渡邊修徳氏

「カスタマー・ファースト」を軸に
黒字化体質をスピーディーに確立
日立コンシューマエレクトロニクス(株)
代表取締役
取締役社長
(株)日立製作所
コンシューマ業務本部長
渡邊修徳氏
Shutoku Watanabe

7月1日、日立製作所から分社化し設立された、日立コンシューマエレクトロニクス株式会社。黒字化への手応えを掴んだこの一年間の構造改革や高品質の製品とサービスという日立のDNAを活かしたコンシューマ事業の展開方針、そして、BtoC市場の中心商品となる薄型テレビ事業への取り組みなど、「カスタマー・ファースト」をビジョンに新たにスタートを切った同社の設立経緯と今後の展開について、取締役社長に就任した渡邊修徳氏に話を聞く。

大切なのは本質を見失わないこと
決して軸がぶれないということです

構造改革に手応え
TVは日本市場が中心軸

── この度、分社化されて、「日立コンシューマエレクトロニクス」を立ち上げられました。まず、その経緯からお聞かせください。

渡邊氏渡邊 薄型テレビ事業において、日立は液晶、プラズマのパネルの生産から販売に至るまで、垂直統合型で行ってきました。しかし、取り巻く環境が劇的に変わり、昨年、コンシューマ事業グループのマーケティング事業部長として着任したとき、事業構造の変化を痛感しました。とりわけ、海外でパネル事業を成立させていくためには、ワールドワイドで数を追わなければなりません。結果として、この流れについていくことができなかったため、3年続けて大きなマイナスを出す結果にもなりました。

そこで、昨年より構造改革に着手し、まず、パネル事業をこれまでの垂直統合型から水平型へと方針を大きく転換しました。海外ではここへ来て、嗜好品ではなく生活必需品として、価格重視の動きが強まってきたことから、各市場に適した製品、オペレーションを進めています。欧米では自主生産から生産委託へ切り換えました。

あわせて商品開発では、高付加価値型という日立の強さを生かすことができる日本市場向けを中心軸とする方針です。また、従来はプラズマや液晶の違い、上位機と普及機の違いなど、全部で4種類あったエンジンを、機能を共通化するなどして1つに統合しました。共通化による部品コストの削減はもちろん、次の商品の開発費用の低減といった観点からも、大幅なコストダウンを実現しています。

── この一年間にわたる構造改革の手応えを掴んだということですね。

渡邊いろいろな手を打つことで黒字化が見えてきました。それが分社化のひとつの大きな理由です。日立には、分社化して独立運営させると非常に強くなるという例が過去にも数多くあります。ある方向性が見えてきたら、独立独歩で退路を断つ分社化は、一体感を増す上でも非常に有効な手段となります。02年には白物家電を日立ホーム・アンド・ライフ・ソリューションとしてすでに分社していますが、AV系は垂直統合型の事業構造で、パネルへの投資などが相当重く、子会社だけでは背負いきれないとの判断で分社ができませんでした。しかし今回、この点もクリアされたわけです。あとはスピード。昨年一年間、構造改革を進める上からも心掛けたのは「スピード感をもって行う」ということでした。

── 分社化による新体制についてご説明いただけますか。

渡邊ものづくりの会社として、原点となるのはやはり、お客様に本当に喜んでもらえる商品を提供することです。そこで「カスタマー・ファースト」をビジョンとしました。それを具現化していくのが次の3つの経営方針です。

1つめは「高品質な製品とサービスの提供」です。信頼されるメーカー、それこそが日立のDNAです。単に流行りのものをつくるというのではなく、技術力を中心に、高品質なもの、信頼されるものを生み出してきました。そうした商品とサービスでお客様の信頼を獲得して参ります。

2つめは「営業主導型事業運営体制の深化」です。ものづくりというとプロダクトアウト的な面が強くなりがちで、特に重電系を持つ当社では、そちらの機軸が会社のカルチャーとしても強くあります。ところが家電は、お客様が本当に欲しいものを欲しいタイミングで提供できないと売り負けてしまいます。お客様に近いところからものを発想していくことをもっと大切にしていきたいと思います。

3つめは「パートナーとの協業強化」です。分社ということで責任と権限も委譲され、よりスピーディーな経営判断が求められます。日立コンシューマエレクトロニクスのAV機器関連の売上げは今年度約4000億円規模(12カ月換算)となる予測ですが、その内のおよそ6割が、すでに合弁等で行っている事業からのものです。光ストレージ事業では、韓国のLG電子殿との合弁による「日立LGデータストレージ(株)」が9年目に入りますが、日立の技術力と彼らの製造力・販売力という最強の組み合わせで、ワールドワイドでシェアNo.1を維持しています。協業として大変象徴的なモデルとなっています。お互いの強みを生かした協業による事業拡大は、今後ますます重要になってくるでしょう。

