児野 昭彦氏

4K化・8K化は躊躇することなく突き進む
これからのテレビの姿は大きなテーマのひとつ
株式会社NHKメディアテクノロジー
代表取締役社長
児野 昭彦氏
Akihiko Chigono

NHKグループにおいて放送番組制作の中核を担う存在となる「NHKメディアテクノロジー」。注目度の高まる4Kと8Kとの関係、今後のテレビの概念、さらに、社会発展へ貢献する同社の技術力を知らしめ好評を博した昨年開催の「創立30周年記念技術展」にも触れながら、児野昭彦社長に話を聞く。

 

4K8Kと3Dとの組合せは大きな強み
3Dが本領発揮する場は放送以外にもある
医療はまさにその代表的分野のひとつ

変化を求められる
テレビの概念

── 昨年創立30周年を迎えられた、NHKグループで技術面の中核を担う「NHKメディアテクノロジー」という会社の事業内容にについてお聞かせください。

児野1984年10月に設立されたNHKテクニカルサービスと、その翌年に設立されたNHKコンピューターサービスが2008年春に合併し弊社が誕生しました。放送番組の制作技術を担当することが大黒柱となりますが、情報システムの開発も大きな柱の一つです。家電業界の方達と関わりが深いのは、放送番組制作とその番組を送出することと申し上げたらよいでしょうか。

── テレビ放送は地デジ化により大きな節目を迎えました。児野社長は1977年にNHKに入局され、地デジ化の大仕事にも携わりましたが、現在、およびこれからのテレビ放送をどのように展望されていますか。

児野テレビ放送には61年もの歴史があります。デジタル化以前は安定的な成長を遂げ、急速な進化の中でも、NTSCという規格は50年以上にわたり続きました。しかし、現在のデジタル方式が50年持つと思う人は誰もいないでしょう。放送の規格は今後さらにショートスパンになります。また、端末の買い替え期間も、すでにパソコンやスマートフォンなど放送以外の情報端末では商品サイクルが非常に短くなってきています。

また、ディスプレイが10年持ったとしても、チューナーやハイブリッドキャスト、データ放送などの内蔵される機能はどんどん進化しています。すなわち、頭脳の部分とディスプレイの部分とを分離する、あるいは、サイクルの違いに対してリプレイスで対応可能となるなど、テレビの概念が大きく変わっていく岐路に立たされています。

── 一方、4K化、8K化の進むコンテンツの制作環境の側には、どのような変化が起きていくのでしょう。

児野制作環境で皆さんの関心が高いのはやはり、4Kと8Kの関係ではないでしょうか。NHKは自ら8Kを開発し、その普及を図る立場にありますから、8Kの普及を念頭に置いた制作環境の整備を進めています。そこでの一番の強みとなるコンテンツがスポーツや音楽のライブで、2時間、3時間という編成枠を想定することができます。一方、それをドラマでやろうとすると物凄いパワーが必要になるかと思います。ですから、8Kでは当面、ライブに重点を置いていくことが予想されます。

しかし一日中ライブばかりというわけにはもちろんいきません。そこで、ストック系の番組をどうするかについて議論を重ねているところです。受信機の普及動向を踏まえれば、当面は4Kで制作環境を整えていくことが現実的でしょう。プレミアム性の高いドラマやドキュメンタリーなど、高画質・高クオリティを目指すものは4Kで制作していくかもしれません。システム面からは、“上流”のカメラより、“下流”の効率よい編集や蓄積の仕方などがキーになってきます。

私たちNHKメディアテクノロジーの立場としましては、NHKが目指すベクトルとうまく補完しあい、NHKグループ全体として最適な解になるよう、ストック系の4Kコンテンツを中心にして攻めていこうと思います。ただし、4Kコンテンツの制作環境は現在、受け渡しのフォーマットや映像処理などまだ本命不在で、何がデファクトスタンダードになるのか、もう少し動向を見極める必要があります。

── 今、4Kと8Kを一緒に料理しようと考えた場合、どのようなスタイルが最善の放送と言えるのでしょう。

児野4Kを8Kにアップコンバートしても耐え得る映像が撮れるのであれば、4Kで貯めておいて、8Kが本格化した時にアップコンバートする方法があります。各放送機器メーカーがカメラ開発を積極的に競っている状況の中で、私たちは効率の良い方式変換など自力での開発にもトライしているところです。できるだけ早く選択肢が広がってくることを期待しています。

2020年はひとつの節目
問われるのは“その後”

児野氏── 御社は昨年、創立30周年という節目の年を迎えられ、11月に開催された「Inter BEE 2014」では、創立30周年記念技術展を開催されました。様々な分野の可能性へのチャレンジが展示されましたが、4Kに3Dを融合させた外科手術の撮影システムは大変関心が高かったようですね。

児野4K8Kと3Dとの組み合わせは、我が社の大きな強みとなります。3Dは放送で一度盛り上がりかけて、今は下火になりましたが、本当に強みを発揮できるのは放送だけではないと思います。医療はまさに3Dが相応しい代表的分野で、展示を行った「4K3D外科手術」のリアルな立体的な医療映像に、皆さん非常に驚かれていました。実際に医学部の先生方から「是非使ってみたい」との引き合いを数多くいただいています。

── どのような用途開発が期待されるのですか。

児野手術をされる先生ご自身は、立体的な高精細な映像を手術顕微鏡でご覧になっています。ところが、同じ手術室にいる医局員などは、それを変換したクオリティの低い2K映像(2D)でしか見られず、また、記録もできていませんでした。貴重な手術映像を見せる術も記録する術もない。それを解決したのがこのシステムなのです。

