巻頭言

天の理

和田光征
WADA KOHSEI

世の中、相変わらず厳しい環境が続いている。こうした状況下で私が最もよしとしないのは、消極的で、悪い話ばかりを温々とした体制の中で語り、その日を送っている人達である。こうした時こそ、前向きで積極的である人しか勝つことはできない。

今回の不況は、サブプライムに端を発した百年に一度という世界的なものであるが、要は米国から発した市場原理主義の行き過ぎと、物づくりに関わりのない人種の強欲がもたらした人為的なものである。己の力では何ともしがたい、無力感に襲われるような不況であると言えよう。

しかし、思いをめぐらせて欲しい。天地自然の原則から照らし合わせて、我々は、ヘッジファンドのふるまいに疑問や憤怒を果たして感じただろうか。市場原理主義をベースとした冷血小泉改革に、異を唱えただろうか。ホリエモンなど世間をなめきった若者達のふるまいに、怒りはあったか。村上ファンドに対してはどうだったか。こういう時代なのか、と無批判に受け入れ黙して、同じマネーゲームに走りはしなかったか。

ファンドが買収して運営する会社はマネーゲームに踊らされ、資産はことごとく売り払われて規模も極端に縮小し、会社としての体をなしてはおらず、将来への展望もない。彼らは従業員の人間性を無視し、機械のパーツ位としか考えていない。従業員はいつもビクビクし、仕事などできる訳がない。日本国の片田舎の工場でも英語での会議が常態化、対応できない社員は解雇するなど、労働法から見てもおかしなことがまかり通っている。   結局は売却、金儲けの商品として法人を扱う、そんな理不尽なファンド経営だが、果たして我々はそれに対して、法規制すべきであると異を唱えただろうか。

私が言いたいことは、こうした市場原理主義の時代において、何らの批判精神なく過ごしてきた人ほどこの不況がこたえており、出口を見つけられずにいるのではないかということだ。

それがまた、天の理である。

私の考えは、まず人間ありき、である。それは私自身の哲学である。人間のための物づくり、それが人間の暮らしを豊かにし、人間を繁栄させていく。それは、朝陽がのぼって夕べに沈み、夜が来て闇があり、また朝がくるという自然の摂理と一体なのである。

こうした本質を根底に置いている人、および企業しか、この難局を乗り切ることはできないし、未来への展望を抱くこともできないだろう。おかしなことは疑い、そして本当に間違っていれば、社会問題であろうが企業問題であろうが、怒るべきである。正しい道をしっかりと見つめる、その方向に積極的に取り組み前進する人や企業こそが勝ち残っていくのである。

これからは、ファンドなどに対して全世界的に規制が入り、実体経済資本主義へと変わっていく。ここからの流れを掴んでいなければ、生き残ることはできないだろう。

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