木村 純氏

人生の節目に欠かせない
カメラと写真撮影の喜びを
知らしめる責任がある
(株)ニコン イメージング ジャパン
取締役社長 兼 社長執行役員
兼 ニッコールクラブ会長
西岡 隆男氏
Takao Nishioka

デジタル一眼レフカメラ史上初となる動画撮影機能を搭載した「D90」を昨年末に発売したニコン。新たな感性領域に訴え、大きく踏み出したその一歩には、市場からの高い評価と期待が集まった。デジタルカメラ市場の飛躍へ向け、真価が問われる新しい年がスタートを切る中で、生活をより豊かにする写真文化の創造へ、リーディングカンパニーとして積極的な取り組みを展開するニコンイメージングジャパン・西岡社長に話を聞いた。

お客様の関心を捉える
的確な商品提案

―― 国内のデジタルカメラは1000万台市場にまで拡大してきました。その過程で、写真の価値や楽しみ方がどう変化してきたのか。また、そこでの御社の取り組みや商品政策についてお聞かせください。

西岡木村氏かつてはデジタルカメラといえば業務用で、価格も100万円以上する高価なものでした。そこへ、65万円という価格を実現した「D1」という製品を、今から10年前に発売しました。一般の方にも使っていただける端緒になった、デジタル一眼レフカメラの夜明けとなった商品だと自負しています。

その後、デジタル一眼レフカメラの市場が大きくブレイクしたのはこの3年くらいのことで、商品価格が下がることでユーザー層に拡がりが出てきました。06年には趣味層、07年にはファミリー層やエントリー層が大きく増加しました。それに対してわれわれは、各層のニーズにあった価格や機能、使いやすさなどのユーザビリティを実現したラインナップを揃えています。

特にエントリー層やファミリー層では女性の構成比が非常に高く、07年にそこへ向けて投入したD40では、当初40%近くが女性ユーザーでした。そうした層はこれまで、コンパクトカメラで満足されていたのですが、デジタル一眼レフカメラが軽くて操作性もよくなることで、女性が使うことにも抵抗感がなくなりました。中でも比較的若いお母様が子どもの写真を撮ることを主な目的に、一気にユーザー層の幅が広がりました。

―― 年配の方もカメラを持ち歩くようになりましたね。

西岡年配の方にはもともとニコンのファンが多いですね。フィルムカメラでないといやだというユーザーも少なくありませんが、フィルムカメラを極めた方ほど、デジタルカメラに入ってくる方が非常に多い。フィルムカメラで自ら現像していたように、画像処理まできちんとやられています。また、絶対にフィルムカメラだとおっしゃっていたユーザーも、一昨年辺りからかなりデジタルへ移行されています。デジタル一眼レフカメラに対する関心やそろそろ移行しなければという思いと、われわれメーカーからの提案がうまく合致した気がします。

―― 待ち望んでいた商品がようやくデジタル一眼レフカメラでも現れたということですね。

D90の動画撮影機能が
新たな感性領域を創造する

―― カメラがデジタルになり、家庭ではネットワークでテレビなどのデジタルAV機器につながっていきます。そうした流れの象徴のひとつが、デジタル一眼レフカメラに初めて動画撮影機能を搭載されたD90の登場でした。一眼レフカメラに動画を搭載した背景についてお聞かせいただけますか。

西岡私の考えとしては、デジタル一眼レフカメラはあくまで静止画であり、最高の静止画を目指していくべきだと思っています。しかし、デジタル一眼レフカメラに動画という機能を搭載することで新しい映像表現も実現できます。これが発想の原点です。コンパクトではすでに搭載され、デジタル一眼レフカメラに対する要望があることはわかっていました。一方で、デジタル一眼レフカメラを使う方がどう受け止めるのだろうかという一縷の悩みはありましたが、新しいカメラの表現手法として提案してみようと決断しました。

発表時には、「デジタル一眼レフカメラに動画を載せるのは邪道だ。何を考えているのか」といった声も確かにありましたが、「面白い。一眼レフだからこそ、これまで表現できなかった動画が撮れる」といった声もたくさんいただきました。私自身、D90を購入しましたが、それは、動画が撮れるからです。