 

3つのゾーンで
追求するお客様満足

── 組織としては3事業部4本部の体制となりました。

渡邊マーケティング事業部とデジタルコンシューマ事業部はかつてはひとつの事業部で、ものづくりから販売までを一貫して見ていました。しかし、販売の最先端の情報が掴みにくく、判断が遅れてしまうという欠点があり、そこで、私が昨年着任したときにフロントドリブンを意識して、マーケティング事業部を新設しました。引き続き、BtoCはマーケティング事業部とデジタルコンシューマ事業部で、BtoBをソリューションビジネス事業部で運営して参ります。

──  商品を販売するグループ会社として日立コンシューマ・マーケティングがございます。フロントドリブンでマーケットに近くということですが、同社との関係強化についてはどのようにお考えですか。

渡邊従来は、製品を軸にするためにどうしても事業部側が中心になっていた商品本部を、日立コンシューマ・マーケティングの中に設けました。製品ごとの個別最適化よりも、お客様向けに全体としての最適化を目指すというのがその狙いです。そこへ、日立コンシューマエレクトロニクスや白物家電の日立アプライアンスから兼任で責任者を派遣します。お互いがやっていることを理解しながら、ひとつひとつ前へ進んでいくことが大切だと考えています。

── 渡邊社長は日立製作所のコンシューマ業務本部の本部長も兼任されていらっしゃいます。これは、どのような意味を持ちますか。

渡邊いままで、コンシューマ事業グループだけが日立製作所内、あとは分社化したグループ会社という関係でした。私自身、日立コンシューマ・マーケティングの社長を務めていましたが、そこから日立本体を見ると距離感があります。そこで、一緒に外へ出て、同じグループ会社として一体感をもってやっていこうというのが趣旨のひとつです。ただ、全部が横並びになってしまいますので、コンシューマ業務本部として日立本体にまとめ役の機能を持たせました。今後、組織や機能のさらなる進化、見直しが必要になってきますが、そこはコンシューマ業務本部のミッションとなります。

── 今後のコンシューマ事業の展開についてお聞かせください。

渡邊まずBtoCでは、薄型テレビが中心になります。事業規模でいたずらに物量を追いかけるのではなく、それぞれの消費地で、事業規模に見合った経営基盤を構築していきます。そのなかでも当面は、日立の強みを生かせる日本市場を重点的に展開します。製品的には、自社でやるもの、他社と組みながら進めていくものをより明確化し、ラインナップを絞り込むと同時に、その強化を図ります。さらに、これから起こる環境の変化に対し、どのルートを強化していくかといったことも考えながら進めていきたいと思います。

渡邊氏日立の強みである高付加価値化については、まず、薄型テレビの命でもある高画質化です。特に今年は、プラズマでは42V型以上でフルHD化しました。また、環境志向型でエコに関する商品性の追求も強化して参ります。使い勝手の面からはすべてのメディアをシームレスで見られることが重要になります。その中でもポイントとなってくるのがインターネットを取り込むネット対応だと考えています。さらに、従来から力を入れている録画機能もさらなる差別化に力を入れて参ります。

商品ラインナップでは、「ベスト」「ベター」「グッド」の3つの商品カテゴライズをしています。その各階層へ向けて、まず「ベスト」においては「UTシリーズ」をフラグシップ機と位置付け、大切に販売していきます。一方、昨今の景況感から、数量的にも中心になってくるのがその次の「ベター」のゾーンです。ここにプラズマと液晶の「03シリーズ」を揃えました。春先に、「UTシリーズ」で8機種、「03シリーズ」で7機種、全15機種のラインナップを発表し、市場でも大変好調に推移しています。収益の柱という意味からは、真ん中の「ベター」がこれからの中心になると見ており、さらに強化していきます。お求めやすい「グッド」のゾーンも大事になります。地域店様でも、上得意のお客様は「UTシリーズ」などをすでにご購入いただき、これからは寝室や子ども部屋などへのニーズが強まっていきます。ここへは、調達で22、26、32V型の「H03シリーズ」を投入しました。

