トップインタビュー

松下電器産業竃員
パナソニックマーケティング本部
本部長

牛丸俊三 氏
Shunzou Ushimaru

 

逆算のマーケティングで
薄型テレビ13機種を
同時に超垂直立ち上げ



アテネ五輪のトップオブザオリンピックパートナーシップのパナソニック。同ブランドでは、アテネ五輪に向けた強力な商品群を大量に投入し一気に立ち上げた。松下電器の役員でパナソニックマーケティング本部長として、強力なV商品の投入と緻密で斬新なマーケティング戦略を指揮する牛丸俊三氏に、オリンピック商戦を含めた戦略や今後の見通しを聞いた。

インタビュー ● 音元出版社長 和田光征

プラズマの綺麗な画面を
一度見てしまうと、もう
後戻りすることはできません

アテネがデモ効果になって
五輪後もデジタルAV機器は
さらに伸び続けていきます

逆算のマーケティングで
同時超垂直立ち上げを実現

―― 先日発表したビエラの立ち上がりはいかがでしょうか。

牛丸 今回の薄型テレビ13機種は、松下電器の歴史になかったような立ち上がりを見せています。
私はメタフォを作ることが大好きです。メッセージをできるだけ多くの人と共有するためには、できるだけ分かりやすい言葉で表現した方がいいからです。パナソニックマーケティング本部がスタートした時から、我々が作った『垂直立ち上げ』とか『ブリッジマーケティング』に加えて、様々な言葉を作り出してきました。
最近、私が社員の人たちに言っていることは『逆算のマーケティング』という言葉です。今、松下に復活の兆しが出てきましたが、それは強い商品に特化するという営業の原点に立ち戻った活動ができたからだと思います。いかに強い商品が出てきても、それを垂直に立ち上げて、なおかつきちんと回転させていくには、営業力やマーケティング力が不可欠です。

――マーケティング力の重要さがますます高まってきているということですね。

牛丸 かつて松下電器が非常に強かった時にも強い商品がありましたが、必ずしもきちんとした立ち上げや回転をさせられなかったこともあったように思います。売れるからということで物凄い量を事業部が生産してしまい、それを捌くためにせっかく強くて魅力的な商品を叩き売る羽目になったり、短命に終ったということがあったのではないでしょうか。そういう営業の人為的なミステイクをミニマムにしたいということが、逆算のマーケティングを唱えている理由です。

――逆算のマーケティングのポイントは何でしょうか。

牛丸 まずはじめに出荷時期ありきで、マーケティング活動をプランニングするということです。販売店の皆様にお客様に対して付加価値の高い商品をきちんと説明していただくためには、流通の皆様に前もって情報をお渡しして勉強をしていただくことが必要です。また商品の良さをお客様に理解していただくための宣伝活動や広報活動の準備も必要です。
持ち場持ち場によって、リードタイムは異なります。私はマーケティングの立場から商品企画も担当していますが、今回の新ビエラの導入には2年前から仕掛け作りをしてきました。今年はオリンピックイヤーです。オリンピックの年にテレビは必ず売れます。従来のパターンを見ると、オリンピックの前月と前々月に松下のテレビは、常に前年比で2桁以上の伸びで売れてきました。アテネオリンピックは8月13日から始まります。そこから逆算すると6月1日に新製品を出すのが一番いいということで、そこにターゲットをあわせた商品企画をしたということです。
価格劣化の問題もあります。量販店さん同士の激しい競争の中で、新製品の発売後、時間の経過とともに売価が下がっていきます。そういう環境の中で、流通の方々にも儲けていただくためには、オリンピック直前に商品を出した方がいいということもありました。

夢の壁掛けテレビの時代が
まさしく爆発し始めた

――薄型テレビやDVDレコーダーといった技術的に発展途上の商品で商品化のスケジュールを守るのは大変だったと思いますが。

牛丸 今回われわれは薄型テレビを13機種出しました。これは少し傲慢になるかもしれませんが、13機種を同時に立ち上げるということは、メーカーにとっては大変なことなのです。今回、それを事業部の開発や製造部門が真剣に受け取ってくれて、水も漏らさぬ体制でやってくれました。
それぞれのスタッフが自分が何をしなければいけないかということをわきまえて仕事をしてくれました。わきまえていてもなかなかうまくいきませんが、今回の場合、それが非常にうまくいきました。しかも同時進行的にです。夢見たいな感じでしたね。すべての部門で逆算のマーケティングを計画どおりに実行し、13機種同時超垂直立ち上げを実現することができました。これは今までの松下電器の歴史にはなかったことだと思います。

