万円台に抑えつつ、さらに7.1ch再生にも対応したのが大きな特徴だ。従来機では5.1chサラウンドまでしか対応していなかったので、最新のサラウンド再生に対応したことになる。若干コンパクトになったトランスミッター部は、ドルビーデジタル、ドルビーデジタルEX、DTS、AAC、ドルビープロロジックIIxのデコーダーを搭載している。


前モデルのATH-DWL5000。外観はATH-DWL5500と変わらない
筆者が実際に使ってみたところ、ATH-DWL5000よりもATH-DWL5500のほうが格段に解像感が良くなっており、映画の爆発音などの臨場感は驚くほど向上していた。ATH-DWL5000を使ったことのある方だとお分かりいただけると思うが、仕上がりがハイファイ系の音楽ヘッドホンに寄っており、アクション映画などを楽しむには、少し物足りなさを感じる部分もあった。それに比べ、ATH-DWL5500はよりサラウンド感が向上し、効果音の再現もベールが取れたようにハッキリしている。

ただ、筆者が普段使っているソニーの「MDR-DS7100」などに比べると、爆発シーンの低音の響きや、ガラスが割れる音の高域部分などの再現はおとなしいと感じた。ATH-DWL5500は、派手さをあえて抑えているような印象を受ける。例えるなら一般的な製品がシネコンのサラウンド再生なら、ATH-DWL5500は大箱の名画座にいるような、ゆったりとした気分になる再生音だ。これはどちらが良い悪いというワケではなく、好みの範疇だろう。

今回はこの「ATH-DWL5500」の開発陣にお話をうかがった。


■「手頃な価格で、良い音のサラウンドヘッドホンを作りたい」
  − ATH-DWL5500開発秘話


<お話をうかがった方々>
上村文雄氏(技術部 ゼネラルマネージャー)
田上孝一郎氏(技術部 一課 主務)
鈴木憲一氏(技術部 技術サポート課 企画 マネージャー)
吉田寛樹氏(技術部 技術サポート課 企画・制作 主事)

━━ 最近サラウンドヘッドホンは新製品が少なく、ひとまず落ち着いた市場という印象を持っていました。そのようななか登場した「ATH-DWL5500」の開発経緯を教えてください。

鈴木氏(以下敬称略):大型テレビの普及、地デジ化、Blu-ray Discの普及、そして3D製品の登場により、ワイヤレスサラウンドヘッドホンが活躍できる場が増え、機が熟してきていると思います。新製品を発売するタイミングは今だ、と考えたのです。


オーディオテクニカ 鈴木憲一氏
上村氏(以下敬称略):前のモデルのDWL5000では、全てにおいてこだわりぬいた結果、かなり高価になってしまいました。今回は前モデルのこだわりをできる限り継承しながら、よりお求めやすい価格にしたいという考えがまずありました。


オーディオテクニカ 上村文雄氏
━━ どのあたりを工夫することでコストダウンを実現したのでしょう?

田上氏(以下敬称略):機能や付属品、材質やデバイスなども含めて、徹底的な原価の見直しを行いました。ただし「音質はキープする」というのが開発陣の命題でしたね。


オーディオテクニカ 田上孝一郎氏

オーディオテクニカ 吉田寛樹氏
鈴木:手を抜いて安くなったと思われたくないですからね(笑)サラウンドヘッドホンの売れ筋は2〜3万円前後ですが、この価格帯に太刀打ちするにはコストダウンが必須でした。でもクオリティは下げたくなかったんです。

田上:ヘッドホンの質を落とさずに、なるべくその価格帯に近づけたものを作って、いい音のサラウンドヘッドホンを届けたい、という試行錯誤を続けたのがいちばん苦労した部分ですね。みんなで努力した結果、前モデルに比べて半額程度で購入したいただける価格を実現できました。

━━ 大幅なコスト削減は大変だったのでは?

