真栄田 雅也氏氏

プリント文化を軸に据え写真文化のさらなる創造へカメラ性能向上を徹底追求
キヤノン(株)
取締役
イメージコミュニケーション事業本部長
真栄田 雅也氏
Masaya Maeda

パーソナル化、ユーザー層の変化、動画文化との融合など、デジタルカメラは今、新しいステージへ向けての大きな一歩を踏み出そうとしている。写真文化のさらなる活性化という目的とも相俟って、そこには何が求められているのか。入力から出力までの幅広い商品陣容を揃え、デジタルイメージング市場創造の大きな役割を担うリーディングメーカー・キヤノン。デジタルカメラの人気シリーズ「IXY」「PowerShot」を立ち上げた真栄田取締役に市場展望、同社の取り組みについて話を聞く。

撮りたい人がイメージする通りに撮ることができるカメラにもっともっと近づけていくべきです

電子カメラの
開発とともに歩む

―― 真栄田様はキヤノンのデジタルカメラの歴史とともに歩んでいらっしゃったとお聞きしています。

真栄田真栄田氏入社以来、開発部門に携わり、アナログ電子カメラをスタートに、フィルムを使わないカメラをずっと担当してきました。最初に出た電子カメラは86年で、業務用でした。電子カメラ、レコーダー、電送器、プリンターで構成される、報道等で使用するシステムとして提案させていただきました。その2年前の84年にロサンゼルス五輪が開催され、そこで五輪会場から伝送でカラー写真を送るテストに成功していました。88年には「Q-pic(キューピック)」という民生用を発売しています。

―― アナログからスタートした電子カメラが、現在のデジタルカメラとしてブレイクしたのには、どのような市場背景があったのですか。

真栄田アナログのときには、基本的には当時のビデオの方式と同様で、画質的にもまだ決してよくはありませんでした。また、パソコンがまったく普及していなかったため、ハンドリングする環境もありません。自ずと、一部の業務用途にとどまりました。

ところが90年代半ば以降になって、デジタルカメラ、すなわち、記録する信号がデジタル化され、コンピューターリーダブルなフォーマットに変換されていくと同時に、パソコンが世の中に普及していきました。インクジェットプリンターも急速に進化を遂げ、一気に環境が整い、今日のデジタルカメラ全盛の時代に至っています。中でもやはり一番大きかった要因は、パソコンの普及ですね。

―― キヤノンのデジタルカメラは、現在では世界トップシェアを誇ります。

真栄田96年に投入した「PowerShot 600」がコンパクトデジタルカメラの第1号機となります。まだ、デジタルカメラが全然普及していなかった時代ですから、半業務用の用途を想定したとても大きなコンパクトカメラでした。その時代、時代の最高の画質を取り入れていくことをコンセプトに据え、2年後の98年には、これからコンシューマー市場へ拡大していくという確信のもと、「PowerShot A5(Aシリーズ)」という商品を発売しました。ここからは完璧にコンシューマー機器としての展開となります。

―― ブレイクのキーとなったのはどの商品ですか。

真栄田2000年に発売した「IXY DIGITAL」ですね。このブレイクがわれわれにとって一番大きなターニングポイントとなりました。ここを中心に上下にラインナップを拡げ、コンパクト市場での地歩を築きました。03年には国内シェアNo.1を獲得し、現在はワールドワイドでもトップシェアをいただいています。

映像エンジンにこだわったものですから、若干スタートが遅れてしまい、デジタルカメラ市場では後発になります。しかし、99年にはエンジンができて、プラットフォームのスケーラビリティを確保することができましたので、一気にラインナップを強化することができるようになりました。

芽生え始めた
新しい動画文化

―― ユーザー像の変化についてはどのように捉えていらっしゃいますか。

真栄田デジタルカメラも銀塩カメラと同じく世帯普及で始まりました。それが昨今では一気に個人普及に移行しています。一家に一台のイベントを撮影するためのものから、個人が常に携帯して色々なものを撮る、パーソナルユースへとシフトしています。また、この2〜3年の間に女性ユーザーが急増しているのも大きな特徴のひとつになります。これは米国を中心にした調査結果になりますが、デジタルカメラの購入決定者、主な使用者ともに、女性の比率が5割を突破しています。こうした背景もあり、各社、カラーバリエーション等を充実させる方向にきているのではないでしょうか。年齢層においても、最初は子供さんのいるご夫婦を中心にして一家に一台から始まったのですが、最近はエルダー層と若年層へ分岐してきています。

