巻頭言

「日中合作」を読む

和田光征
WADA KOHSEI

アルパイン名誉顧問の沓澤虔太郎(くつざわけんたろう)さんから、そのご著書である小学館刊「日中合作」をご恵送頂いた。

沓澤さんは少年時代を満州で過ごし、苦労に苦労を重ねた末、1946年に引き揚げ船で日本へ帰ってきた。そして1988年秋、沓澤さんは少年時代を過ごした丹東(たんとん)市に向かう汽車の中にいた。目的は、アルパインが中国に生産拠点を移すための事前調査である。
 
沓澤さんは文学青年だった。この小説の、重厚でありながらもテンポよく躍動感のある文体は、読者をひきつけて離さない。「…まずは土地勘のある場所から始めた方がいいに決まっている…」と記している。丹東へ向かう汽車の中の沓澤さんの脳裏には、丹東で過ごした少年の日々、そして引き揚げの頃が走馬灯のように現れ、重なりあっていく。

沓澤さんは、大学生の頃、畏敬するアルプス電気の創業者片岡勝太郎社長と出会い、卒業後アルプス電気に入社し重責を担うに至り、1967年アルパインを創業。そして1988年3月に東証二部へ上場を果たし、次の10年を見据えた大型投資も実施した。中国東北部へと向かったのはその年の10月である。そして、中国東北部は上海や北京にも負けないほどに生まれ変われる潜在能力があると、瀋陽の工場を見て確信する。

沓澤さんが瀋陽にきて2日目、今や中国No.1ソフト企業であるNEW SOFTブランド「東軟集団」総裁の劉積仁氏と出会った。劉氏は瀋陽・東北工学院の教授で、安東出身ということもあって、二人はいっそう深く結びつくこととなり、現在に至っている。

「ビジネスの基本は信頼関係に尽きる。信頼のおける人材とは、地位の高さではなく素質であり、公平な考えの持ち主であり、人間性である。その意味で劉氏との出会いは私の人生の中で3本の指に入る僥倖だった。劉氏の研究者・技術者としての能力は疑う余地もなく、チャレンジ精神にあふれたカリスマ性も申し分ない。さらに彼の人生観である誠実さ、情熱、哲学をしっかり持つに即した公平な人材登用は、社員のやる気と信頼を引き出している」。そして「私の行動指針も『創造・情熱・挑戦』であり劉氏のシンパシーを感じてやまない」と結ぶ。

この小説「日中合作」は、信頼をベースに自社をソフト企業として中国No.1に発展させた劉積仁氏のヒストリーと、沓澤さん自身のヒストリーとが重ね合わさった物語である。そして、「信頼とは国境を越えられるものだ」と教えてくれる。2002年、沓澤さんは中国政府から「国家友誼賞」を贈られた。

本書は300ページに及ぶ長編であるが、私は夢中で読み進め、まずは小誌読者に紹介して感動を共有したいと思い、本稿をおこしたのである。

(小誌Senka21において、次号より沓澤さんに連載の執筆をお願いし、快諾を頂きました。ご期待下さい。)


日中合作
中国No.1ソフト企業誕生の物語
沓澤 虔太郎(著)
小学館スクウェア

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