黒田 徹氏

4K・8Kへの進展をはじめ、
急速に進化する放送技術
新たな放送の世界を切り開くテレビの登場が、
目前に迫る
日本放送協会
放送技術研究所長
黒田 徹氏
Toru Kuroda

4K・8K高解像度時代の到来、垣根が低くなる放送と通信、マルチデバイス化の進展など、今、テレビと放送を取り巻く環境が大きく変わろうとしている。放送技術の研究開発において先導的な役割を果たすNHK放送技術研究所。大きな商機へとつながる“夢のテレビ”への進化をどう見るのか。黒田徹所長に聞く。

「家でも4K・8Kを見てみたい」
「ハイブリッドキャストを楽しんでみたい」
多くの方に、そう感じていただきたい

8Kの驚きと感動を
より身近なものに

── 5月28日から31日に、8Kを前面に打ち出して開催された「技研公開2015」が大きな注目を集めました。その総括からお聞かせいただけますか。

黒田技研公開2015では、実際の放送衛星を用いた8K放送実験を世界初公開しました。まだ装置が大きいなどの課題はありますが、来年の8K試験放送を想定した実験を披露できたことは、大きな成果となりました。

── 今年7月30日に総務省から公表された、4K・8K推進のためのロードマップでは、昨年9月公表のロードマップの一部が改定されました。

黒田2018年の8K実用放送がBS左旋で開始されることが新たに示されました。BS左旋の受信環境の整備は、今後の課題のひとつであると考えています。また、新しい4K・8Kの受信機をお買い求めになる方に、BS左旋チャンネルを視聴するためにはアンテナやブースターの交換が必要になることを、きちんとご理解いただくことが大事になります。

── 4K・8Kという新しい放送の普及で実現される社会やそのメリットを業界全体で共有し、普及に向けた機運を創りあげていく姿勢が大切になります。

黒田私自身、BSデジタルや地上デジタル放送の立ち上げに携わり、放送局だけでできることには限界があると感じました。視聴者の皆様が、新たな放送をご覧いただくために購入するのは、メーカーが作るテレビですから、メーカーと放送局とがしっかりと協力していかなければなりません。また、実際に新たな放送を体験し、正しく理解していただくことが非常に大切ですから、販売店様に重要な役割を担っていただくことは言うまでもありません。

── 8Kでは22.2ch音響も大きなセールスポイントですが、ここでも実際の生活シーンに落とし込んでイメージできるような“場”が必要になります。

黒田昨年の技研公開では、展示ブースにソファを置くとともに85型8Kディスプレイを壁面に埋め込み、ご家庭をイメージできる空間をデモしました。多くの家庭では、22.2chのスピーカーをディスプレイから離して設置するのは困難ですから、ディスプレイの外枠にスピーカーを一体化する技術も同時に展示しました。現在、家庭での8K視聴環境を想定した音響技術の研究に力を入れています。今年の技研公開は、間近に迫った8K試験放送に向けた技術開発の紹介に主眼が置かれましたが、今後、普及のフェーズに入るに従い、家庭への導入に向けた様々なアイデアや技術開発が必要になると考えています。

── 店頭では4Kテレビが期待を集めていますが、一般の方の認知度・理解度は決して高くはありません。さらに今後、先ほどお話しにあった、右旋や左旋といった言葉の説明も不可欠となります。

黒田4Kと8Kで解像度は異なりますが、電波の出し方や信号の束ね方など、衛星放送の技術的な仕組みは、124/128度CS以外は全て同じになります。従って、8Kの番組を視聴するときに、8Kディスプレイがあれば8Kのままご覧いただけますし、4Kディスプレイでも、ダウンコンバートすることで4Kの解像度で番組を見ることができます。受信機がディスプレイの性能に応じて映像を出力することで、混乱なく4K・8Kをご覧いただける環境を構築していくことが重要だと思います。4K・8Kの認知度を高め、理解を促進し、混乱や誤解を取り除いていかなければなりません。

NHK技研に参考展示されている140型8Kスーパーハイビジョンリアプロジェクションシステム

画像をクリックして拡大

大きく変わるテレビ
まさに新時代の到来

黒田 徹氏── 現在、家庭でのテレビの視聴形態の約半数を占めるCATVでの8Kの伝送技術についてお聞かせください。

黒田将来、CATV伝送路が全て光ファイバーに置き換わることで、全く新しい伝送技術が導入されることも考えられますが、まずは既存の設備をいかに有効活用して家庭にお届けできるか、その方法を考えていくことが重要です。新しい衛星放送の仕組みでは、1つの衛星中継器で4Kを3つ、あるいは8Kを1つ伝送できます。1つの衛星中継器で伝送される4K・8Kの約100Mbpsの信号を、CATVの3チャンネルに分割して家庭に届け、セットトップボックスで再び束ねる規格が整備されました。今年の技研公開でも実機の展示を行いましたが、今後も引き続き、CATV事業者等と連携して、様々な実験や実用化に向けた取り組みを進めて参ります。

── 8Kの高解像度時代になると、ハイブリッドキャストの可能性もさらに大きく広がってきますね。

黒田8Kはフルハイビジョンの16倍の画素ですから、8Kディスプレイの16分の1の面積にフルハイビジョンを表示できることになります。その飛躍的に増す表示能力と通信環境の高速化を背景として、放送と通信が連携した、従来にない新しい視聴スタイルやサービスが誕生してくると考えています。そのひとつが8Kハイブリッドキャストです。

