猿谷 徹氏

ただ売っていただくだけでなく、一緒に考えていく
専門店と2人3脚のパートナーシップを築きたい
株式会社ヤマハミュージックジャパン
AV・流通営業本部本部長
猿谷 徹氏
Toru Saruya

トップエンド商品“3000シリーズ”を投入し、ハイファイオーディオへの本格参入を果たしたヤマハ。新たな体制づくりで商品価値を伝え、価格競争からの脱出を実現していく。さらに新規顧客層への新たなプロモーションに着手。精力的に活動していくヤマハミュージックジャパンの猿谷氏に意気込みを聞く。

 

オーディオの入り口を広げるプロモーション活動
1社だけではできないことを共同でやっていく

トップエンドの商品の
プロモーション体制を構築

── 1年ぶりのご登場です。状況はいかがでしたか。

猿谷国内オーディオの責任者になった昨年、同時期にハイファイのトップエンドの位置づけで3000シリーズ、A-S3000とCD-S3000が出るというところでした。これを皮切りに商品の価値を再確認し、その上でしっかりとプロモーションする活動を行ってきました。当社は注力する商品の構成に合わせ、量販店様中心の営業体制となっていました。しかし3000シリーズを出す際、この商品はヤマハにとって、ハイファイでの復活をかける大事なステップになると認識し、量を追う商品と同様に扱ってはならないという思いで体制を組み直したのです。

いい商品をいい商品として伝えるためには、試聴環境や説明の体制も整った専門店様できちんと扱っていただかなければ。まずは仕事のしくみや打ち出しを変えていきましたが、社内でも当初は驚かれ、議論もだいぶ行いました。次から次へと出る商品の中、ひとつの商品にばかり手をかけてはいられない。しかしあえてそれをやり直そうとしたのです。

当初、商品をきちんと理解し、展示し、試聴会もやっていただける全国約30のお店様に対して「プレミアム店政策」を打ち出しました。そして30店様に対して、我々自身もきちんと営業的にフォローする体制づくりを行いエネルギーを注いでいく。営業体制では組織を横断した「専門店プロジェクト」をつくりました。60歳を過ぎたシニアパートナーのベテラン社員を集め、これから育っていく30〜40代の中堅社員と組ませた営業体制としました。

私も全国の専門店様に伺いましたが、当初ほとんど信用していただけていない雰囲気でした。こうした状態を目の当たりにし、商売が成立していないと感じました。しかし3000シリーズのような商品は、専門店様としっかり組んで展開していかないと、結局は価格だけの訴求となる。ここを変えていかなくてはと思いました。こうした商品は安易な値引きはしない。それは、お客様とお店様をサポートをするコスト、そして商品をつくるコストがかかるからです。それなりの利益がなければ、今後次のモデルをつくっていけなくなります。トップエンドとはそういうものですね。そして我々はそういうところも含めて、魅力ある価値をお客様に提示できなければいけません。価格のバリューを納得していただけるような価値を、我々、そして流通の方にも付加していただいて、買ったお客様に喜んでいただくということです。

3000シリーズやAVアンプの5000シリーズのプロモーションでは、こうしたことを私が直接、流通の方々にご説明していきました。ヤマハは今後このような考え方でやっていくと明確に打ち出し、皆さんわかってくださいました。最初は社内でもそんなことができるとは誰も信じませんでしたし、私自身正直少し自信がなかった。でもここでやらなければ、何も変わらない。商品を手当たり次第流して価格がどんどん崩れていく、そういうところから抜け出したい。それは我々だけでなく、お店のため、お客様のためでもあります。

安心して商売し、ある程度利益を出させていただいたら次の新しい商品をつくって、お客様に喜んでいただく。こういう本来の循環が、今のAV業界は崩れています。量が売れても利益が出ない構造に業界全体が追い込まれていますが、我々はそこから抜け出したいと思っています。

専門店と2人3脚で
お客様、市場をつくる

── 専門店への対策をしっかり行い、この1年で信頼関係を築けたのは大きいですね。

猿谷信頼関係を築くために重要なのは、商品が故障しないとか、営業のサポートとか、いろいろ要素はありますが、最終的には人間関係だと思います。そこで今年度は、独立組織として専門店営業課をつくりました。7人体制で全国をきめ細かく回り、試聴会も数多く行っています。ある意味あたり前のことではあります。しかし厳しい状況の中では人員体制を維持することが難しくなりますから、我々はハイファイに関して後追いの立場でそのエネルギーをどうつくるかが課題でした。

昨年当社がヤマハミュージックジャパンとなり、電子鍵盤楽器の営業とオーディオの営業がひとつになって、1店に2人だった割り当てが1人になり、その余力で専門店営業チームをつくることができたのです。1人1人の負担が増えて1年間大変でしたが、互いに楽器とオーディオの勉強会をやりながら弱いところを補い合い、チームとしての一体感も出て来ました。私自身も、重要なお店様を3ヵ月に1度は訪問しています。自分の営業的な経験から、3ヵ月以上は空けない。そして営業のメンバーには、1ヵ月に2回でも3回でも行けと。そういうことができなければ専門店様とのお付き合いはできませんし、今業界が厳しい状況にあるとすれば、我々が入り込めるチャンスだと思います。

人間関係がベースにあってこそ、商品を扱っていただける。だから我々はそこに人、モノ、金をかけています。体制をつくって意志を持って皆で動く。それだけです。決して目新しいことではなく、プレミアム店政策などは昔からやられていることでした。ただ状況が変わっています。