――その結果が店頭での非常に好調な出足につながっているということですね。

牛丸 今回のビエラは6月1日に全国の主要店すべての店頭に並び、大型のビエラを最初の3日間で2万台以上を出荷しました。これによって、流通の皆さんにも儲けていただけますし、消費者の方にも一番旬のもので見ていただくことができます。メーカーのエゴイズムではなくて、消費者、販売店さんと三位一体となったWIN・WIN・WINの関係を作ることが大切です。アテネオリンピックはハイビジョンで放送されます。消費者には美しい映像をハイビジョンの大画面で見ていただき、流通の皆様にはデフレ経済の中で大型の薄型テレビを売っていただくことで儲けていただきたいと思います。松下電器にとっても利益率の向上につなげたいということです。
導入後の動きも非常に好調で、今の感じでいくと6月、7月、8月の3カ月で非常に大きな数字ができそうです。いよいよ日本の大画面薄型テレビが稼動しはじめてきました。日本のAV業界が追い求めてきた夢の壁掛けテレビの時代が、まさしく爆発しはじめた年になることは間違いありません。

業務用機器での最高水準の
技術革新を民生用に展開

――アテネオリンピックではパナソニックのAV機器が番組制作や配信用に使われるそうですね。

牛丸 今回のオリンピックはデジタルテクノロジーの祭典です。バルセロナ以降、オリンピックの番組を制作し全世界に流しているIBC(インターナショナルブロードキャスティングセンター)では、すべて最高の技術水準のパナソニックのAV機器が使われています。
そこでの技術革新が、今回の新製品では民生用に移転されています。最高の技術水準で制作された放送の魅力をフルに楽しむには、番組の受け手である民生用の商品でも最高のテクノロジーを持った商品でないといけないと思います。
今回の製品ではその最高のテクノロジーに基づいたテレビの画質にもなっているということを、店頭の飾り付けや販売店さんに対するトレーニングでも徹底していきたいと思っています。昨年のPX20も良かったのですが、今回のPX300はさらに良くなっています。おかげさまで今回のビエラは市場で大変好評です。

――アテネオリンピックではハイビジョン放送が数多く予定されています。これは一般の消費者に大変大きなインパクトを与えることになると思いますがいかがでしょうか。

牛丸 私は自宅で42V型のPX20を使っていますが。一度プラズマの画面の綺麗さを見てしまうと元に戻れません。世界中で、NHKほど綺麗な番組を作ろうというところはありません。DVDソフトが充実してきたことも追い風です。地上デジタル放送のサービスエリアも広がってきています。大画面で高精細なテレビやホームシアターを取り巻く環境は整ってきています。

――アテネでは日本人の活躍が期待されます。ただほとんどの注目競技は日本時間の深夜から早朝の時間帯に行われますので、レコーダーの需要が爆発することは間違いありませんね。

牛丸 松下電器は単にIBCに対して放送用の機材を独占的に提供しているだけではなく、日本企業では唯一のオリンピックのトップ(The Olympic Partner)スポンサーでもあります。そういったことも店頭でもきちんと演出していきたいと思っています。
日本人はオリンピックを見るのが大好きな国民です。今年は特にメダルを取れそうな種目が目白押しです。日本の水泳がどこまで復活できるか、女子ソフトボールが雪辱できるか、末續がはじめて男子の陸上短距離でメダルを取るかもしれません。室伏にもメダルを取らせてやりたい。柔道日本の復活も楽しみです。シンクロや女子レスリングも楽しみです。女子のバレーボールも応援したいですね。野球でもシドニーの雪辱。サッカーでは男子も女子も出場します。こんなに話題が盛り上がるオリンピックは珍しいのではないでしょうか。
唯一の問題は時差の関係で決勝戦がほとんど日本時間の夜の11時から朝の5時までの間に行われるということです。オリンピックの期間中は甲子園では高校野球もやっています。昼間は甲子園、夜は11時から朝の5時までオリンピックということでは体が持ちません。そこで、「DIGAで録ってビエラで見よう」というキャンペーンを張っています。

誰にでも簡単に使える
簡単録画設定のDIGA

――薄型大画面テレビへのDVDレコーダーの添付率についてはいかがでしょうか。

牛丸 42V型や50V型のプラズマを買われるような方には、DVDレコーダーも一緒に買っていただける方が多くいらっしゃいます。DIGAではスペックや機能よりも、使い勝手の簡単さを訴求しています。家電製品の中でVHSの録画設定ほど面倒なものはありませんでした。何時から録画スタートさせ、何時に録画を終らせるとか、ありとあらゆる不安を抱えて、挙句の果ては録画されていなかったということもありました。
これに対して今回のDIGAではEPGで一発選局をするだけで簡単に録画設定ができます。ですから普通の人にも簡単に録画できるということで、テレビへの添付率が高まっています。今月からDMR―E150Vを発売しました。これは爆発的に売れるのではないかと思っています。VHS・DVD・HDDの3つが一台に入っていますから、使い勝手は良くなりますし、テレビの下も非常に綺麗になります。配線も非常にすっきりします。