―― 社長自身が実際に使われて印象はいかがですか。

西岡操作性の面では確かに課題はあります。しかし、大きな撮像素子で大変クオリティが高く、用途に応じて交換レンズも使用できる。ボケ味だとか画角に応じた表現の幅の広さなど、デジタル一眼レフカメラに搭載したからこそ実現できたことが数多くあります。D90を提案できたことは非常に大きな喜びです。

また、ビデオカメラで撮ったものを家庭で1時間も2時間も見ることが実際にあるでしょうか? 例えば運動会で、子どもの写真をスチルで撮っている。そこで「これは!」と思うところはムービーで撮り、また、スチルに替えて撮る。こうした簡便性は、お客様のニーズとして確実にあります。しかも、その質が高いに越したことはないわけです。

―― コンパクトではすでにそうした使われ方がされはじめていたのではないかと思います。

西岡家庭でカメラやビデオカメラの撮影といえばお父さんの役割で、お母さんは機械モノを敬遠していました。ところが今は、若いお母さんがデジタル一眼レフカメラで撮る。そのときに、「ここはムービーも撮れればいいな」と思うシーンが数多くあるはずです。旅行に行ったときなどは、それこそあれもこれもと持っていけないですから、D90一台でよければ利便性にも優れている。スチルと一緒にムービーの映像もあれば、旅の想い出の臨場感もまったく違ってきます。

使う立場に立って考えれば考えるほど、その有効性・存在意義が見えてくると思います。ただ、今後全てのモデルに動画機能を搭載するかはまだ確定的なことは申せません。ユーザーの反応や世の中の動きを見て判断していきたいと思います。

キレイに撮りたい欲求に
応えられる「場」を提供する

―― 静止画という観点からは、テレビやプロジェクターで写真を写す楽しみ方もあると思います。評論家の山田久美夫先生は風景写真が中心なのですが、曰く「写真を撮るというのは、光をレンズで集めてフィルムやセンサーに焼き付けること。それを光で返してやれば、元の風景に戻せるのではないか」と、さらなるリアリティを追求されています。カメラにもHDMI搭載の機種が増え、家庭用の映像機器との親和性が高まりつつあります。

木村氏西岡 入力側と出力側の関係で言えば、われわれは撮って、見る喜びまで提案していかなければなりません。見る喜びも、プリントでないと満足できない方もいらっしゃれば、いまはやりのデジタルフォトフレームや、テレビ、プロジェクターなどいろいろな手段があります。ラインナップの中で、それぞれに相応しいものを選択し、対応させていく。ボリューム的に大きくなれば、スタンダードな機能としてすべてのカメラに搭載されてくる可能性はあると思います。

―― メモリーカードやハードディスクに撮影したデータを入れたままで、シャッターは切るけれども、見ないというケースが非常に増えています。

西岡S60というコンパクトモデルでは、「ピクトモーション」という音楽入りのスライドショーを作ることができ、ハイビジョン対応TVできれいに再生することができたりと様々な機能を提案しています。われわれとしても色々な提案のカードがありますので、ユーザー層のニーズや使い方にあわせて提案していきたいと思います。

さらに、カメラの場合に大切なことは、「見る」の前に、恷Bるための場揩フ提案が必要なことです。使えば使うほど、よりキレイに撮りたいという欲求は必ずある。ニコンでは現在、「ニコン塾」という写真教室で、いろいろなカリキュラムを行っていますが、その発展形として、この4月より「Nikon College(ニコンカレッジ)」を新たにスタートします。撮る喜びや撮るためのノウハウをもっと提案していきたい。撮ることと見ることの間に、それを使いこなすことがなければ、お客様は満足されません。ここがあっての、見る喜びなのです。

 

昨年、発売した「D700」ではキャンペーンを精力的に展開しました。D700を購入し、応募いただいた方に、いろいろな撮影の場をご提案したのです。例えば、薬師寺の東塔撮影や、雪の湿原を走るSL撮影、プロのポートレート撮影などです。特にD700というモデルは、「なかなかデジタルに移行できないけど、そろそろ…」といった、フィルムカメラファンの待ち望んでいたモデルとしても位置付けられるものでしたので、撮る喜びをきちんと提案していこうと、かなり力を入れて展開しました。こうした取り組みも引き続き行って参ります。