日立のよさをきちんと伝えていけば、お客様はついてきてくださる。そうありたいと思います。そのためには、お客様に特長をわかっていただかなければなりません。例えば録画機能でも、お客様の実際の生活シーンにできるだけ近いところでその有用性をわかっていただきたい。この6月末からは、眞鍋かをりさんを起用して、日立提供番組の中で、長めの30秒と1分のバージョンを中心にTVCMをスタートし、「大変わかりやすい」と好評をいただいています。

実は、技術戦略本部長をやっていた2003年に、ハードディスクを民生品に応用するプロジェクトがあり、相当な時間と予算をかけ、プラットフォームづくりから行いました。それがいまになって生きています。ハイビジョンのキレイな映像を見ていると、誰でも録りたくなる瞬間がある。その時、将来の使い勝手や楽しみ方を考えれば、恐らく、ハードディスクが本流になる時代が必ずやってくると直感的に思いました。単なるタイムシフト用途ではない。いい番組、美しい番組だから何回も見たくなる。だから簡単に録れることが必要なのです。そこが、海外とはカルチャーが違うところですね。眞鍋さんのCMでも、そうしたことが伝わるように、第2弾、第3弾と継続的に訴えて参りたいと思います。

生活の中の価値として
具現化することが大切

── 水平型へ切り換えたことで、以前にも増して、企画力が重要になってくると思われますが、どのような施策をお考えでしょうか。

渡邊BtoC製品に対してどう対応していくか。また、会社の経営の上でどう対応していくのか。それぞれに考え方や施策があると思います。BtoCについては、お話ししてきたようにクオリティをしっかり追求していくこと。われわれが提案してきた録画機能や「UTシリーズ」でのレイアウト自由型は、これから先も引き続き大切なテーマです。また、そうした要素技術がこれから先にも数多く出てくる。次にどんな提案ができるのか。それに対する市場リサーチも必要です。

技術的なシーズや可能性はおよそ見えているのではないでしょうか。例えば液晶テレビは、LEDバックライトにすれば薄型化や高コントラスト、省電力といった本質的なメリットはあります。しかしそこで大切なことは、お客様が生活の中で見て楽しい、使って楽しいと思える価値。それが商品づくりには欠かせません。そこを皆でディスカッションして、磨きこんでいくためには、本質を見失わないこと。決して軸をブレさせないことです。

── 事業計画では、本年度下期に製品損益黒字化、2010年度に営業利益の黒字化を発表されました。

渡邊第1四半期終了時点ではほぼ計画通りに進んでおり、今年は計画通りに進められるのではないかと思います。ただ、国内のテレビで言えば、エコポイント制度等で需要が前倒しされ、来年は計画増の方向が予想される一方、再来年はリセッションも考えられるなど、さらに精査していきたいと思います。

── 強みである付加価値商品をきちんとアピールされていく上からも、流通とお客様に対するコミュニケーション戦略がより重要になってきますね。

渡邊例えば地域店様はお客様に近いことが最大の強みとなります。薄型テレビでネット対応を高付加価値化のひとつとして打ち出していますが、インターネット接続が手に負えないお客様も少なくありません。お客様が必要なときに助けてあげられることが地域店様にとっての最大価値であり、そうしたインターネットやアンテナ接続工事もそのひとつ。量販店様とも、メーカーとして色々な協力の形があると思いますし、一緒になって、それぞれの強みを伸ばしていきたいと思います。

── それでは最後に座右の銘をお聞かせください。

渡邊「逃げない」ということです。むずかしくて先が見えないとき、「しまった、失敗してしまった」という場合もあると思います。しかし、どんなに辛くても、逃げずに正攻法でいくこと。勇気をもって現実を見るのは実は大変なことなのですが、短期的に改善を求めてもうまくはいきません。多少時間かかっても、正面から向き合って手を打っていくことが、自分にとっても、また、組織にとっても健全に発展できる道になると思います。

 

◆PROFILE◆

渡邊修徳氏 Shutoku Watanabe
1948年3月4日生まれ。茨城県出身。70年3月東北大学工学部卒業、同年4月(株)日立製作所入社。横浜工場テレビ設計部に配属になり、カラーテレビ、プロジェクションテレビの設計に従事。94年AV機器事業部商品企画部長、96年から日立ホームエレクトロニクスヨーロッパ出向を経て、02年(株)日立製作所 ユビキタスプラットフォームグループ技術戦略本部長、04年日立コンシューマ・マーケティング(株)取締役社長、08年(株)日立製作所コンシューマ事業グループ副グループ長兼マーケティング事業部長、09年4月コンシューマ事業グループ長&CEO、09年7月より現職。