田上:そうですね。前のモデルはアナログ5.1ch入力端子や同軸デジタル端子、ライン出力端子を搭載していたり、ADコンバーターを3つ使ったりしていたのですが、そういった部分を割り切って無くしました。しかし使用するDSP(デジタルシグナルプロセッサ)は、前モデルの開発時点よりも性能が良く価格がこなれたパーツを使っています。

ATH-DWL5000のトランスミッター部

アナログ5.1ch入力端子や同軸デジタル端子などを搭載していた


ATH-DWL5500のトランスミッター部。DWL5000よりシンプルになった
上村:ヘッドホンの構造自体も、質感やかけ心地などに関わるので単純に安いものを選ぶわけにはいきません。このあたりはヘッドホンメーカーゆえのこだわりでもありました。

低価格化を進める一方で、サラウンドフォーマットとしては、従来から搭載していたドルビーデジタルに加え、新たにドルビーデジタルEXに対応し、最大6.1ch再生が可能になりました。そのほかDTS、AACも、引き続き搭載しています。また、もうひとつ今回新たに搭載したものとしてドルビープロロジックIIxがあります。5.1ch音声を最大7.1chまで拡張してサラウンドを楽しむことができますので、より迫力のある再生が可能です。これらマルチチャンネルのフォーマットをヘッドホンで聴かせるためのバーチャライザーとして、ドルビーヘッドホンも搭載しています。今回搭載しているもので最大7.1chまで対応しています。サラウンド関係の回路では、32bit浮動小数点型DSPを搭載しました。これにより音質を損なうことなく、サラウンドの音を楽しんでいただけます。

━━ スペックアップをするにあたり、大変だったのはどのあたりでしょう?やはりバーチャライザー部分の変更でしょうか?

田上:そうですね、プロロジックIIxで2ch/5.1chを7.1chにアップミックスします。それをヘッドホンで再現するのは難しかったのですが、ドルビーヘッドホンがバージョンアップして7.1chまで対応したので、それを搭載して対応しました。

━━ ドルビープロロジックIIxに対応しているソースであれば7.1ch再生できるということですか?

田上:いいえ違います。2ch/5.1chソースであれば全て7.1chにアップミックスできます。ドルビーデジタルやDTSで記録されたDVDの他に地デジの音声など、だいたいのソースは7.1chで再生可能です。

━━ サラウンド感は前のモデルと比べるとかなり印象が違っていますね。

ATH-DWL5500を視聴する鈴木桂水氏

田上:やや変わっていると思います。前のモデルは、ユニット自体の音質もありますが、どちらかと言うとマイルドな音質でした。今回のは割と明確に定位が出るというか、音でいうと管弦楽みたいな音が映える音づくりを意識しました。映画だと効果音などが迫力に違いが出ています。

━━ 音質の変化はドライバーなど主要なパーツを新設計されたからでしょうか?

上村:ボイスコイルの素材がOFC7NからCCAWに変更したので音色が明るめの方向になっています。振動板は前モデルと同じくPETを採用しました。

田上:素材を変えたことでキャラは変わったかも知れないですが、基本の音作りについて目指すところは前の機種と同じですね。サウンドの評価は上村も担当しましたが、主に自宅で使い、サウンドを詰めてもらいました。

上村:もう聴きたくない!というくらい自宅でテストしました(笑)。やっぱり音は映像と違って同時比較できないので難しいですね。少しずつ調節することで目指したところに近づけていくしかありません。その辺りは苦労しましたね。

━━ 掛け心地がいいのにも驚きます。それに、熱がこもって蒸れたりしないのも良いですね。

田上:オーディオテクニカはヘッドホンメーカーですから、掛け心地の“質”を落としたくなかった。映画などを見るときは、2時間以上装着したままになりますよね。ですから装着感は大切です。ハウジングにメッシュを採用しているオープン型なので、音漏れはしますが、蒸れないので長時間自然な音を聴くには適しています。

上村:一般的に、ワイヤレスサラウンドヘッドホンはハウジングのなかに基板を入れるので、オープン型にしにくいんです。しかし弊社の製品は本体のアーム部分に電池と基板、受信回路やヘッドホンアンプを配置することで、オープン型にすることができました。ハウジング部分にも、なるべく空気が通るように設計しています。


電池と基板、受信回路やヘッドホンアンプはハウジングの外に設けられている
━━ かなり本体が軽い感じがするのですが、素材などの工夫はしましたか?