――ホームシアター製品の添付率も高めていきたいですね。

牛丸 薄型のテレビが普及している過程で、DVDレコーダーの普及も同時進行的に起きています。またテレビも単に薄型ではなくて大型の薄型です。これは、みんながシアターを楽しみたいということです。
私は以前、家庭の中のリユニオンが起こりつつあると申し上げました。バラバラだった家族の人たちが、大画面を前にしてまた集まり始めてくるようになると申し上げましたが、まさしくそれが起こってきました。決してメーカーの独りよがりではなくて、いろいろな人がエンジョイしているということです。

地域店の活躍の場が高まる
大画面薄型テレビ

――市場でのプラズマの成長に伴って、2桁成長されている系列店が相当出てきていると聞いています。今後もこの傾向は続くと見られますか。

牛丸 やる気のある専門店さんは、ここ数年なかったくらいの勢いで伸びています。私は常々いろいろな人に話していますが、テレビは他のAV機器と少し違ってアプライアンスです。家の中にドカンとある家具のようなもので、しかも家具と違って毎日見るものです。
日本人は非常にテレビが好きな国民で、平均4時間以上テレビを見ています。そういう商品が故障したら困ります。セッティングもしてもらわなければいけないとなると、どうしても地域専門店さんで買うケースが多くなります。

――新しいテレビが家庭に入る時には、家族がみんな集まってきます。

牛丸 これは欧米でも同じですが、電気屋さんはテレビを売るとその日一日が楽しくなるそうです。テレビを買い替える時は、今までよりもいいテレビにされる方が大半です。画面も大きくなって、画質も良くなったものにされるわけです。それにスイッチを入れた時に、お客様の家族みんなが幸せになります。そのお客様が喜ぶ姿を見ている電気屋さんはますますうれしくなってくるそうです。ましてやそれが42Vや50Vだと、地域専門店さんは気持ちがいいのではないでしょうか。それに加えてDIGAも一緒にという話になりますから、さらにうれしくなります。

――巨大量販がより巨大になっていく中で、流通の再編が進んでいます。販売店が生き残っていくための条件としてどのようなことが必要でしょうか。

牛丸 ショップ店さんがしたたかに残られている大きな理由は借金をしていないことです。建物は自分のもの、従業員も家族です。量販店さんも然りだと思います。自社の能力以上に借金をすると苦しくなります。もうひとつは常にコストの合理化というか、生産性を上げていくための努力をされているかどうかということです。経営上はその2つが大きなポイントです。それからこれが最も大切なことですが、心の底からお客様のニーズにあったようなサービスの提供を考えているかどうかということです。消費者は、その販売店が本当に信頼に値するところかどうかを判断しています。この3つのポイントで決まっていくのではないでしょうか。

――お客様第一主義の徹底と資金繰りや生産性を常に意識することが大切だということですね。

牛丸 パナソニックマーケティング本部は営業の集団ですが、松下電器のバランスシートやキャッシュフローがどういう状態になっているかとかいうことを従業員の人たちによく話します。
われわれは創業者の松下幸之助からありとあらゆる機会に、会社は人・物・金を預かって活動しているわけだから、社会の公器だということを認識するように言われてきました。社会の公器であるためには、利益をきちんと出して税金を納めて配当をし、工場を拡張することなどによって、世の中に貢献していくことが必要です。この考え方はわれわれ松下電器の全社員に染み付いています。この点から見ると、今の松下電器の利益率ではまだまだ世間に対する貢献は不十分だと私は思います。

――営業利益率の目標を聞かせてください。

牛丸 中村社長は2010年に営業利益率で10%を出したいといっています。できるだけ前倒ししてこれを実現していきたいと思っています。日本の電機業界はこれほど素晴らしい商品を作っているにもかかわらず利益率が低すぎます。