ラインナップで見た場合には、先進国ではすでにほとんどが買い替え・買い増し需要です。米国や日本では約8割を占めるほどで、そこでは、一家に一台、ローエンドの商品でスタートしましたが、「もっときれいに撮りたい」という要求が高まり、「いつかはクラウン」ではないですが、上位モデルへシフトしていく傾向が顕著です。一方、開発途上国では、100ドル前後の商品が圧倒的なシェアを占めています。

―― ビデオカメラは子育てがメインターゲットの商品ですが、ビデオカメラとスチルカメラの双方をやられている立場から、それぞれの文化の違いをどのように感じていらっしゃいますか。

真栄田ビデオカメラには子育て支援道具のようなイメージがありますが、最近になり、従前とは違う動画のハンドリングがユーザーの間で起きはじめています。YouTubeのような「見せる」という使い方もありますし、子供の成長記録でも、初めて歩いたとか、ちょっとした一瞬のシーンなどを3秒、4秒という動画で、静止画ファイルと同等に扱う世界もあるようです。運動会や学芸会などを長時間撮り続けるという文化は8ミリシネカメラの時代からありますが、それとは違う、どちらかというと静止画の匂いがする、動画の新しい使い方・楽しみ方が、特に若い方を中心に動き始めています。

―― そうした新しい世界がこれから広がってくると見ていいですか。

真栄田 そう思います。昨年末に発売した「EOS 5D MarkII」にフルHD動画機能を搭載しましたが、業務用では、静止画と動画の双方が必要になります。それが一般生活の中でも、静止画の中へ動画の世界を取り込んでいくというのはあり得ると思います。操作性の面からは改善の余地はまだあります。また、ビデオカメラの持つ明るさやなごみ感のようなものも、もっと追求していきたいポイントですね。

徹底してこだわる
プリント文化

―― 入力から出力までトータルで展開される中で、プリンターは御社の中でも特別な位置付けにある商品だと思います。バブルジェットも高度な進化を遂げ、お家プリントの需要も確実に増大してきています。

真栄田キヤノンは、とても広い事業領域でプリンターを手掛けていますが、その中で、われわれイメージコミュニケーション事業本部は「SELPHY(セルフィー)」という商品ブランドのコンパクトフォトプリンターを提案、展開しています。

コンパクトデジタルカメラも1000万画素クラスが珍しくなくなり、RAWファイルをコンバートしてディスプレイで見る絵もかなりよくなっています。しかし、われわれが徹底してこだわっていきたいのはまず「紙」、プリントの文化です。世の中のプリントの約95%はLサイズかポストカードサイズです。それを手軽にプリントしていただき、プレゼントに、部屋の中のディスプレイにと、いろいろな使い方をしていただくことを訴求していくのが「SELPHY(セルフィー)」の基本コンセプトです。そのためにも、画像を選び、プリントするまでのプロセスをできるだけ簡単にして、お子様ひとりでも使用できるような環境を構築していきたいと思います。

―― もうひとつの写真を楽しむ選択肢としてプロジェクターがあげられると思います。現状のシアター用プロジェクターは、映画再生のための黒の階調表現が中心となるため、写真を見ると白方向が飛んでしまい、空や雲がきちんと表現できません。メーカーの技術や商品企画の段階でも、はたしてプロジェクターで写真を見る用途がどれほどあるのか、疑心暗鬼なところがあるようです。しかし、100インチの大画面で風景の静止画を見るとびっくりして、色々なことを考えさせられます。

真栄田むしろ静止画の方が、感動がデカイときは圧倒的ですよ。手前味噌にはなりますが、わたしどもの液晶プロジェクター「SX80」は、独自の光学システム「AISYS」や高度なレンズを搭載するなど、デジタルカメラの静止画をはじめ、例えば、エクセルで作った表の小さな数字まできれいに映し出します。トップビジネスでも通用する高精細な映像投射を実現した商品になっています。