高精細な4K3D映像で取り出し、記録もできる。クラウドにアップしてアーカイブすれば、世界各国からアクセスできる状況に置くこともできます。メタデータやスーパーをつければ立派な教材となり、学術的に価値ある映像として生きてきます。単に撮るだけではなく、蓄積して表示するところまで、トータルで担えるシステムになっているところが肝になります。

── 3Dとの組み合わせが生きてくる分野は他にもありそうですね。

児野今、芸術や伝統工芸の分野についても可能性を探っています。絵画の世界では作品を8Kで精密スキャンして再現することはすでに行われていますが、たとえば彫刻や工芸品の世界では、3次元スキャンしたデータを裸眼の3Dディスプレイ上で再現するのが有効ではないかと考えています。インテグラル方式という、NHK放送技術研究所でも研究している方式に私たちも挑戦しています。現在、高画質を保ちながら裸眼3Dを実現できるのは12インチ程度ですので、それにふさわしい被写体を検討しています。茶碗や盆栽などは良いかもしれませんね。

―― 昨今頻発する気象災害や減災の視点から、災害時の緊急情報に関する展示なども好評だったと聞きます。

児野災害発生時、通常のインフラでつながりにくくなる電話に対し、携帯メールで一斉発信する「KinQ.jp」というサービスを紹介しました。現在、すでに実用化していて、10万人以上のユーザーがいます。また、テレビに表示される津波情報を、4Kや8Kの情報量を活かしてもっときめ細かく正確に作画できるシステムや、地震の震度情報のわかりやすいきめ細かな情報の出し方、よりイメージしやすい風速の表示などの作画システムも、今後の登場が予想されます。

避難所情報などは今のデータ放送でも可能ですが、いかんせんデータが重い。これは、テレビに入れてしまうとCPUの能力に縛られ、限界が出てきてしまうからで、連携ツールとしてのセカンドスクリーンをもっと検討していく必要があります。その点、CATVなどで用いられるSTBにも着目しています。ディスプレイと別筐体であることは合理的で、STBのみを小型化したり、ファームウエアを最新のものへ更新したりすることも可能です。災害情報の視点からも是非、CATV事業者とも連携していきたいですね。

児野氏―― ハイブリッドキャストについてはいかがでしょう。

児野データ放送よりリッチな情報を提供でき、インタラクティブ性も確保できます。4Kとの親和性が高く、自分の欲しい情報をよりきめ細かく求められるサービスとして進化していくと思います。仮にCATVやIPTVで4Kやハイブリッドサービスが先行するのであれば、われわれも躊躇なくそこへ参入し、ノウハウを蓄積していきたいと思います。それが将来的にNHKの放送サービスの充実にも還元されていくはずです。

―― 2020年がひとつのゴールになりますか。

児野ゴールではなく、ひとつの節目ですね。オリンピックに目標を定めて様々な技術がステップアップします。しかし大事なのはその後です。1964年の東京オリンピックではカラー化が進展しました。72年の札幌五輪を経て、98年の長野五輪では、26年振りの国内開催のオリンピックということで、例えば、スラロームなどひとりずつ滑る競技で、トップの人の映像を薄く出して速さを比較できる「仮想対決」や「氷中マイク」など様々なトライアル等が思い出されますが、デジタルハイビジョンの普及につながったこと以外は、あまり定着しませんでした。今回の東京五輪が放送技術の全体的な底上げの要素として、また、8Kの普及に向けた節目になればという思いです。

── 制作環境の技術に対し、受信機の側の進化のポイントはどこになりますか。

児野4K8Kという本線の画質・音質をよくすること。そして、ハイブリッドキャストなどの放送と通信の連携サービスをいかにうまく処理するかということ。この2つに収れんされるのではないでしょうか。

── 冒頭にご指摘された、テレビという概念から離れつつある部分と、本来と変わらない部分との二重性がひとつのテーマですね。

児野そうですね。その方向性は変わらないと思いますので、後はペース配分の問題だけです。これは民放さんなどでの議論の一例ですが、ハイブリッドキャストでの画面オーバーレイが、スポンサーからの理解を得にくい、スーパーの文字に影響するといった大きな課題があると伺います。こうした事情からセカンドスクリーンを推奨する動きは、大変リーズナブルなアプローチとして注目しています。

今後、外国のメーカーなど競争はさらに激しくなりますが、私たちの役割としては、その受信機の上で提供できるサービスの質を極力高めていくことだと思います。4K8Kやハイブリッドキャストなどの利点をうまく組み合わせ、使い易く、かつ魅力的なコンテンツ制作に取り組んでいきたいと思っています。NHKメディアテクノロジーはその先導的な役割を存分に発揮していきます。

◆PROFILE◆

児野 昭彦氏 Akihiko Chigono
1953年5月12日生まれ、東京都出身。1977年4月 日本放送協会入局。技術本部(現技術局)において無線設備や回線センターのシステム開発、また、埼玉県川口市のNHKアーカイブス設立に基本構想から携わる。2008年6月 放送技術局長、2010年6月 技術局長を歴任し、2012年6月 日本放送協会を退職。同年7月 株式会社NHKメディアテクノロジー 上席執行役員に就任、2013年6月 同代表取締役社長、現在に至る。趣味はゴルフ、落語鑑賞、似顔絵。好きなことは、人を喜ばせること。

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