巻頭言

大分椎茸

和田光征
WADA KOHSEI

私が「豊の国かぼす特命大使」を拝命して、早いもので20年になろうとしています。在京大分県人としての広報活動が主で、私が語るお国自慢もその領域であります。今、かぼすが旬でありますが、ここでは私の大分広報活動の一環として、もうひとつの特産品である「大分椎茸」がなぜ美味しいのかを述べてみたいと思います。

大分の椎茸はなぜ美味しいのか。その最大の理由は櫟の木しか使わないからです。そのことがしいたけ組合を通じて栽培農家に徹底され、厳しく守られています。櫟の木の皮肉は厚く、椎茸の菌の繁殖に最も適しているので、穫れる椎茸は肉厚で美味しく上質、収穫も安定し、大分独自の椎茸を作り上げていったのです。

今自然保護が常識ですが、大分椎茸の産地ではローテーションを組んで櫟の山を使っています。櫟の株から芽が出て13?15年位成長を待ち、それから伐採して椎茸を栽培する。これを山ごとに順に繰り返すことで、自然をも保護しているのです。また成長後13年前後の木は、山から南向きで木洩れ日があって、やや湿気のあるザコ場(栽培場所)まで移動させるのに、大きさや重さ、そして椎茸を栽培する上での質等が最も適しているわけです。櫟の芽が出て成長を長年待つ、そのことを当たり前としながら「大分椎茸」というブランドが完成されたのです。

桜の花が咲く頃からは、この時期に収穫する「春子」という名の椎茸が盛りです。年間通して最も収穫の多い時期で、連日朝からザコ場は賑やかです。この春子の収穫が終わると、「秋子」の季節までザコ場は眠りの時でもあります。春雨の頃、秋雨の頃、それは生物にとって成長の時でもあるのです。

大分椎茸を最も有名にしたのは、この季節よりやや外れた秋から冬にかけて収穫される「どんこ」です。肉厚は2?5センチにもなり、頭部に白いひび割れがあってずんぐりと重いものが美味で、大分椎茸の最高級品としてその名声を不動のものとしています。とりわけ高級中華料理に欠かせない食材で、海外にも輸出され人気を博しています。乾燥時の燃料は、現在は化石ですが、昔は炭を使っていました。山々に炭火焼きの煙がたなびいて、今想起しても趣のあるものでした。炭火での乾燥は手間がかかりますが、味はその方が良かったと思います。

いずれにしても、大分椎茸の栽培に少年の頃からたずさわった者として、「純大分産」として大分椎茸が東京で売られている様を見て嬉しく、誇りに思っていました。「他県でも栽培しているのに何故」と思いながら、そのルーツを調べたのは随分前のことでした。たまたまテレビで大分の栽培農家の主が「櫟しか使わんから」と話しているのを見てからです。そういえば櫟ばかりだったし、櫟山のローテーションも当たり前にやっていた。そのことはエコロジーという視点からも素晴らしいと、改めて誇りに思ったものでした。

エコ的なことは、櫟のことばかりではなく、昔は日本国中どこでもそうだったと思います。例えば東京郊外の武蔵野、柳沢吉保が勧めた方式など、合理的で深い感銘を覚えます。

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