鈴木:特に材料で軽くはしていません。前と同じ外観なのはこれがサラウンドを鳴らすのに適したかたちだろうと判断したためです。本体の質量に対して、軽く感じるのは、ウィングサポートで重量を分散させているからですね。質量を分散することで、軽い装着感を実現できています。

━━ サウンドは劇場で聴いているようなイメージですね。前モデルはもっとおとなしい印象でしたが、今回の製品はだいぶ音が前にくる感じがあり、迫力も増したようです。ただ他社製品のように効果音を前面に出すようなヘッドホンに慣れてしまうと、物足りなく感じる方もいるのではないでしょうか。

鈴木:あまり音に味付けをすると、映画視聴で長時間使った場合、聴き疲れしてしまいます。

田上:メーカーによっては低域を電気的に持ち上げたりしますが、我々は「原音忠実」を貫きたいので、電気特性はまったくいじらず、ヘッドホンだけで音づくりを突き詰めようとしているのです。

鈴木:ヘッドホンの特性を超えて電気的に補正しようとすると、不自然な音になりやすいんですよね。とにかくアンプ部分をフラットに作り、その上でバランスのよいヘッドホンのチューニングが活きるよう心がけました。

吉田:ATH-DWL5000は、HiFi的な「音を聴くモデル」でしたが、DWL5500は「映像を楽しむためのモデル」になっていると思います。昨今Blu-ray Discや3Dなどが流行っていますが、「音」の世界もまだまだ進化するのではないでしょうか? 良い音と良い映像、どちらも揃えばより大きな感動が生まれると思います。

━━ 今後の製品開発について教えてください。HDMI接続に対応したワイヤレスサラウンドヘッドホンはいつぐらいに登場しそうですか?

田上:コスト面の問題もあるのですが、デジタルでHDMIで受けたものをワイヤレス伝送するには、コンテンツ保護技術などが必要になります。しかし、そういった規格がまだグレーゾーンなので思案中です。著作権保護に関係する部分ですから、我々メーカーだけでなく、コンテンツホルダーも関わってきます。この辺りが課題ですね。

━━ 3DやBDだとHDオーディオへの対応が必要になってくると思いますが、今回のモデルは対応していませんね。今後の対応は予定しているのでしょうか?

田上:技術者としては、今回の製品でHDオーディオに対応したかった気持ちはあります。しかし、コスト面や開発期間を考えて見送ることにしました。というのも、HDオーディオはサンプリング周波数が上がるので、それに対応したバーチャライザーが必要になります。

あとはワイヤレスで送る際のコンテンツ保護ですね。ワイヤレスの部分にも、HDCPみたいなしくみを作らないといけないかも知れませんが、まだそういうものはありません。

また、HDオーディオをワイヤレス伝送しようとすると、倍以上のデータレートが必要にあります。そうなると消費電力の問題や、帯域に占める割合の問題が出てきます。ワイヤレスヘッドホンが他機器の影響を受けたり、逆に無線LANに干渉してしまったりなと、インフラの問題も関係します。これだけの難題をクリアして製品を開発したところで、コンテンツ保護の問題がクリアになるのか…等々、課題は多いですね。ただ技術者としては、積極的に進めたいと思っています。とにかく、高音質でコストを抑えた製品をお客様にお届けすることを優先しました。

━━ HDオーディオに対応しようと思ったら、通信方式は2.4GHz帯ではなくなるのでしょうか?

田上:5GHz帯とかもありますが、2.4GHz帯でもうまく効率よくやれば行けるかなという感じなので、その辺のデバイスの検討はしています。

■ワイヤレスサラウンドヘッドホンを選ぶ際にはぜひ選択肢に入れたい

今回、オーディオテクニカの開発陣からのお話しをうかがって、ATH-DWL5500の音づくりへの取り組みが、明確になった。ATH-DWL5500のサウンドは長時間の視聴でも聴き疲れしないというのは納得できる部分だ。短い期間のテストではあったが、ナチュラルなサウンドはライブや音楽系映画の再生に向いていると感じた。放熱がよく、耳への不快感は少なかったことも好印象だ。「ATH-DWL5500」は、ワイヤレスサラウンドヘッドホンを選ぶ際にはぜひ選択肢に入れていただきたい製品だ。


◆筆者プロフィール 鈴木桂水
元産業用ロボットメーカーの開発、設計担当を経て、現在はAV機器とパソコン周辺機器を主に扱うフリーライター。テレビ番組表を日夜分析している自称「テレビ番組表アナリスト」でもある。ユーザーの視点と元エンジニアの直感を頼りに、使いこなし系のコラムを得意とする。そのほかAV機器の情報雑誌などで執筆中。

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