従来のデジタル放送で映像・音声等を多重化する手法は、単一伝送路である放送用に開発されたものです。一方、4K・8K放送では、通信のIP(インターネットプロトコル)技術をベースとした方式が採用されました。そのため、放送と通信の親和性がより一層高まります。ハイブリッドキャストなど、放送と通信でそれぞれ送られてきたコンテンツを同期させることも容易になっていきます。

例えば、8Kテレビで、4K・8K放送を高解像度で楽しむのと同時に、通信経由での関連動画の閲覧やタブレット端末との連携が可能になることによって、さらに放送の楽しみ方が広がります。8Kの高精細表示を活かした、より魅力的なサービスの研究開発に取り組んでいきます。

進化するハイブリッドキャスト。放送とは別カメラの映像や各種データがネットで提供され、視聴者が表示画面をカスタマイズして番組を視聴できる技術の研究がNHK技研で進められている。視聴者が、放送か通信かといった伝送路の違いを意識せずに、スポーツ中継等で見たい選手や角度の映像を選ぶという、新たなテレビ視聴の楽しみ方が想定されている。様々な角度からの映像を、タブレットでは2K映像で、8Kディスプレイでは複数の4K映像の分割表示で見る楽しみ方も考えられる。

画像をクリックして拡大

── テレビやPC、タブレットなど、端末を意識せずに動画を視聴できる技術の開発も進んでいますね。

黒田国際標準化された動画配信技術「MPEG-DASH」を用いることで、例えば、放送局がネットで提供した映像を、PC、タブレット、テレビのどの端末でも、同様に視聴できるようになります。HTML5というインターネットの標準技術をテレビ受信機が導入することで、端末間の垣根は低くなり、放送か通信かといった伝送路を意識しない“伝送路シームレス”とともに、テレビかPCかといった端末を意識しない“端末シームレス”の時代が到来すると思います。

メタデータをフルに活かす
決め手は検索性能の向上

── 今秋のネットフリックス上陸でVODへの関心が徐々に高まりつつあります。高解像度の4K・8K、通信との連携も含め、テレビを取り巻く環境が今、大きく変わろうとしています。

黒田

放送と通信≠フ技術がそれぞれ進化してきた中で、4K・8Kの多重化技術にIPをベースとした方式が採用されたことは、大きな転換だと思います。さらに、左旋偏波の使用により、BSで約1.2Gbps、CSで約1.2Gbps、合わせて約2.4Gbpsもの伝送路が新たに実現します。高速通信環境のさらなる進化と合わせ、4K・8Kの高解像度コンテンツや他の様々な情報の中から、各自の好みに合わせて、コンテンツを選んで楽しむことができるようになります。

── 膨大な情報量の中から、誰もが容易に好みのコンテンツを手に入れるためには、従来のテレビのリモコンという枠を飛び越えた、新しいアイデアも必要になってきますね。

黒田これからは、映像をベースに必要な情報を検索するスタイルに変わっていくと思います。コンテンツが加速度的に増加していく中で、関連情報である「メタデータ」をどのように付加して、ユーザーにとって有益な形態で提供できるか。今後の重要な課題として、当所でも研究を進めています。

例えば、一度見たコンテンツをVODでもう一度楽しんだり、家庭の録画機から探したり、その可能性を広げるためにはコンテンツの検索性を高めていく必要があります。放送局の番組制作の現場としても、報道内容に関連した過去の映像や情報が必要で、メタデータから簡単に検索でき、画像のサムネイル一覧のような形にして瞬時に探し出すことができれば有用だと思います。それは番組制作者にとっても、視聴者にとっても、魅力的なサービスに映るのではないでしょうか。

このような高機能化の一方で、簡単なリモコン操作で、放送のさまざまな番組を気軽にご覧いただけるのもテレビの特長だと思います。今後、ますます多様化していくユーザーニーズに対し、幅広く応えていくことも重要です。

── それでは、最後に家電流通業界の皆様にメッセージをお願いします。

黒田4K・8K放送が進展することで、テレビの使い方や楽しみ方が進化し、より便利で魅力的なサービスの提供につながるものと考えています。販売店は、最も身近に4K・8K放送を体験していただける場でもあり、「家でも4K・8Kを見てみたい」「ハイブリッドキャストを楽しんでみたい」と、一人でも多くの方に感じていただきたいと思っています。当所としても、8K放送サービスの充実に向けた研究開発などを通じて、販売店、メーカーの皆様とともに、新たなメディアの普及に取り組んで参りたいと思います。

◆PROFILE◆

黒田 徹氏 Toru Kuroda
1982年NHK入局。1985年より放送技術研究所において、FM多重放送、デジタル伝送、地上デジタル放送方式(ISDB?T)の研究に従事。1999年より技術局にてデジタル放送の立ち上げに携わる。総合企画室を経て、2009年 放送技術研究所 放送ネットワーク研究部長、2011年 同研究企画部長、2012年 同副所長、2014年より同所長として、放送通信連携サービスのハイブリッドキャストや8Kスーパーハイビジョンなどの研究開発を推進。放送文化基金賞、市村学術賞・貢献賞、C&C賞などを受賞。工学博士。

back