20〜30年前は専門店様ルートでも量を追えました。しかしそういう時代は終わっています。これからは逆に、製販一体、マーケティング的に一緒にやる考え方が重要だと思います。量を追うのではなく、国内市場でどういう商品がウケて、どうプロモーションをすれば新しい価値が生まれ、市場が拡大できるのか、ということをともに考えていくようなお店とのつながりです。

そういう考え方で我々は、30〜40店様に限定して注力させていただいています。互いにコミュニケーションがとれて、疑問があれば技術者も訪問し、試聴会にも参加して自ら語る。そうなるとお店の方がある程度開発にも関わることになりますから、お店の方にとって商品は自分が育てたような思いで一生懸命売りたくなるでしょう。それが本来であり、これからの関係だと思います。国内だからこそこれができます。そういう2人3脚のような関係の新しいパートナーシップ、ただ売っていただくだけでなく、一緒に考えていただくということです。

プレミアム店とのミーティングでは、新商品の説明やビジネスミーティング、懇親会に加えてクラシックのコンサートもプログラムに入れています。お店でもライブの開催をご提案していこうと思っています。オーディオ専門店のサロンで月に1〜2度、生の音楽を聴く場をつくるのは有意義だと考えます。新しいお客様にもアプローチでき、音楽の広い意味での普及拠点になることが、専門店の存在意義を高めると思います。またお客様もCDでしか知らなかった生の楽器の音に触れて、音楽をより楽しめるでしょう。こういうご提案もヤマハらしさだと思います。そういうやり方で盛り上げて参りたい。

── トップエンドモデル以外の対策はいかがでしょうか。

猿谷我々の商材はAVアンプとバースピーカー、デスクトップオーディオとハイファイの柱があり、それぞれに価格帯の違いがあります。それぞれの商品価値を整理して、どういうチャネルに売っていただきたいか、売り方はどうするのかを整理しました。すべてをけん引するトップエンドでは、すでにご説明した対策を講じましたし、その他の商品でも独自のチャネル展開をしています。

ヘッドホンは主力店様に並び始め、実販がまわり始めたところです。デザイン性の高いものが好調で、それぞれほかのブランドにない切り口で個性を発揮できています。ヘッドホン、イヤホンについてはこれからも本格的にやって参ります。デザイン性、そしてヤマハらしい音質優先のもの、2系統に分けて商品内容も充実させていきます。

デスクトップオーディオでは、ミニコン、ブルートゥーススピーカー、そしてインテリア性の高いRestioやライティングオーディオシステムのRelitを展開しておりますが、これらは激しい価格競争市場を避け、インテリア系専門店ルートに主力販売網をシフトしつつあります。商品別最適流通政策として、流通の得意な分野ごとに商品を分け、一律にしないマーケティング政策の一環です。それぞれの商品に適した売り場、売り方があります。それをしっかりやっていくということです。

専業4社合同で
新規顧客層へアプローチ

猿谷氏── 猿谷本部長は、日本オーディオ協会の副会長にもご就任されました。

猿谷実はこのほど、オーディオ専業メーカーであるヤマハ、パイオニア、オンキヨー、ディーアンドエムホールディングスの4社で合同プロモーションを計画しています。私は協会の副会長の立場でまとめ役を致しますが、新しいお客様をどう呼び込むかをテーマとしています。

ターゲットは2つで、1つは中高年層。若いころにオーディオに親しみながらも、結婚、子育て等を経てオーディオから離れてしまった人たちです。今子どもが巣立ち、段ボールに入ったレコードを再び聴いてみたい。こうした潜在カムバック層はたくさんいるのですが、量販店様に行くとミニコンポ、専門店様に行くと100万円以上の高級機しかなく、自分が理解でき、欲しいと思える価値・価格の商品に接し刺激を受ける場所がないわけです。そこでハイコンポ、ハイレゾ、ネットワークといった時代のキーワードを絡めて、20〜30万円くらいで中高年の方にも求めやすい、しかもミニコンポよりも質感がある。そういう商品群をわかりやすく提案していきたいと思います。こうしたプロモーションは今まったくされていませんし、ターゲットに届いていません。そこでどうすればいいかを、4社で考えていこうとしています。

そしてもう1つの対象は若い方。これはハードそのものを、メーカーがつくりこまなくてはいけないと思います。ヘッドホンよりスピーカーがいいんだぞ、と既存のシステムを押し付けるのでなく、若い方のテイストにあうデザイン、サイズ、コンパチビリティで、彼らが今興味があるものに結びつき発展できるような、わかりやすいもの。我々もそこを狙って社内で議論しています。同じ商品をモデルチェンジし続けるだけでは何も変わらない。開発側も今、転換期を迎えていると思います。

今は変わるチャンスです。中高年層も若い人も、音楽を嫌いになってはいません。そこを踏まえていい商品を開発する、そしてプロモーションするのはメーカーの責任です。1社だけではできないことを、4社共同でやろうとしているのです。そう考えて日本オーディオ協会の校條会長に相談し、協会の下部組織に位置づけてさせていただき、オーディオ専門政策懇話会という名称としました。これから積極的に、活動していきたいと思っています。

◆PROFILE◆

猿谷 徹氏 Toru Saruya
1981年 日本楽器製造(株)(現ヤマハ(株))入社。2001年 ヤマハミュージックマレーシア社長、2003年 ヤマハカナダミュージック社長、2007年 ヤマハミュージックロシア社長を経て、2013年 (株)ヤマハミュージックジャパン AV・流通営業本部本部長に就任。

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