 

また、カメラには趣味としての世界とともに、記録という側面も持ち合わせています。人が生まれてから亡くなるまで、人生の節目節目に写真は存在する。そこには、景気云々は関係ありません。

―― カメラを手にしてからの色々な楽しみを考えれば、決して高価な買い物ではない。外出を控え、家にこもる傾向が指摘される中でホームシアターが注目されますが、そこでも、映画を見るだけではなく、例えばスライドショーで撮ってきた写真を大きな画面で見るとか、カメラとの連動性は非常に強い。こころを豊かにし、穏やかにする役割がカメラにはあります。

西岡大きな画面に映し出したときのクオリティの高さとか、スライドショーという楽しみ方など、ご存じない方がまだまだたくさんいらっしゃいます。まさに、メーカー、流通、メディアが三位一体となって、そうした拡がりを訴え、需要喚起していかなければいけないと思います。

―― デジタル一眼レフカメラなどはまだ緒に付いたばかり。そうした仕掛けをどんどん行っていかないといけませんね。

西岡撮る喜びや、こんなこともできるのかということを、知らしめていく責任がわれわれにはあります。そのためにも、撮ったものを見てもらう場の提案にも、もっと力を入れていかなければなりません。すでにウェブ上では、撮った写真を保存、共有できる「マイピクチャータウン」というサービスをスタートしていますが、自分で撮ったものを他人に見てもらいたいという欲求は誰にでもありますからね。ウェブの「eニッコールクラブ」では、会員向けの写真の添削なども行っています。

週末に家族で食事をする、友人を呼んでパーティーをするといった機会が増えてきているように思います。そうした場でも、テレビやプロジェクターの大きな画面で、パーティーの模様を撮ったものをその場で見るとか、海外旅行で撮ってきたものを皆に見にもらうといった楽しみ方があると思います。

熱意を持って生み出す
永続的な信頼

―― 西岡社長は経営方針として、「熱意」と「信頼」の2つの言葉をあげていらっしゃいます。この2つの言葉に込めた想いについて、最後にお聞かせいただければと思います。

西岡カメラの購入者に調査をすると、購入理由として「ブランドを信頼して」という比率が非常に高い。「ニコンだから買う」というお客様がたくさんいらっしゃいます。その信頼を裏切るわけにはいきません。そのことを強く受け止めています。恃M意揩ヘまさに、それに対するわれわれのシンパシー。常に持ち続けていかなければなりません。


社員にはいつも、「私どもが扱っているカメラは人生の節目にあるもの。それを扱っている喜びを持ってください」と話しています。瞬間は二度と撮り直しができません。だから、自分の見たまま、感じたままに撮れるようにユーザーのスキルを上げることは、大切なことなのです。


ここ数年、デジタルカメラがクローズアップされ、伸びているのは大変ありがたいことです。しかし、その伸びをキープしていくためには、いろいろなことが必要になります。デジタル一眼レフカメラにおいては、その画質やボディのラインナップだけではなく、交換レンズの力も見逃せません。われわれはこれまで、累計4500万本以上のレンズを販売して参りました。その蓄積も大きいと考えています。


一朝一夕にカメラ文化ができるものではありません。これからも、単にモノを売るというのではなく、撮れる喜びを知ってもらう。それを知らしめるために、これからも熱意を持って取り組んで参りたいと思います。

◆PROFILE◆

西岡 隆男氏 Takao Nishioka
1951年1月26日生まれ。大阪府出身。74年3月 立命館大学法学部卒業。同年4月、 日本光学工業(株)(現 株式会社ニコン)入社。88年2月(株)ニコンを休職してニコンカメラ販売(株)へ出向。97年6月 ニコンカメラ販売(株)取締役、2001年6月 常務取締役販売本部長、04年 4月 取締役社長(08年 2月に株式会社ニコンイメージングジャパンに商号変更)に就任、現在に至る。趣味は読書、音楽鑑賞、歩くこと。好きな言葉は「冷暖自知」。