―― このモデルからLCOSパネルがキヤノン製オリジナルになりました。

真栄田デジタルカメラもビデオもそうなのですが、キヤノンでは昔からものづくりに対し、そのジャンルにおいて最高画質をクリアしなければ商品を出してはならないといった暗黙の了解のような考え方を持っています。そこでプロジェクターを考えたときに、一番適切なデバイスとして判断したのがLCOSだったということです。画質に対して譲歩は許さない、これは、わが社のひとつの文化でもあります。

カメラそのものの
性能をもっと高める

―― 出力機としてのプリンターやプロジェクターについてお伺いしましたが、写真文化という観点から、撮るだけではなく、写真を恁ゥる搖yしみの提案についての考え、今後の方向性についてお聞かせください。

真栄田従来の写真文化の延長に聞こえるかもしれませんが、まずひとつは、あらゆるサイズでプリントしていただくことです。それをディスプレイしたり、プレゼントしたり、周りの人と鑑賞し、感動を共有していただきたい。その文化をきちんと残し、拡張していくことが大きなポイントとなります。社長の内田が申し上げております「クロスメディアイメージング」というコンセプトでは、キヤノンは入力から出力までトータルで揃え、そのどこで切っても最高画質が得られる、どんな形でもいい絵がすぐに得られるようにすることが、そのメッセージのひとつであると理解しています。

2つめとしては、それ以外のプレイバックの装置に対する親和性をさらに高めていくこと。デジタルカメラの完成度はまだまだ高められると思います。それは、人間のイメージしたままの絵を、あらゆる場面で間違いなく撮れる状況にはまだ至っていないからです。カメラそのものももっと進化させなければなりません。

―― 静止画の楽しみ方は、これからさらにどのように発展していくとお考えですか。

真栄田静止画の楽しみ方というよりも、カメラそのものの性能をもっと上げていくこと。ユーザーの皆様には、価格もこなれてきて、性能にもある程度満足いただけていると思います。しかし、今はフィルムの時代と違って、デバイスもどんどん進化しますから、従来では考えられなかったようなものが撮れるようになっていくわけです。
真栄田氏
しかも、撮影する軸もいっぱいあります。距離方向であったり、明るさ方向であったり、或いは動画を含めた時間であったり、そうしたものを、撮りたい人がイメージする通りに撮れるカメラにもっともっと近づけていくべきだと思います。そして、道具の完成度を上げていくことで、ユーザーの側からもいろいろな使い方を考えていただけるのではないでしょうか。

―― それでは最後に、ものづくりに対する哲学、そして、これから先を見通したとき、どんなことが重要テーマになってくるのかお聞かせください。

真栄田ものづくりでは、最高性能を最高のパッケージに積み込むこと。性能は当然、最高画質でなければなりませんし、デザインもとても大切になります。さらにそれを、ライトプライスで提供できるということですね。

エレクトロニクス・コンシューマー分野では、10年おきにきれいに変わってきています。デジタルカメラもビデオも、ポータブルのオーディオプレーヤーにも当てはまります。

カメラでは、銀塩フィルムが電子化され、それがアナログからデジタルになり、ハンドリングがとても便利になりました。それでは、次のポイントは何かというと、キーワードは「ネットワーク」だと思います。通信もこれからさらに大きく進化していきます。そのネットワークに、画像機器がどう組み込まれていくのかということです。

あとは繰り返しになりますが、撮像機器としての完成度は、まだまだわれわれが思いもよらないような発展をするポテンシャルを備えている。それをどう実現していくかですね。

◆PROFILE◆

真栄田 雅也氏 Masaya Maeda
1952年、宮崎県生まれ。1975年にキヤノン(株)入社。95年DEプロジェクトチーフに就任。2002年DCP開発センター所長に就任。2006年DC事業部長に就任。2007年3月に取締役、4月にイメージコミュニケーション事業本部長に就任し、現在に至る。