SDカードをブリッジに
繋いで儲けていただきたい

――利益率という点では消耗品の貢献度が高いですね。

牛丸 われわれはSDのメモリーカードをもっと売っていきたいという思いがあります。幸いにして、日本のメモリーカードの中でSDはデファクト化しています。デジカメやパソコンではほとんどのメーカーが使っていますし、テレビやプリンターでもSDスロットを装備した製品が増えてきています。
SDカードをイージーブリッジメディアにして様々な機器を繋ぐことによって、販売店の皆様にもっと儲けていただきたいと思います。そのためにいろいろな商品への添付率を高めていきたいと思っています。
ネットワークというと概念的な話になりますが、若い人にもご年配の方にも、もっと簡単に繋いで楽しんでいただける商品を05年にも出したいと思っています。いろいろなものを繋いで簡単に取り込んだり、外にも持ち出せるような世界を作っていきたいですね。

――デジタルデバイドを感じさせないブリッジメディアとして、SDカードの活用範囲をさらに広げていこうということですね。

牛丸 パナソニックの新しいプラズマではSDカード用の端子を装備しています。SDカードに動画を録画することもできますので、通勤途上で朝のニュースや連続ドラマをD―SNAPなどで見ることができます。また、デジカメで撮ってきた写真をスライドショーにして大画面のプラズマで楽しむこともできます。今回、当社から発売したプリンターでは、PCを通さずにテレビからプリンターに直接つないで印刷することができます。しかもそれをテレビのリモコンでできますから、操作も非常に簡単です。プリンターはインクジェットですから非常に綺麗です。
DVDレコーダーのDMR―E150Vやホームプリンターを加えることによって、テレビの楽しみ方が飛躍的に高まります。お客様には簡単便利で、そしてお店には繋いで儲けていただきたいと思います。

業界の高付加価値化に
貢献していきたい

――アフターオリンピックの市場をどのように予測しますか。

牛丸 オリンピックが終った後はテレビの販売台数が落ち込むのが従来のパターンでしたが、私は今回はそうならないと思います。なぜかというと地上デジタル放送のサービスエリアがどんどん拡大していくからです。
もうひとつはデモ効果です。オリンピックがデモ効果になって、大画面に高精細な映像を映し出せるプラズマに対する需要はさらに高まっていきます。

――薄型大画面テレビやDVDレコーダーはまさにこれからが需要の爆発期に入っていくということですね。

牛丸 国内のテレビの年間総需要は900万台から1000万台です。その中で03年度の30V型以上の大画面薄型テレビの販売台数は、プラズマ25万台、液晶23万台ほどと微々たる台数です。薄型大型テレビの普及率はまだほんの数%です。お客様はお金の都合さえつけば欲しいと思われています。
DVDレコーダーの世帯普及率もまだ10%を超えるかどうかというところです。しかもDVDレコーダーでは、アメリカとは違って、安価な単体機よりも高額なHDD内蔵タイプの方がよく売れています。薄型大画面テレビやDVDレコーダーはだまだ伸びていきます。ですから私はオリンピック後の需要に対する心配はまったくしていません。

――そういう成長性の高い市場の中で、メーカーも販売店も付加価値の高いビジネス展開を心がけていただきたいですね。

牛丸 日本のコンシューマーマーケットは大変なパワーを持っています。テレビもレコーダーもムービーも平均単価が高くなってきています。AV機器ではデフレが止まり、販売店さんにとっては大変ありがたい時代になってきました。
松下電器は業界の高付加価値化に貢献していきたいという思いを強く持っています。今回の日本経済の復活は自動車とデジタルAV製品によって牽引されています。その業界がお互いにつまらないことをしていているようではいけません。日本のプラズマや液晶テレビメーカーは、素材から国内で作っています。完成品でもきちんとした画作りは日本のメーカーにしかできていません。アメリカと違って日本には非常に高い品質を求めるエンドユーザーが厳然としていらっしゃいます。
お客様には高品位なAV生活を簡単に楽しんでいただけるようにしていくとともに、家電業界はメーカーも小売業ももっと利益が上がるようにならないといけません。今回のプラズマに搭載しているソフトの開発や井桁の構造を作り上げるのに、われわれは非常に大きな投資をしています。また、今、物が足らないくらいに売れています。流通の方々には、こういう商品を大切に売っていただいて儲けていただきたいと思います。

 

◆PROFILE◆

Shunzou Ushimaru

1944年5月生まれ。長崎県出身。1968年入社後、海外経験が長く、国内事業部はじめカナダ、イギリスで現地法人の社長を歴任。2000年より国内営業担当。2003年4月より松下電器産業潟pナソニックマーケティング本部長 兼 松下コンシューマーエレクトロニクス且ミ長に就任。同年6月より同社役員に就任。趣味はオペラ鑑賞、映画鑑賞、スキューバダイビング他。